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第10話 カフェデート

 

 祭りの最終日。ややこしい様々な工程を経て、俺は無事、アイリーンを家から連れ出すのに成功した。

 バルド家は随分、家長や女性陣の力が強大なようだ。入り婿らしきアイリーンのお父さんはなんの反対もしてこなかった。

 むしろ、ウチの娘でいいんですか?って言う同情の視線を向けられたほどだ。

 お義父さん、俺が成人したら一緒に酒でも飲みましょうね。


「本日はお誘いいただきありがとうございます」


 大人たちの後ろに隠れるようにしていたアイリーンがしずしずと進み出て、俺の前でちょこんと片足を下げてお辞儀をした。


 アイリーンは今日も変わらず美しい。

 足首まで届く黄色いワンピースは、襟を黒い糸でかがっている以外、無地だ。柔らかい布地なのでアイリーンが軽やかに動くたび、足元にまとわりつくようにスカートが揺れる。

 その代わり同じ色合いで仕立てられた長袖の上着には胸元や裾に、同じく黒い糸で複雑な模様が刺繍されていた。これは蔦……か、葡萄かな? 多分。


 何度か会った感じからすると、アイリーンははっきりした色の服が好きみたいだ。

 もちろん今日の服も彼女の黒い肌に良く似合っている。だけど俺は輝く笑顔を向けられて、何も言えずにモゴモゴと黙り込んだ。


「それでは行って参ります」


 アイリーンは執事さんから、花の飾られたつばの広い帽子を受け取りながら両親に告げた。帽子の左右に垂れるオーガンジー生地のような薄いベールを顎の下でふわりと結ぶ。

 そこには非の打ち所のない貴族の淑女がいた。

 お母さんがアイリーンにそそっと近寄ると、扇を広げてなにやら耳打ちしている。


「今日はちゃんと大人しくしておくのよ。決して殿方には逆らわず、顔を立てるのです」

「もー、やめてよお母さん。聞こえちゃうでしょ」


 もちろん俺たちはちゃんと、聞こえていない振りをした。


 アイリーンを前に、俺の心臓は激しく高鳴り、口の中はカラカラだ。

 だけど俺から行動しないと出かけることもできない。


「そろそろ行きましょうか」

「はい」


 差し出した掌にアイリーンの指先が触れた瞬間、頭が真っ白になった。

 どうやって馬車に乗って、最初の目的地であるカフェまで来たのかあまり覚えていない。

 きちんとアイリーンをエスコートできたんだろうか?


 貴族御用達の小洒落たお店の貸し切り部屋。

 普段はレストランらしいが、こうしてカフェ利用もできるようだ。

 開け放たれた大きな窓からは薔薇の生垣と細い小川が見えている。秋の終わりの庭では遅咲きの薔薇がいくつか、柔らかく花開いて風に揺れていた。


 さすがセイン神。完璧なシチュエーションだ。

 って言うかシアーズに到着してまだ一ヶ月ちょいなのに、どうしてもうこんなお洒落な店を知ってんの?

 お前、今日も爆発しとく?


 外では三日目の疲れもなんのその。いつもは静かな旧市街も、祭りの最終日を味わいつくそうと騒ぐ人々で賑わっているはずだった。けれど、その喧騒も物静かな店内には届かない。

 側に控えているはずのセインやユーリ、バルド家の執事さん、お店の人はそれとなく気配を消してくれている。


 そうでなくても俺はさっきからアイリーンの事しか見えていない。

 こうして面と向かって二人だけで話すのは初めてだから照れくさいな。

 紅茶のカップを両手で持って、指でずっと縁を撫でてしまう。

 アイリーンは椅子に座る姿勢も綺麗で、時折、上品にカップを口に運んでいた。


 食器でもなんでも金属で作成しようとする故郷マーナガルムと違って、他の国では陶器はそこそこ出回っている。

 そうは言っても庶民が購入できる値段ではないが。

 この世界のカップはまだ取っ手がついていない。少し厚手で底が深く、カフェオレボールみたいな感じだ。両手で持ち上げるから、中に熱いものが入っているとけっこう持ちづらい。

 びっくりするんだけど、ソーサーにお茶を移して飲む人もいるくらいだ。

 この下のお皿って、飲み物を冷ます用だったんだな。


 って、そんなうんちくいらないか。そうだ、今日は絶対、人の興味ない雑学をべらべら喋ったらダメなんだ。となると、ほとんど俺に話せる事はなくなるわけだが。

 でも今日はとっておきの掴みの話がある。

 そう、昨日の劇の話だ。


「私もルーカス様の神子姿を拝見したかったですわ。本当に残念」


 俺の話を聞いて、アイリーンが小さく口を尖らせた。

 シアーズと言う狭い国の中。どうせいつかアイリーンの耳にも入る。それなら先に伝えておいた方がいいと言うのがセインのアドバイスだ。

 昨日の今日に顔を合わせているのに黙っていて、後で尾ひれのついた噂を聞かれる方がダメージが大きい。

 それより本人が面白おかしく話した方が、よっぽどマシだと言われたのだ。


「いやー、素人の学芸会レベルですからね。お恥ずかしい限りです。アハハ……」


 俺は乾いた笑いを口の中に消えさせた。こんなの、笑い飛ばすしかない。ほんのり頬が赤くなるのを感じる。

 アイリーンもつられるようにフフッと口元をほころばせた。

 まぁ、デート初っ端の話としては反応も良好なんじゃないだろうか。

 俺としては本当は情けない話よりカッコいい話を披露したいものだが、よく考えたら俺に格好良かった逸話なんてない。


「それで、そちらの方が弓の勇者様ですの?」


 ユーリに視線を向けて、アイリーンがクスクスと笑う。


「ユリアンと言って、僕の家臣の一人です」


 俺の合図を受けてユーリが無言で会釈をする。

 アイリーンとは城に来た時とポロの試合の時に顔を合わせてるけど、普通、家臣なんて紹介しないからな。


「よろしくお願いしますね」


 アイリーンもちょっと頭を下げて挨拶を返す。

 よし。ユーリの活躍を聞いても、セインの顔を見ても、アイリーンの反応は薄い。

 イケメンに興味ないんだろう。

 そうだといいな。


「昨日はお友達と一緒に旧市街の方に行っておりましたの。家は新市街にありますのに、おじいさまはあまり、あちらで遊ぶ事にいい顔をしないのですわ。私、あまり観劇は得意ではないのですが、そのような面白い劇ならぜひ見てみたかったです」


 おいおい、セイン。いきなり暗礁に乗り上げたよ。

 アイリーンは劇があまり好きじゃないそうだぞ。

 そうか。アイリーンは貴族の子女とは言え、ダンスやスポーツが好きな活発な女の子だ。観劇みたいな長時間、座っていないといけない催しは苦手なのだろう。

 やばい。性格まで加味していなかった。

 俺は変な汗をかきながら言葉を絞り出した。


「それで、アイリーンは今日はどこか行きたいところがありますか?」


 いや、まだまだちゃんと予定通りだ。これを聞くのは計画の内だった。

 アイリーンは顔の前で両手を合わせてニッコリ笑うと、ためらいなく口を開いた。


「私、ぜひサーカスに行ってみたいんですの」

「サーカス?」


 思ってもいなかった言葉に俺はどう反応していいか分からなかった。そりゃ、こんな大きな祭りだからサーカスくらいは来ていてもおかしくないが。

 サーカスってあれだろ? アクロバットとか見たり、猛獣ショーがあったりするやつだよな。

 前世では子供の頃以来、見た事なかったが、こっちの世界にもあるんだな。


「サーカス団は街に入らず郊外にテントを張るでしょう。おじいさまに許していただけなくて……けれど、ルーカス様みたいなしっかりした男性のエスコートで行くなら文句は言われないはずですわ」


 アイリーンはにこにこと屈託のない笑顔を向けてきた。

 本当かな。

 俺が怒られたりしないかな。

 しかしお世辞かも知れないが、しっかりした男性とか言われて俺は舞い上がった。


「おばあさまの一族ではないのですが、そのサーカスにとても高名な占い師の方がいて、私、恋占いをしていただきたいのです!!」


 恋占い? 意外だけどアイリーンも女の子って事か。キラキラした目で語ってくる。

 アイリーンの後ろに立つ執事さんの顔は浮かない。あー、お嬢様がまた突拍子もない事を言いだした、と言うような表情だ。

 俺の後ろからもセインの冷気が漂ってくるが、知るもんか。

 俺がこんな顔をしたアイリーンに逆らえるはずがないだろ。


「郊外まで行くなら時間がかかりますね。早速、出発しましょうか」


 残っていた紅茶を飲み干して立ち上がる俺に、はいと答えてアイリーンは心底嬉しそうな顔で微笑んだ。



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