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第4話 小休止

 

 少し休んで気合いを入れ直した後、俺は四人を呼び寄せた。


「食料はどのくらいある? 路銀とかは持ってんの?」


 なにせ一晩だけのつもりで出て来たからな。服装も軽装だし、装備も剣だけだ。

 と思ったら、何も用意していなかったのは俺だけで、騎士たちはウェストバッグに携帯食や応急薬なんかを入れていた。

 戦場や森で遭難しても数日は一人で生きられるように、携帯を徹底されているらしい。

 既にアレクも手当てを受けて、右手に包帯が巻かれている。


 さすが常態常戦をモットーとするマーナガルムの騎士団だな。たかが遊びに行くにも気を抜いていなかったのか。

 浮かれていたのは俺だけだったとかちょっと恥ずかしい。本当に前世の感覚がまだ抜けてなくて嫌になる。

 これからは俺も油断しないよ。

 万が一なんてないと思うが、はぐれた時に備えて俺も硬貨を分けて貰ってブーツの中に隠した。


 この時に、セインから母様の髪の毛も受け取って、ハンカチにそっと包んだ。

 大事に胸に押しいただいてからポケットにしまう。

 早く父様に会いに行きましょうね。


 俺の今の服装は長袖のシャツと、長ズボン。革のブーツ。上着の上にフードつきのマントをはおっていて、腰には剣。あと、持っているのは小刀だけだ。

 騎士たちも恰好はほとんど同じだが、革のウェストバックや馬に取りつけた荷物入れにちょこちょこと、旅に必要そうな物を入れていたようだ。ユーリはもちろん矢筒と弓も持って来ている。


 出発前に荷物を整理していたユーリは、困ったように俺の愛馬ルナの脇の籠を指差した。


「これはどうしましょうか?」


 アイリーンに見せるはずだった青紫の花。もうかなり日が昇ってしまったし、馬に揺られてほとんどが枯れてしまっている。


 これのおかげで俺たちは命を拾った。

 アイリーン。君が俺を助けてくれたのか。

 奇妙な運命はまだ続いている気がした。


 この世界でマーナガルムの人たち以外に、俺が心から信じられるのはアイリーンとマルティスだけだ。その二人を置いて、俺はシアーズには戻らない。

 あぁ、アイリーン。いつか君を迎えに来られるんだろうか。

 今頃、屋敷の様子を聞いて絶句しているだろう。俺も一緒に死んでしまったと思っただろうか。


 アイリーンの事を思うと、心の奥にぽっと柔らかな温もりが灯った。

 思えば、実際には数度しか会っていないのに、アイリーンの翡翠色の瞳はいつも希望の光に満ちて俺を見つめてくれた。

 その瞳が絶望に染まる事はないと、なぜか信じられた。

 アイリーンが俺を想ってくれているからこそ、俺の心も暖かくなるのだ、と。


 籠の中から俺は比較的、まだ綺麗だった花を一輪だけ手に取って、長い茎を小刀で切り取った。もう一度、ハンカチを取り出して、慎重に母様の髪には触れないように花びらを包み込む。

 いつかアイリーンに会った時に渡せるように。


「後は捨てていいよ」


 枯れた花が森に散っていく。

 葬送のように。

 悲しみを振り払って、俺は自分が今、なすべき事をする。

 こいつらに言いづらい事を言わなければならない。


「考えたんだが、僕たちの側からだけでは父様に会うまでの日数が減らせない。誰か一人、父様に伝えに行ってくれないか?」


 こちらは俺と言う足手まといを抱えている。休み休みの旅では、いつ敵に勘づかれるか分からない。

 対して、父様はまだ事件を知らない。他国を通る関係上、うかつな動きはできず慎重に歩みを進めているだろう。すれ違いになるのも避けたい。

 身軽な一人だけなら父様の元へ先に辿り着けるはずだ。

 父様が事態を知れば。屈強な男たちの乗るマーナガルムの軍馬は、昼も夜も駆けて俺の元へ飛んで来てくれる。


 俺の言葉を聞いて、案の定、四人は黙り込んだ。

 この非常時に誰も俺の側から外されたくないのだ。

 騎士とは主を戴く者。

 万が一にも主を失えば、生きている価値はない。

 俺はそんな風に思わないが、こいつらがそう考えているのは明白だった。


 敵が襲って来た時に、俺の隣にいられないなど我慢できないと考えているのだ。

 まったく面倒な奴らだよ。

 面倒で……自分の身の安全より俺の事を一番に考えてくれる頼もしい奴ら。本当に、こんな人たち、他に見つけられるわけないよ。


 どうして俺なんだよ。

 俺はお前たちに何もしてあげた事なんてないだろ。

 命なんて賭けないで欲しい。

 俺を放って国に帰って欲しい。

 喉元まで込み上がってくる言葉を飲み下す。

 それはこいつらを侮る事にしかならないから。

 俺には到底、誰に行って欲しいなんて口にする事はできなかった。信じて待つしかない。


「あーぁ」


 腰に手を当てて俺を見下ろし、ユーリが嘆息する。


「それって誰かとか言いつつ、俺の事ですよね?」


 仕方ないですね、とユーリは俺に向かって口の端を薄く上げた。


「ユーリ、いいのか?」

「むしろ俺以外、誰が行くんです? 俺なら夜も走れます。関所も一人ならどうって事ないですし」


 アレクの問いにも大した仕事じゃないと言わんばかり肩を竦めて軽く答えている。

 ルッツはあまりこう言う事には頭が回らないし、この巨体だ。セインとアレクの金髪も目立ち過ぎる。

 マーナガルムほど北に行くと金髪碧眼も珍しくないが、南国のこの辺りは茶色の髪が多い。

 ユーリ以外、適任はいない。


「ご用命なら名指しでどうぞ」


 挑発するようにユーリは片手を自分の胸の上に置いて、俺を見下ろした。

 まったくユーリは。こんな時でもユーリはユーリだった。俺を信じて、遠慮なんかしなくていいと真っ直ぐに発破をかけてくれる。


「分かったよ。ユーリにお願いする。五人でレートの国境を越えた後、行ってくれ」

「関所を……通れるんですか?」


 五人でと聞いて、皆の顔が曇った。先にユーリを出発させた方がいいのではないか、と。


「かなり荒っぽい方法になると思うから、それまで戦力を分散させたくない。とにかく、もう少し先へ進もう」


 俺が考えを語ると、不承不承ながらも皆は頷いて馬へと向かった。

 これからも俺は皆にしたくない事ばかりさせるのだろう。

 手段なんて選んでいられない。俺たち全員で生き残るためなら、俺はなんでもやってやる。



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