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第21話 泥棒市①

1/2投稿分の第六章19話のサブタイトルを噂話→物々交換に変更し、1/4に20話噂話を投稿しています。

読み飛ばしがないようご注意ください。

 

 俺たちだって毎日、森の外へ出かけていたわけではないが、何度か訪れる内に人によっては気安く話しかけてくれるようになった。俺たちが子供なので警戒心が薄れてきたのだろう。

 ある日、顔馴染みになったおじさんが辺りを窺いながら、俺たちにこっそり顔を近づけてきて言った。


「嬢ちゃんら、塩を欲しがってたよな」

「お塩があるの!?」


 途端に、スーがキラキラと目を輝かせて聞き返す。塩があれば焼いた肉がもっと旨くなると言った俺の言葉を妄信的に信じ込んでいて、いつか食べてみたいと夢見ていたのだ。

 たまに晩御飯の肉を前に、お塩お塩とか呟きながら涎を垂らしてたくらいだ。


「しーっ!」


 スーの大声に慌てておじさんは周囲をキョロキョロと見回した。口に人差し指を当てて、静かにしろと俺たちにジェスチャーしてくる。


「あんまり知らん奴にバラしたらいかんのだけどな、まぁ、嬢ちゃんたちならいいだろうと思ってな。まだ子供だしな」


 おじさんはヒソヒソと声を潜めて耳打ちしてきた。


「もうすぐ泥棒市が開かれるんだ」

「市があるんですか!?」


 こんな辺鄙なところで? 驚きに思わず俺も声を上げてしまう。おじさんはまたもや、しーっと俺たちを強く窘めてきた。


「だからあまり大きな声を出すなって。俺がバラしたとバレたらやばい。くれぐれも内緒にしてくれよな」


 おじさんに釘を刺されて俺たちはコクコクと神妙な顔で頷いた。

 泥棒市と言ってもなにも盗品ばかりが売られているわけではない。主にこの付近の人たちが日頃、手に入りづらいものを買ったり、外貨を稼ぐために自分たちで作ったものを売ったりする市なのだそうだ。


 しかし、市を開く権利を持っているのはその土地の領主だけだ。農民に対する地代や人頭税などの各種の固定税の他に、領主が手っ取り早くお金を手に入れられる方法が通行税と市場税だ。

 なので非合法な市の開催はとことん取り締まられる。誰だって物を売り買いする時には手数料を取られない方がいいに決まっている。

 放置すれば税収が下がるだけでなく、領民が増長して他の税の取り立てにも支障が出る可能性がある。


 俺は税の徴収はある程度は必要不可欠だと思う。国の運営は慈善事業ではないのだ。その土地で生きる権利を主張するなら、税納と言う義務が発生するのは当然だ。

 農民たちが生きていけないほどの圧政はどうかと思うが、節度を守っているなら問題ないだろう。その代わりに領主は盗賊や他国の侵略から自分の土地の者を守る義務を負うのだから。


 俺は国では内政にはほとんど関わらせて貰えなかったが、国の運営ってのも意外と楽じゃない。税収はほぼ横ばいで変わらないのに、出て行く方は予算内に収まる事はまずない。

 マーナガルムみたいな小さな国はいつもギリギリ綱渡りで、飢饉が起こったり、疫病が流行りでもしたら大赤字まっしぐらだ。


 まぁ、そんなわけで領主たちはいつでもお金を徴収できる機会に目を光らせていて、自分たちの権利を害する者に容赦しない。

 こんな、どこの国に属しているのかグレーゾーンな辺境と言えど、大っぴらに市を開くわけにはいかないのだろう。

 俺たちはおじさんから内緒でコソコソと、市の開かれる場所と日時を教えて貰った。


「どうせなら、あんたらも何か出してみるか? 俺が口を利いてやってもいいぜ」


 うーん。それって、この辺りの盗賊の元締めにって事だよね。俺はあまり盗賊にいい思い出がない。

 以前、俺たちが退治した盗賊はここからかなり南の方なので関連があるか不明だが、マーナガルムの王子だって知られたらいい顔はされないだろうな。

 って言うかこのおじさん、最初から俺たちにけっこう優しいんだよな。ただ単にいい人なのか、子供好きなのか、スーに鼻の下を伸ばしてんのか……全部かな。


「考えておきます」

「おぅ、色々持って来なよ。って言うか、あんな鹿肉の燻製とか、どこで捕まえてんだ? まさか森に入っているわけじゃないよな?」

「ハハ……」


 笑って誤魔化しておいた。そのまさかの森に住んでいるとは言っても信じて貰えないだろう。

 この辺りの人にとって森は決して侵してはならない神聖な場所で、畏怖の対象だ。

 森の主を怒らせれば天罰が下ると固く信じられている。

 その森の主ってロボだから、俺たちにはまったく問題ないんだけど

 。

 確かに昔、森を守るために狼族が、あまりにも近い場所に街を作ろうとしたら邪魔したり、木を伐り出した者を襲ったりした事はあったそうだ。

 そうは言っても誰も殺していなくて脅したくらいらしいのだが。やっぱり噂には尾ひれがつくものだ。


 そんなわけで俺たちはそれからもせっせと食料を集めたり、肉や魚を干したりして働いた。

 イーたちは細かい作業は無理だが、荷物を運ぶのを手伝ってくれたり、誰もが積極的に手を貸してくれる。

 アルだけは食べもしないのに木の実の籠に顔を突っ込んで鼻面を真っ赤にしたり、肉をつまみ食いしたりしてる方が多かったけど。そんなに間食してブクブク太っても知らないからな。


 洞窟の外に干した肉は、どう見ても二人と五匹が食べる量より多いんだけど、ロボは特になにも言ってこない。


『精が出るな』


 なんて言って、重ねた前足の上に顎を置いた格好で俺たちの作業をジーッと眺めているだけだ。

 分かって黙ってくれているのか、ほんとに気にしてないだけなのか。狼の表情はよく分からない。

 子供に手がかからなくなったロボは、狩に行く以外は、けっこうのんびりしている。獣なんて意外とあくせく働いたりはしないものだ。羨ましい。

 相変わらず俺は毎朝晩、ロボに国からの迎えは来ていないのか尋ねて、肩を落とす日々だ。


 泥棒市では件のおじさんが商人と交渉して、俺たちの持って行った品を一括で購入するように取り計らってくれた。チマチマと売らずにそこそこのお金を手に入れる事ができた。

 銀貨三枚と少しに、塩一袋のおまけつきだ。


 普通の市で売るより相場は安いが、ま、こんなもんだろう。

 ごねて人目を引くより、一気に売ってしまった方が楽だ。おじさんにだって取り分が必要だろうからな。俺がフードの下からチラッと見上げると、おじさんは悪びれずにハハッと笑った。


 小瓶ひとつ分もないほどの小さな塩の袋を両手で大事そうに抱えて、スーは見るからにご機嫌だ。

 もう市に興味を失くしたのか、早く帰りたそうにウズウズしている。

 しかし不思議な市だ。

 俺はマントのフードを目深に被ったまま、辺りに視線を走らせた。


 多くの人が俺たちのようにフードを被るか、ベールや覆面などで顔を隠している。普通の市ならそこかしこから呼び込みや交渉の元気な声が聞こえてくるものだが、ここはこんなに多くの人が集まっていると思えないほど静かだ。

 一度も口を聞かずにジェスチャーだけで買い物をしている人もいるくらいだ。

 俺たちが子供二人で歩いていても、注目すらされていない。こう言う場所では人を凝視するのはマナー違反なのだろう。誰もが視線を合わさないように巧みに行き交っている。


「スー、あんまり俺から離れないでね」


 放っといたら走り出して行きそうなスーのマントを引っ張って念押ししておく。


「大丈夫だよー。ルーの近くにいるよー」


 あっけらかんとした答えが返ってくるが、怪しいものだ。ちゃんと見張っておかないといけないな。

 とは言え、俺もこんなに人を見るのは久しぶりなのでちょっと興奮している。

 あちこちの店に興味を引かれてチラチラと眺めてしまう。



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