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第11話 悪夢の続き

 

 うつらうつらと浅い眠りは俺に取りとめのない夢をいくつも見せた。よく覚えていないけど、その大抵は胸糞悪い悪夢だった。

 誰かと話していたのに急にその人が襲いかかってきたり、黒い沼にはまって抜け出せなかったり。

 俺はうなされていたんだと思う。


 その内に俺は何もないがらんどうな場所に、ぽつんと立っていた。

 これが夢だと分かっていた。

 そんな所に行った事はなかったからだ。


 例えるならそこは、だだっ広い倉庫のような場所だった。ひたすらに何もない。

 いや、倉庫って言うよりは宇宙ステーションかな。窓なのか、スクリーンなのか、大きなガラス全面に暗い夜空のような宇宙が映し出されている。


 そこに一人の少年が立っていた。背丈からして年は十歳前後。逆光なので服装や顔は見えない。

 彼の後ろには、やたらと大きな月が浮かんでいた。


 薄桃色の色彩から、この世界の四番目の月、エステルだろうと推測できた。地球にピンクの月なんてない。

 そうか。確か、今日はエステルが満月の晩か。


『キミガ、ルーカス・アエリウス、ダナ』


 少年が本当に喋ったのか不明だが、割れ鐘のような声が高く低く響いた。喋ったって言うよりは、直接、頭の中に聞こえてきたような感じだ。

 ハウリングを起こしているマイクみたいな耳鳴りがキーンとして、俺は思わず額ごと頭を抱えた。


 ドク、ドクンと一拍ごとに鼓動が早くなっていく。

 なんだ? 俺は夢を見ているはずだった。

 なのに今、一体、何と対峙している?


『マッタク、イマイマシイ、フルキカミガミメ。コンナイブツヲ、コノセカイニモチコンデ……』


 少年の黒きシルエットが禍々しく月明かりに浮かぶ。

 彼は座った姿勢のまま、宙に浮かんでいた。


 やる気のなさそうに膝に肘をついて、その上に顎を乗せている。

 表情なんて見えるわけがないのに、少年がニヤリと顔いっぱいにニヤついたのが分かった。


『だが、見つけた』


 急に電波が通じたかのように声が鮮明になる。

 そして、俺は現実に引き戻された。


「うわあああぁぁぁぁっ!?」


 足を掴まれて闇の中に引きずり込まれる。

 夢じゃない! 俺は森の中の野営地に作ったテントの中から、何者かに引きずり出されようとしていた。


 瞬時に隣の二人が飛び起きて行動を起こす。

 ルッツがズルズルと引きずり出されそうになっている俺に飛びついて身体を押さえる。

 セインの剣が閃光のように鞘から抜き放たれて、俺の後方を暗闇ごと撫で斬る。だがその刃は何も捉える事なく空を切った。


「何事ですか!」


 アレクが息せき切って、数歩の距離を飛ぶように駆けって来る。


「アレクセイ! 何を見ていた!」


 俺を背後に庇って、セインが油断なく剣を構える。


「いや、何も気配など……」


 こちらも抜き身の剣を左手に構えながら答えようとしたアレクの声が途切れる。

 ゾワリと、俺も含めて全員の肌が総毛立つ。


 俺たちは闇に囲まれていた。

 人間じゃない。

 こんなのは知らない。


 何かの比喩ではない。言葉通り、黒き闇が命を持った生き物かのように俺たちに迫りつつあった。

 闇は揺れる焚火の炎に合わせるように、高く低く蠢きながら、馬鹿のひとつ覚えみたいに言葉を繰り返している。


『見つけた……』

『ルーカス・アエリウス……』

『見つけた……』


 夢で見たあの少年と同じ言葉だ。

 四方八方から責め立てるような、人とも動物ともつかないザワザワとした囁き声が繰り返される。


 ガタガタと震えて身動きできない俺をルッツが肩に担いで立ち上がった。

 いくらファンタジーみたいな世界だって言っても、この世界には魔法もなければ魔物もいない。そのはずだった。

 なのにこれじゃ……これは神話に出てくる黒い魔物そのものじゃないか!


 俺は覚えていないが、薄々、今は姿を消した神に請われて転生したんじゃないかと思っていた。

 けれどそれが本当だとしたら、これは酷すぎる。

 こんなものと、どうやって戦えって言うんだ。

 勇者も魔法使いもいない状態で魔物だけ出てくるなんて。

 最悪なくらい逆チートすぎるだろ!!


 しかし絶望に陥る俺とは違い、俺の騎士たちはまったく戦意を失っていなかった。


「分かっていた。ルーカス様に課された運命は、我々が背負うべき運命だと」

「あぁ、こんなに早いとは思わなかったが……早いか遅いかの違いだけだな」


 頼もしき背中が俺の前に立ち塞がる。


「ルーカス様は俺たちが守る。だから安心して」


 優しくも逞しいルッツの腕が俺を強く抱きかかえる。


「ルートヴィヒ! 決してルーカス様から離れるな!」

「分かって、ます」


 ルッツが移動しやすいように俺を担ぎ直して、右手に油断なく剣を構えた。


 俺は……俺は馬鹿か!

 こいつらが諦めていないのに、俺だけ心を折らすわけにはいかない!!

 素早く周囲を見回す。


 蠢く闇は俺たちを取り囲みながらも、ある一定の距離を保って今はまだ近寄ってこようとしていなかった。

 どうしてだ? 何がある?

 今、全方向から襲いかかられたらひとたまりもない。


 暗闇……夜の、森の闇……いつだって闇を晴らすのは光だ。


「焚火だ! こいつら、明かりのあるところには近づいて来ていない!」


 俺の言葉に、全員がハッと背後を伺った。

 周囲に素早く視線を向けつつ、ジリジリと焚火の近くまで後退する。


「ありがたい発見ですけどね、これからどうします? このままじゃ八方塞がりですよ」


 アレクの軽口が飛んでくる。そんな事は分かっていると、思わず反射的に苛つきそうになった気持ちを抑える。

 アレクはこんな時にもユーモアを失っていない。彼だってこんな事態に陥ったのは初めてだろうに。


「焚火は朝まで持つのか!」

「精神的にはきついですが、物量的にはなんとか」


 アレクと話している間にセインの剣が一閃、虚空を斬った。

 いつの間にか俺たちの影を伝って、闇が音もなく細い腕を伸ばそうとしていた。

 セインに切られて、影よりも濃い闇がふわっと宙に霧散する。まったく手ごたえがなかったようだ。


「影とどう戦えば……」


 チッと舌打ちして、小さく呟いている。


「ルートヴィヒ! ひとまずルーカス様を下ろせ! 影が伸び過ぎている。お前もしゃがめ!」


 指示されて慌ててルッツは俺を焚火の側に下ろした。いつしか身体の震えは止まっていて、俺は自分の足で地面に立つ事ができた。

 俺の傍らにルッツがいつでも立ち上がれるよう中腰で片膝をつく。


 焚火が近いので右側だけ焼けるようにヒリヒリと熱い。焚火に照らされた俺たちの影とは別に、森の中で闇が一定の動きを繰り返している。

 人の名前ばっかり呟いて、うるさいったらありゃしない!


「ルーカス様、こいつらへの対処法を知ってたりしませんかね?」

「あいにくお前らと一緒で初対面だよ」

「ですよねー」


 アレクのあほ面を見上げていたら大分、落ち着いてきた。

 こいつ、いつもは気が回らない癖に、わざと明るくしてるんだろうか。

 そんなわけないな、アレクだからな。天然なだけだな。


「我らはどのくらい寝ていた?」

「そう、だな……二刻は経っていないな」


 セインの問いに、しばらく考えてからアレクが答える。

 日の入りが七時前として、まだ九時にもなっていないのかよ!

 日本だったら到底、深夜とは言えない時間帯だ。日の出まで九~十時間くらいある。絶望的だ。


「ひ、ひとまず、焚火が小さくならないように薪をくべようか?」

「そうっすね」


 腰を落としてアレクが、脇に積んでいた薪に向かってそろーっと手を伸ばす。

 俺たちを取り囲む闇は、アレクが近づいた方に寄り集まって濃さを増したが、やはり明かりのあるところには出てこようとしなかった。

 薪を手に、ふーん?とアレクが首を傾げる。


 いくつかの薪を焚火の近くに移動させた後、アレクはその内のひとつを手に持って頭上へ掲げた。

 森の木々の闇と、アレクが手に持った薪の影が重なる。

 途端に、アレクの影を伝って一目散に、細い蛇のような闇が向かってくる。


 それを危なげなく剣で切り捨てて、アレクは薪をカランと焚火の中に放った。

 闇は、頼りない焚火の明かりの中、ふわっと空中に消えた。

 その様子を見つめた後、アレクは抜き身の剣を腰の鞘にカチンと音をさせて収めた。


「大体、分かったわ。セイン、ちょっと早いけど見張りを交代しろ。俺、寝てねーし。状況変わったら起こしてくれ」

「承知した」


 アレクは焚火の横にどっかりと腰を下ろしてあぐらをかいた。少し前のセインやルッツと同じように、鞘ごと剣を外して足の間の地面に刺している。

 え? 寝るの、この状況で?

 ちょっと神経太過ぎやしない?


「ルッツも寝れる時に寝とけよ。ルーカス様は……難しいですか。セイン、お相手して差し上げろ」

「お前に言われなくても」


 セインも中腰で、地面に放ったままだった鞘を取りに行くと剣を収めた。ルッツの分の鞘も拾って放り渡す。

 アレクは地面に刺した剣にもたれかかって目を閉じると、もうすぐに眠りに入ったようだった。


 俺はポカンと口を開けて見守る他なかった。ずっとただのあほの子かと思ってたけど、豪胆すぎるわぁ。

 セインが俺の様子を見て、わずかに口の端を上げた。俺が久しぶりに子供らしい表情をしていたからだろう。


「我らは十三歳で初陣に出たのです。それから毎年、必ず辺境軍で世話になっています。あの戦場の喧騒に比べれば、確かにこれは子守唄に等しい」


 俺たちを取り囲む闇をグルッと見回して、セインは大胆不敵に微笑んだ。分かりづらいけどセインなりに俺の緊張をほぐそうと言う冗談なのかも知れない。

 十三歳なんて、この世界でもまだ成人と見做されていないほどの年齢だ。やはり騎士団長たちは相当厳しかったんだと分かる。


 兵士は初陣を生き残って、初めて一人前と認められる。

 それから五年。セインとアレクは幾度も戦場に馬を並べ、共に死線をかいくぐってきたのだろう。


 いくら近年は本格的な戦闘はなく小競り合いだけとは言え、それは前線に出ている兵士には関係ない話だ。

 小競り合いでも戦は戦だ。両軍がぶつかれば、怪我人どころか死人だって出る。

 幾多の戦場を越えてきた二人は気構えが、経験が、絆が違う。


 年上を差し置いてセインが分隊の副隊長に選ばれるはずだ。

 ユーリがずっと二人の事を先輩と呼んでいたのも頷ける。ユーリとルッツは恐らく一、二度しか戦場には出ていない。


「初陣が六歳のルーカス様には比べるべくもないですが」


 あ、今のはちゃんと冗談だったな。俺にも分かった。

 下手くそなセインの冗談に乗ってやって、緊張の中だが俺も微かな笑いを返した。



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