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第17話 約束の白鳥

 

 帰りの馬車の中でバルド家の執事さんが俺の怪我の手当てをして、大きなカギ裂きのできた上着も簡単に繕ってくれた。

 アイリーンはちょっと小さくなって、


「私、お裁縫もあまり得意ではないのです……」


とか恐縮していたが、まったく問題ありませんとも。なんなら俺が覚えますよ。ずっと独り身だったからボタンつけくらいはできるしな。


 俺のズタボロの恰好にバルド家の面々は多少驚いたようだったが、転んでしまってという苦しい言い訳にも、何かを察したのか深くは突っ込んでこなかった。

 なにしろアイリーンが今にも踊りださんばかりに上機嫌だったので、初デートが成功した事は誰の目から見てもあきらかだったからだ。


「ルーカス様は秋祭りが終われば早々にレートに旅立たれるのですね」

「向こうからも手紙を書きますよ」

「私たちも早く出発できないか、おじいさまに頼んでみますわ」


 俺とアイリーンは玄関ホールで、名残り惜しく長々と立ち話をした。

 バルド子爵と父様が会わないと婚約の話を進められないので、バルド家の人々もレートを訪れる予定になっていた。

 こちらの事情につき合わせてしまって申し訳ないが、国から出た事のないアイリーンは楽しみにしているようだった。


「レートには美肌の湯もあるそうですわ」


 そうか、温泉。レートには温泉があるんだ!

 まさか混浴とかないよな。

 やばい。このままでは不審者になってしまう。俺は必死の思いで表面上は平静を保った。十五歳まではプラトニックを貫くんだ、俺は。


「レートについたら、そちらのお屋敷にも伺いますわね」

「お待ちしておりますよ」


 俺たちは何度も何度も同じ約束を繰り返した。

 玄関を入ったところにあるホールで立ち話をしていた俺たちは、執事さんの控えめなコホンと言う咳払いでやっと、けっこうな時間が経過している事に気づいた。


 いかんいかん。貴族の子女を送ってきた時に、こんなに長居してはいけないのだ。

 セインとシミュレーションした時も、今日のデートの感想と感謝を伝えて颯爽と去る、と言う段取りになっていた。


 名残惜しくも別れの言葉を告げようとして、俺は何か忘れているような気がし始めた。

 ん? 昨日、セインを前に練習した時には、俺は手に何かを持っていたような……思い出して、顔面が蒼白になっていく。


 デートのお礼の品だ! 初デートの思い出に、ちょっといいアクセサリーか何かを買って贈る手筈になっていたのだ。そのためにショッピングの時間が設定されてたんじゃなかったのか。

 騒動で時間を食ったせいで、すっかり忘れていた。


 ちょっとセイン! なんで教えてくれなかったんだよ!

 チラリと後ろを振り向くと、セインもユーリも途方に暮れた顔をしていた。あぁー、二人揃って完全に忘れてたのか。アイリーンの前じゃなかったら頭を抱えてしゃがみ込みたい。

 これって俺って言うより、アイリーンが困るんじゃないの? 貴族の女友達とかに、それで初デートに何をいただきましたの?とか聞かれたら……最悪の事態だ!!


 何かないかと、あるわけもないのに俺はわたわたと服のポケットを片っ端から探った。

 その手に、上着の内ポケットに入っていた紙がカサリと触れる。

 イルナおばあちゃんが言っていたのはこれか!


 そうだな。大銀貨より安かったら、貴族の女性に贈るのにふさわしくない。あぁ、ありがとう、おばあちゃん。

 し、しかし紙なんかをどうすれば……と真四角の紙を取り出した俺の頭に、ふとひらめくものがあった。受け取った時、折り紙みたいだなと思ったのを思い出したのだ。


「ちょっとだけ待ってくださいね」


 怪訝そうな皆の前で俺は、花瓶が置いてある台を使って、せっせと紙を折った。

 綺麗に四つ折りにして跡をつけて。それを開いて三角にして。日本人なら誰だって作れるそれを、ものの一分もかからない内に形にしていく。


 日本人ならさ、それを見たら一瞬で鶴って言うだろうけどさ。

 折り紙なんてない異世界なら、どんな鳥だって言っても通じるはずだ。混じりけのない真っ白な紙は、アイリーンが好きだと言った白鳥を思わせた。


 あの鳥のようにお互いを裏切らず生きていこうと約束した。

 渡り鳥のようにどこまでも一緒に人生を旅して行けたら、と。

 そんな気持ちを込めて丁寧に紙を折る。最後に、白鳥に見えるように長い首を心待ち短めに折り曲げて、翼を整える。


「高価なものでなくて恐縮ですが……今日の思い出に」

「まぁ……」


 俺が両手に乗せて差し出すそれを、誰もが驚きで見つめた。思った通りだ。以前、国で雪像を作った時にも思ったが、この世界ではデフォルメって考え方がないのだ。

 ただの紙で作った手作りの品でも、これなら友達に見せたって自慢できるはずだ。

 なにせ、この世界にたった一つしかないのは保証できる。

 受け取るアイリーンの手はワナワナと震えていて、目も潤んでいた。


「なんて美しい……白鳥ですね、ルーカス様」


 アイリーンは目を細めて、手の中の折り紙を見つめた。俺の気持ちはちゃんと伝わったのだろう。アイリーンはくしゃりと、ほころぶような笑顔を見せてくれた。


「ありがとうございます。この間、いただいた花は枯れてしまったので、これは大切にしますね」


 あぁ、花か……その話はしないでいただけたら。あれはちょっとした俺のトラウマだ。

 実はポロの試合の時に贈った花束はアイリーン以外には不評だった。

 あの後、セインたちに、普通の人は花を贈る時に効用なんて考えないとか、散々、ディスられたのだ。秘かに根に持っている。

 俺としてはアイリーンが喜んでたんだからいいじゃんと思うんだが。


 掌に大事そうに折り紙の鳥を乗せて、アイリーンはいつまでも輝くような笑顔を見せてくれた。

 何とか面目も保てたようだ。俺はほっと息を吐き出して、バルド家の面々に別れを告げて屋敷を後にした。



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