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第24話 母様の友人がやってきた

 

 母様の友達って言うか、従姉妹(いとこ)のおばさまたちがやってきた。

 レートの皇太子妃であるメルチェリーダさんと、他国に嫁いだ二人の計三人だ。お二人は母様の帰国にあわせて、わざわざレートを訪れてくれたらしい。

 二人はいかにも母様の一族らしく、ふわふわの金髪と美貌を持つ姫らしい姫だったが、メルチェリーダさんだけは違った。


 すらりと背の高い細身をパンツスーツで包み、女性は長い髪が当たり前のこの世界で、うなじが覗くほどの短髪。頭には小粋に中折れ帽を被っている。

 宝塚の男役を思わせる男装の麗人だった。


「さて。私の可愛いソフィアを奪った、憎き狼はどこなのかな?」


 メルチェリーダさんは長く細い指を包んでいた黒い手袋を取ると、母様の顎に手をかけてハスキーな声で囁いた。


「まぁ、メルったら。まだあの人が来るまで一週間くらいかかるわよ」

「残念だ。会ったら決闘を申し込んでやろう」


 その言葉を冗談だと受け止めたのか、母様はクスクスと笑い声を上げた。メルチェリーダさんは母様の頬に顔を寄せると、チュッと高らかな音を立ててキスをした。

 他の人では安っぽくなってしまいそうな仕草だが、ここまで美麗な二人だとため息しか出てこない。

 メルチェリーダさんの言動はどこか芝居がかっていて、どう振る舞えば自分が一番美しく見えるのか計算し尽くされた動きだった。


 後で聞いたころによると彼女はお芝居を趣味としていて、要人を招いて劇を上演する時にいつも主役を張っているらしかった。

 もちろん男役だ。貴族の子女の中には熱狂的なファンもいるんだとか。


 母様より数歳、年上のはずなので御年とって二十六、七歳くらいだろう。

 他の二人、クリスティーヌさんとレティシアさんも母様と暖かい抱擁を交わし、頬に軽くキスをしあった。

 美しい女性がたくさん部屋にいるって言うのは華やかでいいね。


「初めまして。ルーカス・アエリウスです」


 俺が挨拶をするのを見て他の二人はニコニコと、メルチェリーダさんはフフッと口元にニヒルな笑みを浮かべた。


「聞きしに勝る利発さだね。ウチの息子にも見習わせたいよ」


 口角を上げるだけの微笑みは、鋭利な容貌と相まって冷淡に見えるのかと思いきや、意外と暖かかく感じた。俺を見て細めた瞳が優しげだったからかも知れない。


「それに、本当にソフィアの小さい頃に生き写しだ。懐かしい面影をありがとう、ルーカス。レートにようこそ」


 メルチェリーダさんは身を屈めて俺の頬にもキスをしてくれた。

 ちょっとくすぐったい。

 俺の赤くなったほっぺたを軽くつまんで、メルチェリーダさんは間近で片目を瞑って見せた。


 それから身を起こした彼女は、ぐるりと部屋の中を見回した。

 この屋敷はメルチェリーダさんが用意してくれた場所なので調度品などに不足がないか確かめているのかと思いきや、お目当ては違った。

 彼女は部屋の隅に控えるマーナガルムの騎士たちを眺めていたのだ。


「これはこれは。私好みの男性ばかり用意してくれるとは、ソフィアも気が利くようになったものだね」

「も~、メルちゃん、何を言っているの。この人たちは私たちの護衛です」


 むくれて頬を膨らませる母様を物ともせず、メルチェリーダさんはツカツカと大股で騎士たちに近寄った。足音高く歩きながら、一人一人をジロジロと値踏みするように睨めつける。

 その足がピタリとワルターの前で止まった。


「フフ。屈強な男性は好きだよ。君、どうだい。今夜、私の部屋に来ないか?」


 メルチェリーダさんの細い指がワルターの胸元で怪しく蠢く。ワルターは流石と言うか表情を変える事はなかったが、困惑するように眉の端をピクピクと動かした。

 それはそうだろう。

 この人はこんな恰好をしているが、一国の次期王妃。夫もいれば子供もいる。その言動のどこまでが冗談で、どこまでが本気なのか。

 ワルターはようやっとの事で声を絞り出した。


「ご冗談を」

「安心してくれ、我が夫君は私に寛容でね。この程度で君を罰したりは……おや。ソフィア。凄い形相だな。もしかしてこの子は君のお気に入りなのかな」

「メルチェリーダ、言っていい事と悪い事があるわよ」


 応える母様の声は氷のような冷気を纏っていた。冷ややかな視線を向けられても、メルチェリーダさんは余裕ある微笑みを崩さない。

 わーぉ、母様が怒ってるとこなんて初めて見たわ。


 その間にふわふわとしたお姫様然としたクリスティーヌさんとレティシアさんも悪ノリして、俺の後ろに揃っている騎士たちの間に入り込んでいた。

 なぜか二人はアレクの腕を両脇から掴んでいる。


「私たちはこの子がいいわ!」

「この子、なんだか可愛いわ!」


 アレク、モテモテじゃん。良かったな。その角度だったら、絶対腕に当たってるよね。羨ましい。


「年上の女性は嫌いかしら?」

「三人とかはどうなのかしら?」


 アレクはもう、あわわわわと慌てるばかりで、なんの受け答えもできていなかった。

 女性二人に引っ張られたところで本来なら身じろぐ事もないだろうに、ズルズルと列から引きずり出されそうになっている。

 仕方なくセインが進み出て助け舟を出した。


「奥様方、お戯れを。こいつは粗野な男で洒落が通じないのです」


 やんわりとアレクの腕から女性陣の手を絡めとって微笑を見せる。

 しかしながら華やかな公宮に策謀渦巻くシアーズ出身の女性たちは、イケメン(セイン)の微笑みにも動じる事はなかった。それどころか、どこか反応がおかしい。


「まぁ、イケメンだわ!」

「イケメンが庇ったわ!」

「私たちとしては四人でもいいのだけれど!?」


 二人してきゃわきゃわとアレクとセインを見上げながら、クスクス笑い合っている。

 マーナガルムの騎士たちは、セインとユーリはともかく、他の奴らは堅物って言うかこういう方面には疎いから、まったくついていけてない。

 俺は年齢的に対象外で良かった!


 三人が悪ノリし始めてから置いてけぼりだった母様は怒髪天をつく勢い。細い白金の髪を逆立てんばかりに、目を吊り上げていた。


「あなたたち~? 小さい子供の前で何を言っているのかしら?」


 凍りついた笑顔が怖いですよ、母様。

 俺なら、こちらに実害がなければこの程度のおふざけくらい問題ないですとも。


「そう、目くじらを立てるな、ソフィア。ウィットに富んだ冗談だよ、冗談」


 母様の怒りを引き飛ばすべく、メルチェリーダさんの笑いが軽やかに部屋に響く。


「まったくもう、皆、ぜんぜん変わってないんだから」


 ぷぅ、と片方の頬を膨らませて、腕を組んだ母様は深いため息をついた。

 この人たち、少女の頃からこんな感じだったのか。また男の悪ガキ連中とは違った感じの問題児って言うか、じゃじゃ馬って言うか……なんだか母様の子供時代が少し垣間見えるようで楽しい。


 そうか。いつも城の部屋で一人きり、窓の外を眺めているイメージが強かった母様だったけど、こんな友達がいたんだな。

 女性たちの華やかな笑い声で部屋が満たされる。

 母様の半生が淋しいものではなかったと知って、俺は女性陣の戯れをいつまでもニコニコ顔で眺めていた。



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