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第14話 新年

 

 日の出の位置と太陽の高さから、俺はその日を新年だと思う事にした。もしかしたら二、三日の誤差はあるかも知れないが。

 月と星の軌道を見ればもう少し詳しく分かるのだが、いかんせん洞窟の近くは木があるのでほとんど空が見えない。


 川辺まで行けば開けているが、ロボから夜に出歩く許可はまだ出ていなかった。

 それに俺だって、夜は怖い。

 狼族の加護の元にあるこの森にいても、夜には黒き魔物が現れるのではないかとビクビクしてしまう。

 夜は絶対に洞窟から出ないようにしていた。


 新年は水の季節。春の始まりだ。前世で言うなら三月の半ばくらいだろうか。

 そして、俺の誕生節でもある。

 俺は今日から暦をつけてみようと思って、適当な太さの木の枝を拾った。皮を剥いたむき身の枝に小刀で横線をひとつつける。


「誕生節、おめでとう」


 ぽつりと一人で呟く。俺は七歳になった。他に春生まれはセインとルッツだ。セインは十九歳、ルッツは十七歳になったのか。アレクは夏生まれ、ユーリは秋だ。

 去年はさ、まだみんなと仲良くなかった。誕生節の頃は国にいて、ローズたちと神殿に行った。


 もし今もシアーズにいたら、三人で神殿にお祈りに行っただろうな。さすがにシアーズにマーナガルム神殿はないから、エントール様の風神殿に行ったかな。

 置いて行かれてアレクとユーリはぶぅぶぅ文句を言っただろう。こればっかりは生まれた季節は変えられないから仕方ない。


 この世界では五歳、十歳、十五歳以外は特に誕生節を祝ったりしないから誕生日パーティはないが、その代わり、春は新年祭がある。冬を生き延びた感謝を神に捧げる祭りだ。

 春祭りは厳粛で、荘厳で。でも祝典が終わった後には、やっぱり飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが待っている。


 気の早いアレクは雪が融けるのを待てず、もう俺を迎えに行きましょうと父様に直談判しているかも知れない。

 今から国を出立するとして、急げば二週間と少し……この棒に二十も目盛りを刻めば到着するだろうか。


 いや、あまり期待し過ぎない方がいい。旅の道中で何があるか分からない。それに最短の距離で来られないかも知れないしな。

 一ヶ月でも二ヶ月でも俺は待つ。その間に、やらなければいけない事もたくさんある。


 少しでも体力を取り戻さないといけない。俺の今の仕事は、よく食べてよく動いてよく寝る事だ。

 人が一人で生きていくってけっこう大変だ。


 ふと側に気配を感じたので、視線を向けてみるとロボが立っていた。


「もう少しで国から迎えが来ると思います。あと一ヶ月か二ヶ月か……それまではお世話になります」

『気にするな。時が満ちるまでここにいて良い、ルーク』


 フラッとロボは洞窟の外に向かう。俺も、その後ろをついて行った。もうすでに洞窟の斜面は一人で歩けるようになっていた。

 俺たちを追いかけて、スーと兄さん狼たちもきゃわきゃわと洞窟から走り出て来る。


「今日は川に行こうと思います」

『乗って行くか?』

「いえ、自分の足で」


 俺の視線を受けて、ロボは力強い頷きを返してくれた。


『それもいいだろう』


 皆でのんびりと川の方へ向かう。よくロボたちが通るので獣道がついており、歩きづらくはない。

 スーたちはゆっくり歩く俺に焦れてあちこちに走って行こうとして、その度にビアンカに怒られていた。


 今日、俺は川で魚を獲るつもりだった。釣り具はないから、追い込み漁をするつもりだ。水はまだ冷たいが、やってやれない事はないだろう。

 国にいた頃、節目節目のお祝いの席には必ずマスの煮凝り……いわゆるゼリー寄せが出されていた。


 川魚特有の臭さとモソモソした食感が苦手で俺はいつも、せっかくのご馳走なんだからもっといい物を作ろうよと訴えたものだ。

 しかし料理長のガズは頑固なじーさんで、先祖伝来であると言うその味を決して変えようとしなかった。


 だからだろうか、俺の中ではお祝い=川魚のイメージが強い。

 さすがに森にある材料でゼリー寄せなんて作れないが、今日はどうしても魚を食べたかった。食べないと気持ちが落ち着かない。

 よし、頑張るぞ!


 まずは浅瀬に石を並べて、上流の方向だけ開けた生け簀を作っていく。ここに魚を追い込んで、あとはなんとか手掴みで捕獲できたらと思っている。

 最初は水が冷たいので川に出たり入ったりしていたスーだったが、その内に慣れてきたのか、俺の横で元気に石を運び始めてくれた。


「うんしょ、うんしょ」

「ありがと、スー」

「ううんー。軽いからいいけどー。ルー、水の中にもかまど作るのー?」

「ハハ。これは生け簀って言うか、罠だよ。ここに魚を追い込んで獲るんだよ」


 話しながらも二人でせっせと、隙間をなるべく作らないように石を積み上げていく。


「魚なんて獲ってどうするのー?」


 スーは透明な小川の中でスーイスイと泳いでいる魚を興味なさげに眺めた。この辺りの魚は人間がいないからだろうか。警戒心が少ない。

 それに川は前世では見た事もなかったほど透明で綺麗だ。手つかずの自然が森に、川に、俺の目の前に広がっていた。


「食べるんだよ」

「えっ、魚って食べれるの!」


 途端にスーは目をまん丸くして輝かせた。川の中を見つめながらも、口の端からよだれを垂らしている。

 今にも手の中の石を放り投げて飛びかかっていかんばかりだ。


「スー、魚はすばしこいから泳いでるのは獲れないよ」

「あんなに近くに見えてるのに……」


 俺が言い聞かせても納得した様子はない。このくらいの年の子は何でも自分でやってみないと気が済まないんだろうな。

 笑って、少し下流を指差す。


「チャレンジしてもいいけど、もう少し下の方でやってね。この辺りの魚が驚くから」


 伝えるなり、スーはうんっ!と尻尾を一振りしたかと思うと、川の中をバシャバシャと走って行った。

 遠くからギャンギャンと吠え騒いでいる音がする。声が聞こえている間は溺れてないって事で大丈夫だろ。

 その間に、俺は石を積んで生け簀を完成させた。


 網代わりに使うのは例の毛布だ。水に濡れたらかなり重くなるだろうが、現状、俺が使えるものは少ないのだ。使えるものはなんでも利用しないとな。

 しばらくして、しょんぼり肩を落としたスーが帰って来た。やっぱり一匹も獲れなかったようだ。


「おかしいんだよ! すぐそこに見えてるのに、手を入れるとお魚いないの!」


 ダンッと水を踏み鳴らして地団駄を踏んでいる。

 あー、水の屈折率の問題だろうな。水上から見えている位置と、実際に魚がいる場所が違うからだ。

 その内にスーも気づいて立派なハンターになるだろう。


「じゃあ、この毛布の端を持ってね。流れが深いところもあるから、気をつけて」


 毛布の端に石をくくりつけて、水の中に沈める。あまり川の中心には行かないように気をつけて、そーっと魚を追い込んでいく。

 二人しかいないので毛布の端から逃げられたりして何回か失敗したが、その内に上手く数匹の魚が生け簀の中に入った。


「スー、俺が入り口を押さえておくから魚を獲って!」


 魚が逃げないように上流の口を毛布で塞ぐ。スーは一気に飛び上がって生け簀の中に飛び込むと狼の腕を一閃、魚を掴み上げた。

 ポイポイッと陸に魚を放ると、魚はピチピチと地面で跳ねた。


「やったぁ!」


 二人でバチンと手を打ち鳴らす。

 ヤマメかな。イワナかな。あまり魚には詳しくないが、掌サイズのいかにも食べごろな魚が三匹も獲れた。


 すぐにアルたちが走り寄ってきてフンフンと匂いを嗅ぎ始めたので、蔓で編んだ籠の中に魚を入れる。

 俺が編んだ不格好な籠はあちこち隙間だらけだが、その分、川につけておけば新鮮な水が入って魚を生かしておく事ができそうだった。


「川魚は寄生虫がいるかもだから、生は駄目だよ。焼いて食べようね」

「えー、すぐに食べられないのー」

「きっと焼いた方が美味しいよ。さぁ、みんなで食べられるように、たくさん獲ろう!」


 動いたせいで落ちてきたシャツの袖を再度、めくり上げて毛布を手に取る。

 思った通り人間を知らない魚は警戒心が薄く、コツを覚えれば取り放題だった。


「大漁、大漁♪」


 疲れたので帰りはロボの背に乗せて貰った。隣をピョンピョン歩きながらスーは覚えたての言葉を歌うように口ずさんでいた。

 時折、籠の中に目を向けて、じゅるりと垂れた涎を拳で拭っている。


 産まれた時はあんなに弱々しかったのに、どうしてこんなに食べ物に拘る子に育ったんだろう?

 最近では生肉より焼いた肉の方を好んで、「ミディアムレアで」なんて難しい注文をつけてきたりする。

 本人、意味が分かって言っているのか不明だが。


 魚は川辺で内臓だけ出してきた。頭から木の串で刺して、俺とスーが食べる分だけ香草をまぶす。

 竈の焚火の周りに刺して、皮がこんがりするまでよく焼いたら食べごろだ。


「熱いから気をつけて」


 そう言って手渡したのに、待ちきれない様子のスーは両手で木の串を持ってガブリと魚の身に齧りついた。


「あちっ!」


 途端に叫んで、魚から顔を離している。

 俺は笑って、フーフーと息をかけて魚を冷ますところを見せてやった。


「ふーふー?」

「うん。そうやってたら食べやすくなるよ」


 口を尖らせて何度もフーフーと息を送り、スーはこわごわともう一度、魚に口をつけた。

 すぐに眉がびゅーんって上がって、目をまん丸くしたかと思うと、ガツガツと食べ始める。


「あいたっ」

「肉と違って小骨があるから、気をつけてね」


 微笑ましくその様子を眺めながら、俺も自分の魚を口に運ぶ。皮がパリパリで身が締まってて凄く美味しい。

 塩があったらもっと良かっただろうけど、焼いたそのままの魚だって充分美味しかった。


 そこかしこからお代わりの声が聞こえて、俺はせっせと魚を焼いた。

 狼たちは誕生日を祝うという感覚がない。だから俺が今日、一歳年を取ったって言ってもきっとよく分からないだろう。でもそれでいいんだ。


「ルー、お魚っておいしーねー!」


 暖かな笑い声に包まれる。

 俺はいつか、シアーズへの旅の途中にこの森の近くで皆と野営をした時の事を思い出していた。

 幸せってさ、失ったと思ってもまた感じられるものなんだな。


 一緒に仕事をしてくれる人が、ご飯を食べてくれる人がいる。一緒に笑ってくれる人がここにいる。人って言うか狼だけどさ。俺にはそれだけで良かった。

 それだけで良かったんだよ。



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