第25話 黒歴史
その後、騎士たちがいたらいつまでも三人が悪ノリをするからと言う理由で、彼らは部屋の外に追い出された。
メルチェリーダさんがワルターを好みと言うのは嘘ではなかったようで、姿が見えなくなるまで熱っぽい視線を送っていた。
騎士たちは間近で警備できなくなって不満そうだったが、レートでも由緒ある上流階級向けの別荘が立ち並ぶこの付近で、そうそう護衛が必要な事件が起こるはずない。部屋の外からでも十分だろ。
さて、むくつけき男たちがいなくなったら、女性たち四人の視線が俺へと突き刺さった。
やばい。アレクやワルターを笑ってる場合じゃなかった。
今度は俺の番か。
「女性同士で積もる話もあるでしょうから、僕もそろそろ……」
タジッと後ずさりしようとする俺を許さず、母様がにっこり笑って手招きする。
「そんな事言わずに、こっちにいらっしゃい、ルーカス」
くっそ。完全に退室するタイミングを間違えた。どんな時だって俺が母様に逆らえるはずがない。愛想笑いを浮かべながら女性たちに歩み寄る。
母様は俺の肩に手をかけて、誇らしげに皆に見せびらかした。女性陣は俺を頭のてっぺんから足先まで遠慮なく観察して、皆、嬉しそうにニコニコしている。
代表してメルチェリーダさんが口を開いた。
「いくつになったんだい?」
「今度の春で七歳です」
「ウチの下のと同じくらいか。見習わせたいほどだね。今度、連れて来たら遊んでくれるかい?」
「それはもう」
話が変な方向に行かなかったので、俺は安心してコクコクと頷いた。友達はいつだって大歓迎だ。
レートの国王の孫王子なら、伝手を作っといて悪いもんでもないだろう。
「それで、ウチには息子しかいなくてね。潤いがなくてつまらない思いをしていたんだよ」
ソファにゆったりと腰かけて背を預け、メルチェリーダさんは見せつけるように細く長い足を交差させた。胸の前で十本の指を交互に組む。
ニコニコとご機嫌で伝えられる話の意図が分からず、俺は曖昧に頷いた。
会ったばかりだが、この人の笑みには不穏なものしか感じない。
俺の家も男二人兄弟ですけど?
「そうなのよ。私たち、こんなに小さくて可愛いものが大好きなのに。張り合いがないったら」
「昔はソフィを着せ替えさせてよく遊んだわね」
「久しぶりに会ったらソフィアもこんなおばさんになっててがっかりだな」
「まぁー、おばさんですって!」
母様は友達の軽口に怒った振りをしているが、本心はちょっと嬉しそうだ。
いつも少女のようだと言われ続けて辟易していたのだろう。年相応に扱ってくれる気の置けない友人たちに優しい視線を向けている。
だんだんとこの人たちが何をしたいか察してきて、俺の背中に冷汗が流れる。
シアーズに引き続き、それだけは避けたい。
「僕も男です!」
なし崩しに女性陣が話を進めて行かないよう、大声で主張する。
メルチェリーダさんは誰の目も奪う美麗な微笑みを見せた。
「ルーカスくん、実際の性別などあまり関係ないんだ。私だって城に帰れば妻であり母であるが、男役を演じる時はいつも男のつもりでいる。そうでないと人生つまらないだろう? 人はなりたいものになれるんだ」
ぐっ、この人、言葉だけ聞いたらいい事言っているように聞こえるけど、俺にはなんの解決にもなっていないぞ。
レートも主に信仰しているのは楽神エントール。人生を謳歌するためには手段を選んでこない。
「そして君は我々に選ばれた。おめでとう」
有無を言わさぬ眼圧に、俺は黙り込むしかなかった。
その瞳はこう告げていた。諦めろ、と。
生まれながらの王とは、こう言う人を言うんだろうか。侍女たちに傅かれてもそれを当然と受け止めて、視線を向ける事すらしない。
この人が女で残念だったような、シアーズやレートにとっては良かったような。
俺の沈黙を了承と受け取ったのか、メルチェリーダさんは満足気に頷いて指をパチリと鳴らした。
すかさず侍女たちが屋敷に持ち込んでいた大きなトランクを広げる。
てっきりお土産でも入っているのかと思っていたが、そこには子供向けの服がぎっしりと詰め込まれていた。主に女物だ。
直視したくなくてトランクから目を逸らす。
別にやりたくてこんな事やるわけじゃねーからな!
むすっと口を曲げてメルチェリーダさんを見上げるが、どうもこう言う顔は逆効果のようだった。
獲物を前に舌なめずりせんばかりの猛獣のごとく目を細められ、俺はゾワッと背中を総毛立たせた。
そう言えば母様がむくれるのも、クスクスと面白そうに眺めていたな。わざと怒らせて色々な表情を楽しんでいるのか。
駄目だ。これは一枚も二枚も相手の方が上手だ。
社交経験が少ない俺では太刀打ちできない。
本当にこの人が女で、俺にとっても良かったわ。
「この子、あんまりおふざけには慣れていないのよ。ほどほどにしてあげて」
母様が口添えをしてくれるが、三人は分かっているのか分かっていないのか。うんうんと頷いている。
「ソフィアがそう言うなら、最初は普通の恰好にしてあげるよ」
最初は、ね。
俺はあっと言う間に侍女たちの手で服を脱がされ、女性陣の指示の元、あーでもないこーでもないと服をあてがわれた。
下着姿だと部屋の中でもちょっと肌寒いから早くして欲しい。
初めは心配そうな顔をしていた母様も、すぐに溶け込んで真剣にトランクの中身を覗き込み始めた。類友とか言いますよね。
まずは半ズボンにサスペンダーをつけさせられた。
確かに言われた通り、最初は普通の男の子の格好だったが、女性陣は膝小僧がどうのこうのとかキャッキャッと笑い声を上げている。
あまり聞くと精神衛生上よくなさそうなので聞き流す。
「赤毛も嫌いではないが、あの男の血筋かと思うとね」
「ルーカスちゃんはフィル様そっくりなのよねー」
似てるのは髪と目の色だけですけどね。俺も大きくなったら、ちゃんと父様みたいに身長が伸びるのかねぇ。
母様はご機嫌で俺の髪をグシャグシャとかき回した。
メルチェリーダさんと母様の会話は噛み合っていない。と言うか、四人が四人とも好き勝手に話しているような状態だ。
「絵師も連れてくれば良かったわね」
「まー、それはナイスアイデアだわ」
すみません、それだけは勘弁してください。
そんな事態になったら流石に逃げるわ。
ローズも止めてくれればいいのに、端の方で澄ました顔をして立っている。
そんな何食わぬ顔をしてたって、たまにこっちを見て口元を震わせてんのは分かってんだからな!
そればかりかローズは途中から母様ににじり寄って行って、
「そちらの緑のお洋服の方が……」
とか、こっそり助言している始末だ。
ローズぅ? 覚えてろよ。今度、何かあったって教えてやらないんだからな!
不幸中の幸いは、あいつらを追い出しといた事か。こんなところ見られたら立ち直れない。
着せ替えってすっごく体力を使う。
二、三着試された時点で俺は疲れ果てて椅子に座り込みたくなっていた。
ドレスは重いし、カツラまで被せられて、リップなんかもつけられる。
四人だけでなく、その場にいた侍女やローズまでがうっとりとため息を漏らした。
「あぁ、こんな娘がいたら毎日が楽しかったでしょうに」
「まったくだ。息子も娘も楽しめて、ソフィアが羨ましい」
俺は正真正銘、息子ですけどね!
メルチェリーダさんは俺の前に膝をつくと、ふわりと手を取って真剣な顔で囁いた。
「君は正式な婚約はまだと聞いている。どうだろう。ウチに嫁いでくる気はないかい?」
「いや、そちら、男しかいらっしゃらないんですよね……?」
「あぁ、そんな些細な事。なんなら正体を隠してこの恰好で会えばいい。私に似て可愛いものは好きだからいちころさ」
俺には重大事件だっちゅーねん!!
ほんとにもう、この人、どこまで冗談であしらえばいいのか分からないな。
せいぜい内心の憤りは押し隠して笑っておくしかない。
「僕は一度、心に決めた方を裏切るような事は致しません」
ずっとふざけた様子だったメルチェリーダさんは、その時だけ、ちょっと目をパチクリと瞬かせた。
「お、今のはちょっと男の子っぽかったね。ルーカスくんも、ちゃんと男だったって事か。残念だ」
やっと俺の手を離して立ち上がってくれる。
そろそろお開きにしてくれるんだろうかと思いきや、そんな考えは甘かった。
「今日は泊まって行っていいんだろう、ソフィア?」
「もともとメルちゃんのお屋敷ですもの」
「私の、ではなく、レートの公用地なだけだけれどね。そうとなれば時間もたっぷりある事だし」
メルチェリーダさんは俺をキラリと輝く瞳で見下ろして、肉食獣がごとく下唇をペロリと舐めた。
俺、生きて帰れるのかな……。
着せ替えショー自体は数時間で終了となったが、その後、翌日に彼女たちが帰途につくまで、俺はビクビクと落ち着かない時間を過ごす事になった。
こんなところで黒歴史なんて作りたくなかったわ!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ほのぼので明るい話のみをご希望される方は、この先には進まれない方が良いと思います。
もし、明るい話に戻ったらまた読んでもいいよ!と言う方は、第6章第7話「生命(いのち)」から再開いただければ幸いです。
間を飛ばしても内容が分かるように簡単なあらすじを入れおります。
そして、どんな運命が待ち受けていてもルーカスと一緒に旅を続けていただけるのでしたら、どうぞページをめくって翌日へと時間の針をお進めください。
あと2話は、普通の話が続きます。
よろしくお願いいたします。




