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第8話 寸劇

 

 俺たちはどうにかステージ裏に固まっている人たちに見つからないよう、その場を立ち去ろうとした。

 だが目ざとい男が一人、俺たち……と言うかユーリを指差してくる。


「あー、あんた、一街区のカーニヴァルで弓技を披露してた人だな! ここで会えたのもエントール様のお導きだ。ちょっと俺たちを助けてくれないか」


 聞けば、移動式の背景が強風で倒れ、次の劇の為に待機していた数人が巻き込まれてしまったらしい。

 その結果、重要な役の二人が出演できなくなって困っていると言う。


 劇の内容はそう難しいものではない。シアーズでは人気のある、弓の勇者とエントールの神子(みこ)の話だ。

 俺たちの故郷では空から堕ちた八番目の月と戦ったマーナガルム神の話が人気だが、神話には続きがある。


 神々がいなくなった後の世界は暗黒の時代を迎えた。黒き魔物が跋扈し、人々が苦しんだと言われる時代だ。

 そんな中でも人々はなんとか力を合わせて魔物に立ち向かった。


 最後の魔物を追い詰めた弓の勇者が魔よけの矢を空に射た時、暗雲は姿を消し、空は青さを取り戻した。

 しかしそれでも神々が戻って来る事はなかった。人々が嘆き悲しんでいると、一人の少女が進み出て、こう言った。


『私が歌を歌いましょう』


 そして少女の歌声に合わせるように、姿は見えずともエントール神は人々の心に光と希望を届け、彼女は世界最初の神子になった。

 と言うような筋書きだ。


 なにせ自分たちの神子が世界初なのだから、山岳連合では絶大な人気を誇る話だ。

 もう何度見たか分からなくても、祭りの度に催されているとつい足を止めて見てしまうのだとか。


 この弓の勇者役の人が腕に怪我をして、神子役の少女が足をくじいてしまったらしい。

 女の子は痛みと言うより、舞台に立てないショックで泣いているようだ。

 毎年、収穫祭の舞台にはその年、一番歌の上手い子が選ばれるのだ。

 楽神エントールの誉れも高いこの地で、それはとても名誉な事に違いなかった。


「弓の勇者バロナバーシュかぁ。俺、けっこう好きなんですよね」


 それはそうでしょうとも。


「お前はいいだろ! 勇者なんだから!!」


 俺が金切声を上げる理由は、ユーリが弓の勇者役として舞台の上で矢を射てくれと頼まれたからではない。

 あぁ、ユーリならなんなく命中させるだろうさ。


 万が一にも危なくないようにと言うか、暗雲を晴らす話なので矢は天井に向かって射る。

 命中しなくても舞台袖から雲を引くので演出には差し支えないが、暗黒の魔物の目玉に当たれば観客から拍手喝采らしい。

 ユーリは凄くカッコいい役なのに!!


「なんで僕が神子役を頼まれてんだよ!!」

「ルーカス様、ちょっと落ち着いて。人目が……」


 俺の目線まで屈んでいるユーリの襟首をグイグイと締め上げる。

 神子ってあれだろ、女の子だろ!

 女装かよ!!


 神子役の女の子は立てないほどではないらしいが、びっこを引いて舞台に上がりたくないと泣いている。


「楽しみに待っている方のために、できれば上演したいのですが……」

「どう考えても時間までに台詞なんて覚えられないですよ」


 なんとかのらりくらりと断ろうとしているのに、ユーリが口を挟んでくる。


「あ、俺は大体、弓の勇者の台詞は分かります。あとはアドリブでもいいですよね?」

「問題ないです。ルーカス殿下、お願いします。神子の台詞は『私が歌を歌いましょう』の一言だけですから」


 この裏切り者め。ユーリをギロリと睨みつける。

 こいつは絶対、面白がっているだけだ。自分が出たらいいだけなのに、人を巻き込みやがって!!


「残念ながら、僕、音痴なんです」


 俺の音痴は父譲りだ。旅の途中で野営の時に、皆に笑われたから根に持っている。


「歌はこの子が袖で座って歌います! それくらいならできるな、な、ミレーナ?」


 団長さんらしき人に肩に手をかけて揺さぶられて、女の子は涙を引っ込めて小さくコクリと頷いた。

 この人たち、追い詰められて正常な思考ができなくなってるんだ……。

 俺はついに逃げ道を失って、力なくユーリの首から手を離した。


「どこで着替えればいいんですか……」


 途端に俺は抱えられるように楽屋に連れ込まれた。青いワンピースを着せられ、顔に白粉(おしろい)かなにかをパタパタと振りまかれる。

 最後に長い金髪のカツラを被せられた。


「おぉ……」


 楽屋にいた人々は着替えた俺を見て、ほとんど祈らんばかりに胸の前で両手を組み合わせた。


「私、お母様……ソフィアローレン様が一度だけ神子役として舞台に立たれた時を拝見しております。その時にそっくりですわ」


 年かさの女性は感極まったのか、頬に一筋の涙を流した。

 くっそ、母様も参加した事があったのか。

 ますますもって失敗したら面目が立たない。

 俺はギリッと奥歯を噛みしめた。


「男が一度決めた事を覆すのはみっともない……ユーリ、行きますよ! お前がとちるんじゃないですよ!!」


 俺は勢い良く立ち上がって……着慣れないスカートにつまづいて思いっ切りこけそうになった。皆が慌てて俺を支える。

 女の子はどうやってこんなもので動き回ってんだ。


 俺はスカートをたくしあげ、脛を丸出しで舞台裏に向かった。事情を知らない人が数人、ギョッとした顔で俺を見てくる。

 こんなのでアイリーンはよくダンスなんかできるな。


 あぁ、そうだ。アイリーンだ。絶対に君が広場になんかいませんように。

 大丈夫だ。アイリーンはああ見えて、貴族の淑女。お祭りの日に一人で広場を歩いていたりしない。

 心臓、静まれよ。


 ユーリが何か舞台の上で話しているが、ろくに聞こえない。

 あいつはセインに比べたら三枚目だと思っていたけれど、こう言うのけっこう好きなんだな。舞台の上で生き生きと動き回っている。

 騎士なんかじゃなくて、俳優になれば良かったのに。


「魔物よ、この地から去れ、永遠に!」


 ユーリの手から、笛のような音を立てる鏑矢が解き放たれる。狙い違わず、矢は魔物を模した模型の目玉のど真ん中に突き刺さった。

 サッと両袖から暗雲の背景が引かれて、舞台に青空が広がる。

 広場に集まった観客は大歓声を上げた。


「勇者よ、雲が晴れても神がお戻りになる気配はありません」

「神々を失って、我らはどうすれば……」


 勇者の仲間たちを演じる役者さんたちが、舞台にガックリと膝をつく。

 一人、ステージの中央に立つユーリは、満面の笑みで舞台袖で待つ俺に目を向けた。

 おいおい、そこは弓の勇者も苦悩の表情を浮かべるシーンだろうが。


 俺は震える足を踏みしめて、スカートの裾を少し持ち上げると慎重に足を踏み出した。

 小学校の学芸会だって、背景役だったから舞台に立った事なんてなかったのに。

 ええーい、もうなるようにしかならない!!


 ユーリの隣まで進み出て、胸の前で両手を組む。

 舞台の近くにいた人たちがハッと息を飲む音が聞こえた。

 主役の女の子が違う事に気づいたのだろう。ザワザワと囁きが広場に広がっていく。


 俺は彼らをゆっくりと見回しながら、一世一代の微笑みを顔に浮かべた。

 イメージするのは母様の屈託のない笑顔。


「私が歌を歌いましょう」


 広場がシンと静まって。

 楽団が伴奏を始める。

 そして、少女は高らかに舞台袖から声を張り上げた。さすが今年の歌姫に選ばれるだけある。素晴らしい歌声だ。


 俺もフレーズは知っているのでそれらしく口パクしながら歌う振りをする。

 懐かしいな。母様がたまに口ずさんでいたっけ。そうか。母様も歌姫に選ばれた事があったのか。

 悔しかったろうな。三日三晩続く祭りで、たった一度しか歌えなかったなんて。


 やがて歌も終わって、俺は観衆に向かってゆっくりとお辞儀をした。

 あ、しまった。これ、男のお辞儀の仕方だ。女性はスカートを持ち上げて片膝を折るんだった。


 とは言え、観客は大喝采。拍手と歓声がステージ上に降り注ぐ。

 舞台袖に引っ込むタイミングが掴めず、俺とユーリは人々に手を振り続けた。


 その時、俺は見つけてしまったのだ。

 広場の奥、観客たちの後ろの方にぽわぽわの黄色い髪を有する太っちょの少年と、彼を取り囲む一団を。


 マルとアレクはこっちを指差して腹を抱えて大笑いしているし、ジョエルとモリスはどう反応していいのか分からない様子で青白い顔をして立っていた。

 三人がそこにいるなら、俺は自分の順位がビリっけつだって、すぐに分かったね。



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