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第11話 川へ行こう!


 それから毎日、目が覚めるとすぐに子狼たちは外に出かけたがった。身体もしっかりしてきた上に、すっかり行動範囲が広がってしまってビアンカは大変そうだ。

 俺もせめてもとスーの面倒くらい見ようとするが、いかんせん、まだ早く歩けないのでいつもさっさと置いて行かれてしまう。相変わらず、俺のリハビリは厳しさを増すばかりだ。


 子狼たちはすぐに森に順応した。最初の頃はビクビクと歩き回っていたのが嘘みたいだ。

 ひとつ困ったのが、俺の虫嫌いがスーにバレた事だ。


「ギャッ!」


 飛んできたバッタが服に張りついて、いつぞやのスーたちみたいに叫び声を上げて振り払う。


「ルー、なーに、これ」


 地面に落ちたバッタを、スーはしゃがんで物珍しそうにツンツンと爪で突いた。


「しっ、知らないよ! バッタかなにかでしょ! スー、そんなもの触ったら汚いよ」


 俺がゾワリと鳥肌を立てて、ビクビクと周囲を窺っているのを、スーはふーん?と首を傾げて見上げた。

 これだから森は嫌いだよ!

 虫除け……虫除けの草を早く見つけないと。

 俺が上げた叫び声を、スーはなんだか別の方向に捉えたようだ。


「ルー、大丈夫だよ。これ、もう動かないから怖くないよ」


 バッタを持ち上げて俺へと放ってくる。


「ぎゃああぁぁぁ!!」


 俺はリハビリ中とは思えない素早さを見せて、数メートルも駆けて逃げた。数ヶ月前までは何キロ走っても平気だったのに、それだけで膝に両手を置いてハァハァと息をつく。


「あ……」


 俺がいなくなった場所にポトリと落ちたバッタを見て、スーは思案するように首を傾げた。

 もう一度、持ち上げてポイと放ってくる。


「うわああぁ、やめて、スー! 虫だけはやめて!!」


 涙目で逃げ回る俺を見て、スーは天使のようにあどけない顔に、ニヤリと小悪魔の笑いを浮かべた。

 違う。これ、遊んでるんじゃないから。俺には一大事だから。

 ポイポイと投げつけられるバッタを、必死の形相で躱す。しかし、長期の食っちゃ寝生活で失われた体力で、元気はつらつなスーに敵うわけがなかった。

 最終的に力尽きて倒れたところを、馬乗りに身体に乗られて無邪気に笑うスーに、グリグリと顔に虫を押しつけられる。


「ヒイィィ……」


 俺はもうガタガタと震えて両手で顔を覆うばかりだった。これがリハビリをさぼってた罰ならあんまりだ。神よ、こんな試練はいりません。

 俺が反応を見せなくなったのでつまらなくなったのか、スーは手の中のバッタをジッと見つめた。


「これ、美味しいのかな?」

「バッ……駄目、スー! そんなもの食べちゃ駄目!!」


 止める間もなく、スーはひょいとバッタを口に含んだ。だが、すぐに、


「まずい」


とか言って、ペッと地面にそれを吐き出した。

 やだ、もう俺、この子に近寄れる自信がない。

 なにを大げさなと思うかも知れないが、虫嫌いな人なら分かってくれるよね、ねっ?


『こうして子供たちは危険なものと安全なものを見分けていくのだ』


 ロボ、そんななんか動物ドキュメンタリー番組みたいなナレーションはいらないから。

 近くで息絶えた可哀想なバッタさんから少しでも離れたいと言うのもあって、俺はロボに頼んで川まで乗せて行って貰った。

 とにかく早く顔を洗いたい。

 こんなの耐えられない。


「おでかけ、おっでかっけ♪」


 後ろからスキップでついて来るスーはご機嫌だ。川まではまだ行った事なかったからな。

 誰のせいで行くはめになったと思ってんの! ちょっとは反省してよね!

 キッとスーを睨みつけるが、彼女はどこ吹く風。俺なんか見向きもせず、目を光らせてあちこちをくまなく眺め回していた。

 生まれて数週間の子に、こんな事言っても無駄か。

 諦めて肩を落とす。


 途中、薬草ってわけじゃないが役に立ちそうな草を見つけて、立ち止まって貰い、両手に掴めるくらいプチプチと千切っていく。

 近くの川につくと、スーと三兄弟はわーっと歓声を上げた。水自体を見るのが初めてだからだろう。興奮した様子で近寄ろうとしては、こわごわと後ずさっている。

 早速、川に落っこちそうになったアルをロボがひょいと咥え上げた。子供扱いされたくないらしく、ロボの口に咥えられたアルはむずかってウォンゥオンと唸っている。


 普段だったら可愛らしく見守る四匹を放っといて、俺はすぐさま川の縁に手をついて顔をゴシゴシと洗った。

 流れの緩やかなところで顔を映してみると、随分、汚れていた。髪も伸び伸びでべっちゃりしている。ほとんど毎日、身体を洗ってた俺がこんなになっているのを見たらセインたち、びっくりするだろうな。

 まだちょっと肌寒いけど、身体洗っても大丈夫かな。風邪なんて引かないよな。

 俺はロボに以前、頼んでいた服が調達できないか聞いてみた。身体を洗った後でさすがにこんな服は着たくなかったからだ。


『心得た。ひとっ走り行ってこよう。ルークは我が子たちの見張りを頼む』

「あと、洞窟からベルトも持って来てくれませんか」

『ベルト?』

「天井に引っ掛けてる細長いやつです」

『あぁ、あの蛇のようなものだな。承知した』


 蛇ね、蛇。ロボの目にはベルトがそんな風に見えていたのか。意外と話してみると他にも認識の違いがありそうだ。

 ロボは先にひとっ走り、洞窟まで行ってベルトを取って来てくれた。このベルトには後ろに小刀が収納してある。いい機会だから髪の毛と爪も切りたかった。

 俺にベルトを渡して、ロボは踵を返して出かけようとする。


「あ、あと……」

『まだ何かあるのか』

「もし服が貰えるところでタオルがあるなら、それも持って来て戴ければ……」

『タオルとはなんだ』

「ええーっと、服とは違って長方形の布です」

『とにかく布を持ってくれば良いのだな?』


 俺が色々頼むので面倒臭くなってきたのか、そう言うとプイッとロボは走り去ってしまった。いつもお手間をかけてすみません。

 寒そうで気が進まないが、えいやっと上半身の下着を脱ぐ。

 ズボンに手をかけたところで、そう言えばそこに女性がいる事に気づいた。


「スーとビアンカはちょっとどっか余所に……行ってくれるわけないですよね。ごめんなさい」


 俺に除け者にされたと感じたのか、スーは即座に揺れる草の陰に目を走らせた。また虫攻撃をされるとやばい。間髪入れず謝っておいた。

 まぁ、二人とも人間ってわけじゃないからいいか。気恥ずかしさを感じながらも、物陰でそそくさとズボンも脱いで全裸になる。

 所詮、俺なんて六歳児……いや、もうすぐ七歳だけど、まだまだ子供体型だから見られたって、どって事ないよ。


 それに城ではローズやエレナに背中を流して貰って……と、久しぶりに俺は二人の楽しい記憶を思い出して胸を詰まらせた。

 そうか。洞窟に寝転がって心を塞いでた時は悲しさしかなかったけど、こうしてこれから日常の至るところで皆の事を思い出すんだな。それにも慣れていかないといけないのか。


 ちょっとだけ空を見上げて俺は涙を堪えた。

 ローズ。俺もう、泣かないよ。泣くと心配かけちゃうもんな。でもたまには、また夢に出てきて叱ってくれてもいいんだよ。


 悲しみを誤魔化すように水辺に立って、足の着きそうな浅瀬にそーっとつま先を入れていく。

 顔を洗った時も思ったけど、相当冷たい!

 さっさと洗って出ないと。

 両足を川につけて、俺は手早く、さっき摘んでおいた草に水を含ませてゴシゴシと掌の中で擦った。すぐに手が緑色の泡でいっぱいになる。


 これはサボン草。石鹸のない地方ではよく使われている、石鹸代わりの草だ。

 緑色なのがちょっと違和感あるが、流せば関係ない。よく泡立つし、油分を落とすには最適だ。俺は何度も草を揉んでは髪も身体もゴシゴシと洗った。なにせ四ヶ月分なので、一度や二度、洗ったくらいじゃ落ちやしない。


「ルーばっかりずるーい!」


 その内に、楽しそうと思ったのか、隣にドブンッとスーが飛び込んでくる。


「ギャッ、つ、つめったーっ!!」


 が、すぐに叫び声を上げて水から飛び出した。ブルブルッと身体を振って嫌そうな顔をしている。

 フッ、スーさん、俺をいじめるからそんな罰が当たるんですよ。

 俺も嫌々ながら頭ごと川に全身を沈めて、身体中についた泡を流した。



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