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第20話 たくさんの約束を置いて

 

 翌日からセインがデレた。

 それはもう、気持ちが悪いほどに。


「ルーカス様、ルーカス様」


 ニコニコと満面の笑みで、朝からずっと俺の後ろをついてくる。

 図体はでかいのにまるで子犬って言うか、カルガモの雛みたいだ。

 俺はゆっくりでいいって言ったよな、昨日。まったく話を聞いてないじゃないか。セインは生真面目だから極端すぎるんだよ。


「何か御用はございませんかっ!?」


 キラキラした目で十数分置きくらいに聞いてくる。

 ないと言うと途端にしょんぼりするから俺は、


「あー、ペンが必要なんだった」

「紙も取って来てくれるかな?」


とか言って、適当にセインを走らせていた。


 あのな、セイン。これ侍従の役割で、絶対、騎士の仕事じゃないからな。

 今まで真面目でしっかり者だと思ってた人が崩壊したのは、かなりの衝撃がある。

 でもセインが満足そうなので、俺たちは何も言わなかった。しばらく好きにさせとくさ。


「結局、あいつ父親そっくりなんですよ」


 コソッとアレクが教えてくれる。

 鬼のザイデル騎士団長が、この世でたった一人、甘い顔を見せるのはウチの父に対してだけだ。

 言われてみれば、


「陛下、陛下」


と父の後ろにつき従っていた姿を思い出す。


 そう言やあの人、父様の言う事にはまったく逆らわなかったな。父がいつまでも子供みたいなのは、こうやって甘やかす人がいっぱいいるからだ。

 四十路のおっさんが四十路前のおっさんを甘やかしている図は、ちょっと気持ちが悪かった。


 でもセインはあんな風にはならないよ。仲間に対する態度も随分、柔和になった。

 アレクとは同室だから、夜中に長話でもしたのかな。

 ユーリはあれ以来、セインとアレクを先輩と呼ぶのをやめた。ルッツはもうちょっとかかりそうかな。のんびり屋さんだからな。


 皆でワイワイと、祭りの前から進めていた旅の支度を再開する。

 俺たちも、もう旅には手馴れたものだ。

 今回はシアーズのほぼ国内と言っていい同盟国レキストを越えて、さらに隣のレートと言う国まで行くだけだ。

 三日しかかからない。旅とも言えないくらいの行程だな。


 だけど向こうで四ヶ月近く過ごすので荷物が大量になってしまった。

 一ヶ月ちょいしか経ってないのに、なんでこの部屋、こんなに物で溢れちゃってんのかな!?


「まー、また知らない本を購入されて。いらないものは捨てて構いませんね?」

「駄目です! あー、もう、ちょっとそっちも勝手に触らないでよ、ローズ!」

「なんで同じ本が二冊もあるんですか」

「こっちはサラクレート版、こっちはシアーズ版さ。こんなに近くの国なのに、やっぱり言語とか言い回しに違いがあって……」

「い・り・ま・せ・ん・ね!?」

「駄目です、駄目ー。絶対駄目!!」


 俺たちは本で綱引きをしたが、大人のローズには敵わなかった。

 新規購入特典や、限定版に、特装版。違いがあったら揃えたくなるのはオタクの習性だろー。


 無言でセインに合図しといたから、本屋に売り飛ばされる前に取り戻してくれるはずだ。後でどこかに隠しとこう。

 って言うかセイン、便利すぎるわ。こうやって父様も堕落していったんだな。俺はちゃんと用法と用量を守ってセインを使おう。


 慌ただしい準備期間を経て、すぐに出発の日を迎える。


「うぅ、ルーカスや。なぜ儂は、お前やソフィアと一緒に行ってはいかんのだ」


 おじいさまは最後までグズグズと煩かった。

 それは貴方と父様が長時間、顔を合わせていたら絶対に喧嘩するからですよ。


 祖父がレートを訪れるのは、父様が帰るギリギリ直前の段取りになっていた。最終日にそそくさと会談させて、さっさと父様を追い返すつもりだ。

 半日くらいなら礼儀を失わず一国の王同士として対談できるだろうと言う計算だ。


 それ以上長いと罵り合いが始まりかねないとお互いの家臣に思われているとか、なんて最悪なトップたちなんだ。

 俺は祖父と父を反面教師にして、こうはならないようにしよう。


「レートではずっと一緒に過ごせるんでしょう? 温泉とか鹿狩りとか行きましょうね」


 俺に穏やかな(生温い)笑みを向けられて、やっとの事でおじいさまは機嫌を直した。


 おじいさまはおよそ四ヶ月、俺たちと一緒にレートに滞在する予定だ。

 冬はそこまで問題も起こらないので、国を譲る予行練習として叔父さんに統治を任せるのだ。

 こうしてシアーズでも緩やかに世代交代が進んでいる。


 レートと言う国は観光業を生業としているだけあって、国土のあちこちに様々なアクティビティが用意されている。

 狩りは苦手だが、上流階級としてそうも言っていられない。

 そう言えばユーリに弓を習う約束になっていたんだった。レートについたら早速、始めようかな。


「師匠、俺もおじいさまについてすぐに行きますからね!」


 実はマルも後で祖父母と一緒にレートに来る事になっていた。建前は俺の遊び相手として、だ。

 実際はマルが俺から離れたがらなかったからだ。理由は言わずもがな。四ヶ月も放っておいたら甘味不足で発狂しかねない。


 今回だって俺が先に旅立つと聞いただけで、しばらく落ち込んで部屋にこもっていたくらいだ。

 仕方ないので、以前作ったスイーツのレシピを城の料理人に渡しておいた。

 こないだ、同じものをもう一度食べたいとか言ってたから丁度いいだろ。


 別にマルは俺と一緒でも良かったのだが、騒々しくして母様の体調を害してはいけないとか叔父さんに諭されていた。

 多分、あれだな。俺と父様と母様に家族水入らずで過ごさせてあげようって言う、叔父さんの気遣いだろうな。


「マルには父様に会って感想を言って貰う約束ですからね」

「そのロリなんとかの話からは、いい加減、離れませんか?」

「まぁ、それはさておき、マルを父に紹介したいんですよ。この国初めての……友達ですからね」


 あー、恥ずかしかった。

 マルが盛大に照れたものだから、俺まで赤くなっちゃっただろ。

 俺たちはガッシリと両手で握手し合った。


「新しいお菓子を考えて待っていますよ」

「絶対の、絶対に約束ですよ!」


 痛い、痛いってマル。こんな大切な事、忘れるわけないだろ、まったく。

 強く握られすぎて痺れた手を軽く振る。

 ジョエルとモリスも見送りに来てくれていた。二人揃ってマルを羨ましげに眺めている。


「マルティス様、いいなー」

「ウチは零細貴族ですので、レートに別荘なんてないんです」

「まぁまぁ、二人にもお土産を買ってきますよ。春になったら、また一緒に練習しましょうね」


 二人はあれからもポロの練習を続けているようだった。以前はマルと同じくぽっちゃり体型だったのに、筋肉がついて身体つきがすっきりし始めている。

 春までに追い抜かされないよう俺も乗馬とか頑張らないとな。


 ちなみにマルは試合が終わって練習をやめたらリバウンドした。ランニングくらいは続けろと指示している。

 俺はジョエルやモリスとも硬い握手を交わした。


 旅のメンバーはほとんどいつも通り。俺と母様、ローズ、オレイン先生の一団。騎士団に侍女、馬丁、料理番のマルコ。それからシアーズの召使も何人か。既にレートでも下働きの人を幾人か雇っているようだ。


「出立ー!」


 ワルター隊長の高らかな声が響いて、一行が進み始める。

 ほんの四ヶ月で帰ってくると言うのに、城門に集まった人々は千切れんばかりに大きく手を振って見送ってくれた。

 俺も馬車が坂を下って皆が見えなくなるまで、ずっと手を振り返した。


 果たせぬ約束ばかり、俺はシアーズに置いてきた。

 この時の俺は、彼らとすぐに再会できると疑っていなかったからだ。



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