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第27話 極秘任務

 

 この世界、店でカレンダーなんか売っていないが、俺と母様は天文台で特別に作って貰った暦表をこのレートの屋敷にも貼っていた。

 母様が大きく丸を書き込んだ日の少し前に、俺もちょっとした印をつけていた。母様のは父の到着日、俺が書いたのはアイリーンの訪問日だ。


 バルド子爵一行は少し予定を早めて二日前にレートに到着しており、俺たちの屋敷とそう遠くない別荘で荷ほどきをしているはずだった。

 馬車で三十分もかからないくらいの場所だ。

 アイリーンはどんな気持ちで俺の父の到着を待っているのだろう。


 シアーズを出発後、数度、交わした手紙の文面はいつも通りで緊張は感じさせなかったが、アイリーンにだって言葉にできない思いもあるに違いない。

 人は見かけによらないのだと、最近、思い知らされるような出来事が続いたから。

 物怖じしないように見えるアイリーンも、もしかしたら神経質になっているかも知れないと思った。

 いや、それはないか。


 俺の方からあちらに訪問しようかとも伝えたのだが、ついたばかりでろくなもてなしもできないからと、遠慮する手紙の返事が届いて、アイリーンがこちらに来る事になった。

 再会を楽しみに暦を見上げていると、後ろからアレクの声が飛んできた。


「明日でしたっけ、アイリーン様がいらっしゃるのは。何かおもてなしを考えてんですか?」


 俺は慌てて奴に駆け寄って、しーっと唇に手を当てて見せた。油断なく、キョロキョロと辺りを伺う。

 ローズや侍女には勘づかれたくない。

 俺は騎士たち四人をこっそりと手招きで呼び寄せた。


「極秘任務がある。後で裏庭に集合だ」


 俺が極々、真面目な顔をして伝えると、奴らもやたら真剣な顔で頷きを返してきた。手を振って合図すると、そそくさと何気ない様子を装って解散してくれる。

 ほんと、こう言う事にはノリいいよな。ありがたいけど。


 数分後、俺たちは弓の練習をするフリをして裏庭に集まっていた。

 ワルター以下、他の騎士たちにも何か画策していると思われるのは都合が悪い。

 なにせ俺は信用がないからな。


「それで、何を企んでるんすか?」


 声を潜めたアレクが皆を代表するように聞いてくる。


「企むなんて人聞きの悪いな。僕はただ、アイリーンに喜んで欲しいだけさ」


 そう、俺は緊張しているだろうアイリーンをもてなすために何がいいかあれこれ考えた結果、花束のリベンジをする事にしたのだった。

 今度こそ、俺は綺麗な花を摘みに行く!

 それも、そんじょそこらにはない、とてもロマンティックなやつだ。


 季節はそろそろ初冬。

 とは言え、レートは亜熱帯に位置し、標高も低いのでまだまだ暖かい秋晴れのような日が続いていた。

 この別荘地から少し離れた森の中の湖の近くに、朝にだけ美しい青紫の花を咲かせるサルシファイの群生地があると言う。馬丁のサミュエルが地元民に聞いて教えてくれたのだ。

 夏から秋にかけての花なのでそろそろ終わりかと思いきや、この辺りではまだまだ早朝に美しい花を見せているのだと言う。


 サルシファイは早朝、まだ日も暗い内から咲き始め、午後には完全に花が散ってしまう、とても短命な花だ。

 きっとアイリーンも見た事がないはずだ。

 そんな花ならサプライズに相応しいだろう。

 実はサルシファイは別名、ヤマゴボウって言って根が食べられるのは内緒だ。俺だって何度もディスられたくない。


 ただ、この計画にはひとつ問題点があった。

 開花時間には現地にいなければいけないのだ。朝、屋敷を出発して戻っていたらその間に花が散ってしまう。


 すなわち、早朝のまだ日も明けやらない頃に花を摘もうと思ったら、暗い森の中を夜に移動できるわけもなく、現地で一晩を過ごさざるを得ない。

 観光地化している国とは言え、六歳の俺を連れて森でキャンプとか。

 とてもじゃないがローズやワルターが許してくれるとは思えない。


 そこで俺は誰にも言わず、秘かに計画を進めていたのだった。万が一にもワルターたちにバレないよう、当日を迎えた今日まで、四人にも伝えていなかったほどだ。

 こいつらにも反対されるんじゃないかと俺は恐る恐る、話を切り出した。

 さすがに四人がついて来てくれなければ、俺だけ一人で出かけられない。


「そんな花があるんですね。いいんじゃないんですか? アイリーン様もさぞお喜びになると思いますよ」


 ユーリは好意的。けれど、アレクは顔を曇らせた。


「おい、ユーリ。お前、ルーカス様に森なんかで一晩過ごさせるつもりか?」

「森って言ってもそうそう、人に害をなす獣なんて現れませんよ。俺たちでお守りすればいいんじゃないっすか?」

「そうは言ってもな……おい、セイン。お前も何か言ってやってくれ」


 ユーリに軽く返されて、アレクはセインに助けを求めた。しかし、反対にニコニコ顔のセインにたしなめられる始末だ。


「アレク、我々がせねばならないのはルーカス様を説得する事ではなく、どうすればそのお考えを実現できるのか方法を探す事なのだ」

「あー、もう、お前に聞いた俺が馬鹿だったよ!」


 アレクは最後にルッツをジロリと見上げるが、ルッツがセインの言う事に逆らうわけがない。プルプルと首を振られて、アレクはむっつりと口をへの字に曲げた。

 三対一で俺の勝ちだな。


「俺が反対したって、これで決まりなんでしょ!」

「アレクが心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でも一晩だけだから。ね、いいでしょ」


 服をクイクイッと引っ張って可愛らしくおねだりしたら、アレクはまだブツクサと口の中で何か言いながらも、それ以上は反対して来なかった。

 いつもながらちょろいな、こいつは。


 あまり早く出発して、バレて連れ戻されても困るので、決行は夕食前だ。

 それぞれにやるべき事の指示を出す。


「ルッツはサムに馬の用意を頼みに行ってくれ。アレクはマルコに携帯食を。くれぐれもバレないように、な」


 二人は大げさなほど、しっかり頷いた。

 俺とセインとユーリは、母様のところだ。母様にだけはどこに行くか伝えておかないと、俺がいなくなったと知って卒倒されたら困るからな。

 先に言っておけば、意外とお茶目な母様の事、ワルターたちには黙っておいてくれるだろう。


 セインとユーリを連れて行くのは、いつもと違った行動をしてワルターに勘づかれるのを防ぐためだ。最低二人くらいは護衛に連れて行かないと、あのおっさんに不審がられる可能性がある。

 俺たちは目配せをし合って、それぞれの場所へと別れた。


カウント2

この話が帰還不能点(ポイントオブノーリターン)です。

ここから先は十分ご留意の上、お進みください。

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