第23話 異世界でラーメンを
戦闘のような朝食の後片づけも大体終わっただろう頃、俺は調理場にマルコを訪ねた。
マルコは調理場の隅のテーブルで遅めの朝食を取っていた。
なぜか向かいでアレクも一緒に食べている。
聞けばあの後、のんきに鳥を持って行ったアレクは殺気立ったマルコに「てめぇで羽むしってけ!」と怒鳴られたあげく、なぜか調理場の手伝いまでして朝ご飯を食べる暇もなかったらしい。
アレクってほんとに鈍くさいって言うか、要領悪いよな。
今はムスッとした顔で食事を口に運んでいて、こちらに見向きもしない。俺のせいじゃないでしょうよー。
他の三人も相変わらずゾロゾロと俺の後ろに従っている。何も全員で来なくても、交代で休憩取ったり訓練したりすればいいだろうに。暇なのかな。
「マルコー」
「どうしたんですか、ルーカス様。また何か思いつかれたんですか?」
食事中にも関わらず、マルコはにこやかに俺を迎えてくれた。マルコは仕事中でなければ気のいい奴だ。
「今日は簡単さ。肉を焼くだけだから」
「だけ、ですかぁ」
なんだ、マルコ。含みがありそうな言い方だな。
そりゃ、俺のお菓子や料理の実験につき合わされて、無茶ぶりされたり散々失敗したりもしているが、今日はさほど手間はかからないはずだ。
なにせ今回制作予定のチャーシューは、前世でたまの休日に作っていたので要領は分かっている。醤油がないから作るのは塩チャーシューだな。
煮込む時間はかかるが、それ以外の調理方法は至って簡単だ。
「ちなみに野鳥はどうするの?」
「ハーブでも詰めて香草焼きにしましょうかねー?」
「いいね、いいね!」
マーナガルムでの味つけの基本はシンプルに塩と香草だけだ。胡椒なんかのスパイスもほとんど使わない。
俺もすっかり素朴な味に慣れてしまったので、シアーズのこってりした料理には辟易する事もある。美味しいんだけどさ。
今は屋敷にほぼマーナガルムの人しかいないので、朝晩の食事に故郷の料理が出てきて皆、嬉しがっていた。
国から旅立って三ヶ月弱。皆も故郷が懐かしいのだろう。誰も俺や母様にそんな事を言ったりしないけどね。
塩チャーシューならきっと、マーナガルムの人々にも受け入れられるだろう。
チャーシューの作り方はいくつかあるが、今日は豚バラブロックを使う。豚バラなら脂たっぷりでとろっとして、肩ロースを使うと繊維質の噛みごたえのあるチャーシューになる。
俺がネギやニンニク、生姜に似た野菜の他に、糸まで用意させたものだから、調理場にはハテナマークが飛び交った。
「糸なんか、なんに使うんですか?」
「こうするんだよ」
俺は背が低いので台に乗って作業している。
下処理として豚肉は(マルコが)叩いて柔らかくした後、塩をすり込んである。それを長いまま、縦にくるっと巻く。その形が崩れないよう豚肉に糸をかけて、と……あれっ?
いや、これ、前にもやった事あるからできるはずなんだけどな。
こっちからこうして糸をかけて……と、糸をぐちゃぐちゃにしていると、見かねてマルコが手伝ってくれた。見ていたら大体、俺のやりたい事が分かったらしい。
違う! これは前世の腕の長さとか手の大きさの違いにまだ混乱してるって言うか、子供だから上手く手が動かせなくてだな!
決して不器用とか言うわけではない!
なにはともあれ、こうして巻いたらラーメン店でよく見るような丸い形になる。
表面だけを色がつくまで軽くフライパンで焼く。
あとは葱とか生姜とかの野菜を入れた鍋に豚肉を突っ込んで、ひたすら弱火で煮込むだけだ。三時間くらいかな。な、簡単だろ。
思ったより時間がかからなかったって言うか、調理場を荒らされなかったからか、マルコは鍋の見張りを快く引き受けてくれた。
その間に俺はオレイン先生のところに行って、今日の母様の様子を聞いたり、薬草学の授業の続きを教わったりした。
ただ単にくっちゃべってただけとも言える。
しばらくして再度、調理場に様子を見に行くと、鍋の中は豚から出た脂で白濁してトロトロになっていた。夕食の下ごしらえの間にマルコが根気よくアクを掬ってくれたようだ。
マルコ、いい奴すぎ!
顔の前で両手を組んで、キラキラした目で拝んでおいた。
「スープも何かに使います?」
「そうだね。乾麺があったよね? 茹でてくれる?」
旨味たっぷりのスープが勿体ないので、スープパスタにする事にした。ラーメンも作れればいいんだけどな。まだ麺類に手を出すほど暇がない。
茹でたパスタに濃厚なスープを注いで、ラーメン風に麺の向きを揃える。湯気の上がるそこに刻んだネギと、厚く切ったチャーシューをたっぷりと乗せる。
メンマもナルトも海苔もないけど、それはまさしく見た目だけはラーメンだった。
湯気が目に染みたのかな。なんか目の端が濡れてきた。
こないだから涙もろくなってるな。年かな。
俺は器をコトリとユーリの前に置いた。
「はい、ユーリ」
「え、俺すか?」
「なんだよ。誰のために作ってると思ってたんだよ。ユーリがお肉食べたいって言ったからだろ」
別に肉が食べたいとは言ってなかったか。
一番は牛らしいが、牛肉なんてシンプルに焼いて食べる方が美味しいから、焼肉とかステーキくらいしか思いつかない。
けど、チャーシューなら牛肉にも匹敵する、と俺は思う。
ユーリはためらうように湯気の立ち上る器を眺めていた。あんまり肉料理っぽくないからな。
でもチャーシューはそのまま食べるより、スープにくぐらせてとろっとしたところに噛りつくのが至高だと思うんだ!
その間に他の奴らの分も(マルコが)作る。こいつら、アスリートと一緒で食べても食べてもカロリー足りないくらいだから、間食させたってどって事ない。
先輩に先立って料理に手をつけるのを良しとしなかったのか、皆で一緒に食べようと思ったのか、ユーリは他の奴らのも出来るまで待っていた。
ラーメンは出来上がりが一番だから待たずに食べて欲しかったんだけどな。
まぁ所詮、なんちゃってラーメンだからいっか。
ようやく俺とマルコの分も出来上がって、調理場の隅で試食タイムだ。
俺だけ、夕食が食べられなかったら困ると言う理由で一人、小さいお椀くらいの器で出されたのが不満だ。
ともあれ、前世ぶりのチャーシューだ!
箸がないのでフォークで厚切りのチャーシューを突き刺す。
よく煮込んだ豚肉は口に入れるとほろっとほぐれて、溶けるように消えていった。
んー。これこれ、この味!
醤油をたっぷり染み込ませた味チャーシューもいいけど、シンプルな塩味も最高だな!
どっちの世界で食べてもチャーシューの味は変わらない。
いや、皆で囲んで食べる今の方が美味しいかもな。
ユーリは首を傾げてチャーシューを得体の知れないもののように見ながら、口の中に入れた。
失敬な。ただの豚肉だって。お前も作るとこ見てただろ。
「あ、美味しいです。すっごい柔らかい」
そうだろう、そうだろう。
俺はご機嫌になって、フォークで絡めてパスタも食べてみた。濃厚な出汁がパスタに絡んで、すっごく美味しい。なんだろう。ラーメンでもないし、ただのパスタってわけでもないし。
チャーシューの煮汁で作るスープパスタってこんなに美味しかったんだな。前世でも作ってみれば良かった。思わず夢中で食べてしまう。
日本と違って養豚場とかじゃなくて放し飼いの豚だからかな。味が濃い。それにマルコの腕がいいからかもな。
最近、肌寒くなってきたから、あったかいスープが身体を温めてくれてほっこりする。
こっちの人たちはスープをすするのに音を立てたりしないので、しばらく皆は静かにラーメンもどきを口に運んでいた。
こんなに美味しいのに感動が少ないなぁ。
こいつらいつも、なに食べさせたって反応薄いから張り合いがないったらありゃしない。マルコは何か言いたげだったが、皆が静かだから遠慮してるみたいだ。
そんな中、ユーリがぽつりと呟いた。
「これ、弟にも食べさせたいな」
小さな呟きのつもりでも調理場が静かだったので、その声は俺たち全員に届くくらい大きく響いた。
人は、綺麗な風景を見たり、美味しいものを食べたりすると、まっさきに教えてあげたい人の顔が思い浮かぶのだと言う。
ちゃらんぽらんで女好きに見せかけといて、ユーリにとってそれは弟さんだった。
大勢の兄弟の中で、たった一人の弟だ。 さぞ可愛がってたんだろうなぁ。
ユーリの弟ならもう十四、五歳くらいなのかな。
それくらいなら成人とみなされているとは言え、可愛い弟さんを国に置いて何年も会えなくなるのに、ユーリはよく旅に出る事を承諾したな。
「弟さんはもう働いてるの? って言うか、上のお兄さん二人以外は騎士団に入ってないんだね」
「あいつは俺と違って頭いいから国外の学校に行かせてます。他はまぁー、商人の丁稚をしたり、農家に婿に行ったり?」
国外の学校って……それって相当、頭いいなんてレベルじゃないぞ。
マーナガルムの識字率は低い。上流階級を除く国民はほとんどゼロに近い。
なので常設の学校は大きな町でも少ないし、教えている内容もたかが知れている。
村では村長がかろうじて読み書きできる程度。たまに頭のいい子がいたら村長が直々に教えて、町に出したりするのだ。
上流階級は家庭教師を雇うので、一応、貴族や騎士クラスなら読み書きはできるはずだが、レベルは千差万別。今のところ勉強が好きって奴にお目にかかった事はない。
現に、こいつらだって俺が本を読んでても興味のひとつ示してこない。
ちょっと待てよ。学校なんて入るだけでもべらぼうにお金がかかるはずだし、それが国外なら、旅費や滞在費だって馬鹿にならない。
ユーリは、家が貧乏だと何度も言ってたよな。
まさか。
俺に視線を向けられて、ユーリは失言したと言うように口の端を上げた。
「この特別報酬で、あいつを高等学校に行かせる事ができました」
ユーリが旅に出る事を了承したのは……騎士団に入ったのは、全部弟さんのためだった。
もう隠し事はないですよって言うように、清々しい顔でユーリが笑う。
思えば、俺が四人をお兄ちゃんとか言い始めた時から一番反応が大きかったのはユーリだ。
俺を、小さかった頃の弟さんと重ねてたんだろうか。
俺と一緒にいると楽しそうだって言ってくれたユーリ。
俺を信じていると言ってくれた。
「学校を卒業したら、もう面倒見る必要もないですしね。そろそろ俺の好きにしてもいっかなって……って、なんでルーカス様が泣いてんですか!!」
ユーリが大慌てで立ち上がって駆け寄ってくる。
「あーもう、こんなになって」
グズッと鼻をすする俺の顔を、ユーリはハンカチを出して拭いてくれた。
「だってぇー、いい話だったじゃんかー。ユーリぃ、もっと肉食いなよ、肉」
俺はグジグジと目を潤ませながら、テーブルに身を乗り出してアレクの皿から肉を掠め取って、ユーリへと移した。
「あっ、俺の……」
「僕のは少ないんだからいいだろ!」
アレクに取り返されないように、最後に食べようと肉を残していたお椀を腕の中に抱え込む。
「私の分も食べるといい」
「俺も」
セインとルッツも自分の分をユーリに分け与えたので、なんだか一人、分けてないアレクが非道みたいな雰囲気になった。
「いや、俺の今……あげたよね?」
アレクの疑問に答えてくれる人はいなかった。渋々、アレクは苦みばしった顔をしながら、もう一枚、肉をユーリに差し出した。
「こんなに食えないっすよ」
「いいんだ……食べてくれ」
同僚同士が仲良いのは、いい職場って事だよね!
俺はこれ以上、アレクに文句を言われる前に、マルコの陰に隠れて最後のチャーシューを口の中に放り込んだ。
俺たちの様子を見て、マルコがハハハッと笑い声を立てる。
「騎士団の方々って、もっととっつきづらいのかと思ってましたが、そうでもないんですね?」
「マルコ、こいつら特別だから、あんまり他の人との参考にしない方がいいよ」
騎士団の他の奴らは、こんなに気安くない。
他にも人を食ったようなおっさんもいるからな。
俺の言葉を聞いて、なぜか四人は一様に嬉しそうに顔をほころばした。
あ、しまったな。特別にあほだからって意味で言ったつもりだったのに、これ、誤解されてるな。
今更、訂正もできないじゃないか。
でも、ま、皆が嬉しそうだからいっか。
たまにはこんな、なんにもない日もいいもんだな。
俺たちはその後、夕食の時間が近づいてきて苛ついたマルコに追い出されるまで、調理場の隅でダラダラと立ち話をした。




