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第8話 変身

 

 二週間もすると子狼たちは毛も生え揃って、自分の足でしっかりと立ち上がるようになった。

 成長の早さに驚くばかりだが、なんて言うか子狼たちはもう、可愛い!としか言いようがない。


 足はむちっと太くて、頭が大きくて身体は丸々してて、毛はフワフワで、耳はまだペタンとへたっている。ぬいぐるみみたいだ。この姿だけ見たらとても狼には見えない。子熊とかのイメージに近いな。

 動き回る姿はどんなに眺めても見飽きる事がない。

 あぁ、なんで今、俺はスマホを持ってないんだ。写真を、いや、こんな愛くるしい時期なんて一瞬だろうから動画に残したい!


 やんちゃな彼らは俺の事も兄弟だと思っているのか、服の裾に噛みついて引っ張ったり、身体をよじ登ってこようとする。

 この服一枚しかないから、これ以上、破きたくないんだって。子狼たちを何とか引き剥がそうとするが、四匹もいるのでこっちを捕まえればあっちが登ってくるといった感じで、あまり上手くいってない。


「ちょ、ちょっと見てないで助けてよ~」


 俺が訴えてもロボもビアンカも微笑ましく見守っているだけで、ぜんぜん助けてくれない。

 おかげで洞窟内だけとは言え俺もあちこち動くようになって、子狼との遊びがそのままリハビリになった。今ではロボに掴まってなら立てるくらいには回復してきた。


 ロボとビアンカの身体が大きいので洞窟はかなり広かった。

 洞窟の入り口は少しすぼまった感じになっていて傾斜があり、外の様子は伺えない。その代わり、奥に行けば行くほど広くなっている。

 高さは俺が立ち上がっても頭はつかないくらいだ。人間の大人だったら背を屈めないといけないだろう。


 子狼たちはそれぞれに個性が違う。最初に生まれた子は身体が大きく、落ち着いている。顔立ちも凛々しくて兄弟の中では一番頭が良さそうだ。毛並みは黒っぽい灰色だ。

 実は二番目と三番目が、本当にその順番でいいのか若干怪しいのだが、俺は元気でいたずら好きの子を二番目だと思う事にしていた。よく俺の身体に駆け上ってきて、頭の上でえへん!と偉そうな顔をしている。銀に近い灰色の毛がロボそっくりの子だ。


 三番目はずんぐりむっくりしていて、ちょっとのんびり屋さんだ。たまに兄弟たちに押されてビアンカのお乳にありつけず困っているので、助けてやったりしている。この子も灰色だが、少し白っぽい。

 この三匹が男の子で、最後に生まれた真っ白な子だけが女の子だった。

 ビアンカと同じ雪のように真っ白な毛並みを持つその子は、生まれた時はあんなに小さくて弱々しかったのに、今では元気にスクスクと成長していた。元気過ぎるくらいだ。

 兄弟の中で一番身体は小さいが、兄さんたちがやる事なす事に全て首を突っ込みたがり、洞窟内を所狭しと駆け回っている。もちろん俺の上にも、だ。


 洞窟の隅に置きっぱなしにしていたベルトとブーツを最初に見つけたのも彼女だった。

 俺はブーツをそこに置いていた事など忘れかけていたので、子狼がウーウー唸りながら自分の身体より大きなそれを引っ張ろうとしているのを見た時、一体何を見つけたんだろうと思ってしまった。

 慌てて、子狼の口からブーツの紐を取り上げる。


「ダーメ、これは駄目です!」


 頭上に持ち上げて言い聞かせるが、子狼たちはどうやら俺の「駄目」を遊んでくれていると思っているようで、まったく言う事を聞いてくれない。

 仕方なくロボに手伝って貰って、洞窟の上の方に張り出していた木の根にブーツとベルトを引っ掛けた。

 シャツのポケットに入れっぱなしだった、大事なハンカチもブーツの中に隠す。これがなくなってなくて本当に良かった。


 その後、子狼たちの間でジャンプの練習が流行ったりしたので、時間の問題って気もするけど……その時はまた別の隠し場所を考えないといけないな。

 子狼たちの毛が生え揃って、足取りもしっかりしてきた頃、ロボがおもむろに俺に語りかけてきた。


『ルーク、この子たちにも名前をつけてくれないか』


 え? 俺がですか?

 驚きに固まってしまい、すぐには返答できない。


「そんな、俺なんかが……」

『ここにはお前以外、名づけられる者はいない。なにせ我らは人族の慣習には疎いからな』


 えーっと、それを言ったら俺だってそうなんですけど。なにせまだ六歳だからな。名前のつけ方なんて習っていない。

 しかも同時に四匹もなんて……そんなにネタ持ってないよ。

 イチロー、ジローって言うのもなぁ。あんまりカッコよくないよな。それに番目の女の子はどうするんだよって感じだしな。

 腕を組んで、うーんと考える。


 イチ、ニとか、日本語で考えるからいけないのか。

 でも前世の他の国の数え方は中国語しか知らない。昔、麻雀ゲームで遊んでいた時に覚えたんだ。

 もっと考えればカッコいい名前をつけれたかも知れないけど。

 えぇーい、なるようになるだろ。どうせロボ以外は呼ばないんだ。俺はけっこう適当に切り出した。


「じゃぁ、イー、アル、サン、スーってどうですか?」


 一番目から順番に指差しながら答える。ロボに異論はないようで、深い頷きを返してきた。

 その瞬間、無邪気に走り回っていた子狼たちが全員、ピタリと動きを止めて俺たちの方を振り向いた。

 何かを訴えるように目を輝かせ、まだ短い尻尾をフリフリ、つぶらな瞳で俺を見上げてくる。


「ええっと、イー?」


 一番上の子を指差しながら語りかけると、イーはウォゥンと喉の奥で唸り声を立てた。名前を教えてあげればいいみたいだ。

 続いて他の子を順番に指差しながら伝える。


「アル、サン、スーだよ」


 それぞれに自分の名前を聞き取って、唸り声で答えてくれる。

 四匹はお互いを呼び合うようにウォウォと唸りながら、その場で飛び跳ね、ぐるぐると辺りを回り始めた。

 いつしか俺の耳にも、はしゃぐ彼らの声が聞こえてきた。


『イー、アル、サン、スー! イー、アル、サン、スー!』

「しゃ、喋った! ロボ、この子たち、喋ったよ!!」


 隣にいたロボの首にしがみついてガクガクと揺さぶる。それを少し鬱陶しそうにロボは首を振った。


『この子たちが産まれる前にお前が来た時から、その予感はしていた。これで我は人語を解する最後の狼族ではなくなるな』


 そうなのか。それでロボは俺に子狼たちの名前をつけさせたんだな。やはり世界は色んなところで繋がっていて、どんな人にも役割があるんだ。

 口々に名前を呼び合いながら嬉しそうに跳ね続ける子狼たちを眺めて、俺は目を細めた。

 やがて子狼たちは俺の足元へとやって来て、モグモグとズボンの裾を噛んで引っ張った。俺の名前が知りたいのか。



「俺はルーカス。ルーカスだよ」


 何度か教えるが、子狼たちにはまだ難しいのか一斉に首を傾げている。くぅーっ、可愛すぎるな!


『ルー?』

「ルーでもいいよ」


 アハハと笑い声を立てながら答える。


『ルー、ルー!』


 三匹のオス狼たちは納得した様子で俺の名前も加えて、また自分たちの名を呼びながら賑やかに飛び跳ね始めた。

 しかし四番目に生まれた女の子、真っ白な毛並みのスーだけは、俺の足元に留まった。琥珀色にも見える薄い茶色の瞳が、不思議そうに俺を見上げてくる。


『ルー?』


 もしかしたら、ちゃんとした名前で呼びたいのかもな。笑ってもう一度、教えてあげる。


「ルーカスだよ」

『ルー?』


 自分の言いたい事を上手く伝えられない子供のようにむずかって、スーは何度も首を振った。

 もう少し、ゆっくりはっきりと発音してみる。


「ルーカス」

『スー?』

「そう、スーはスーだね」

『ルー?』

「ルーカスだよ」


 何度か同じやり取りを繰り返す内に、スーは焦れてきてしまったようで、眉間や前足に力を入れて、ウーッと唸り出してしまった。元々、あまり気が長い子じゃない。


「スー。ルーでもいいんだよ、ぜんぜん」


 宥めようと手を伸ばした時、急にスーの身体が爆発したようにピカッと光った。薄暗い洞窟に慣れた目にその光は眩し過ぎて、思わず顔を手で覆って呻く。


「う……スー、スー、大丈夫? 一体、何が……」


 目が眩んで何も見えないが、慌ててスーがいた辺りに手を伸ばす。

 けれど俺の手に触れたのは、モコモコした毛玉のような子狼の毛並みではなかった。なんだかのっぺりって言うか、ぺたぺたって言うか、変な感触がする。人間の肌みたいな感じだ。

 まだ良く見えない目をうっすらと開けて様子を伺う。


 そこに見えたのは、長く真っ白なくせっ毛を背中になびかせた、二、三歳くらいの小さな女の子だった。しかも全裸だ。

 俺は女の子のつるぺたな胸元を触っていたのだ。


「うわぁっ、だ、誰!?」


 びっくりして腕を跳ね上げると、まだ筋肉が少なくて踏ん張りが効かないものだから、反動で地面にドスンと尻もちをついてしまった。

 エヘヘ、と口元に鋭い犬歯を覗かせて女の子が笑う。


「スーはスーだよ?」

「はわああぁぁぁ、ロボ! スーが、スーが……女の子になったぁ!?」


 一体、俺は今日、何度驚愕すればいいのか。

 動転してロボの首にすがりついてガクガクと揺さぶると、彼は仕方ない奴だなと言うようにむっつりと顔を曇らせた。



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