表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/53

2月11日(火) 12:16









慌ただしく電車を降りたホームに、人の流れが出来る。階段を上らないと改札もないし、乗り換えも出来ないみたいだ。

降りた電車は発車のベルを響かせたあと、ホームから滑るように走り出して行ってしまった。そして、次にやって来る電車を案内するアナウンスが流れる。

鼻にかかったおじさんの声が聴こえてきたと思ったら、ふいに手が引っ張られた。

「こら、ぼーっとすんなって」

そう言った彼は、人の波に乗って階段を上り始める。

もちろん私はなるべく人にぶつからないように体を小さくして、小野寺くんの背中を追いかけた。……といっても、どさくさに紛れて手は繋がれてるから、はぐれようもないんだけど。




乗り換えるために降り立ったホームは、閑散としていた。

ついさっきの、この駅に到着した時のホームは短い間隔で電車が入っては出て行って、それなりに混み合っていたけど……。

視界が急にのどかな雰囲気に包まれて、私は辺りを見回した。今のところ、私達以外に電車を待っている人はいないみたいだ。

電光掲示板に浮かぶ数字を確認した小野寺くんが、小さく息をつく。次の電車まで、このまま少し待つみたいだ。

……それにしても。

変な夢の気味悪さから抜けだしたものの、今度は勢いで繋がれたままになってる手が落ち着かなくて。握り返すのもなんだか違う気がする。でもだからって、振りほどくのも良い気分はしないし……。

悶々と考えながら繋がれた手を見つめていたら、ふいに息を漏らす気配がして、私は顔を上げた。

「あ、ゴメン」

そう言って歪な笑みを口の端にのせた小野寺くんが、そっと手を離す。

ごめん、って……それはそれで、なんか寂しい。でも疑似だから、そう思っちゃう私の方が間違ってるんだろうな。

「あ、ううん」

首を振った私は空いてしまった手で、くるくるの髪のひと房に触れる。整えるフリでもしてないと、これはこれで落ち着かなくて。

きっと変なカオになってる自覚があるから、私は自分の爪先の少し先を見つめる。なんだろう、すごく気まずい。

すると、小野寺くんが抑えた声で言った。

「さっきの続き、なんだけど……」

「うん」

きっと乗って来た電車を降りる間際に言いかけたことだと、すぐに分かった私は頷く。

遠くで、階段を下りてくる人の気配がした。

「雷が落ちた日……倒れた田部さんの近くに、猫がいたんだ。

 暗くてハッキリ見えたわけじゃないけど、白とか、灰色だったと思う」


私はあの日のことを思い出していた。

たしかに、灰色の仔猫が木の下で雨宿りしてて。いつもと違う雰囲気が気味悪くて速足で歩いてた私は、その仔が見えてほっとして……。そして、私が差し出した手に仔猫が鼻先を寄せたんだ。

……覚えてるのは、そのあたりまでだけど……。


「仔猫はふらふらしてるし、田部さんも全然動かないし。

 ヤバいと思って駆け寄って……そしたら、仔猫が俺に気がついて。

 目が合ったと思ったら、あいつ、田部さんの中に飛び込んだんだ」

「飛び込んだ?」

表現に引っかかりを感じて、私は思わず顔を上げる。

すると小野寺くんが、首を捻った私を見て頷いた。

「おかしいよな? 俺だって信じられなかったよ。

 でも、見たんだ。この目で」

日陰になってるホームは、少し寒い。だけど私は、吹きさらして冷えた手を擦り合わせることも忘れて、小野寺くんの顔を見つめた。

彼の真剣な目が、私に“信じて”って訴えてる。

強い眼差しの彼は、黙って頷いた私を見て口を開いた。

「――――そのネコミミ、たしか灰色だよな。

 俺が見た仔猫も、そんな色だった」

硬い声で、少し早口になって。小野寺くんは黒縁メガネを指先で直す。

「それにさっき田部さんが言ってた、夢に出てきた子どもの髪の色も」

ネコミミが何かを主張するみたいに、ぴるる、と震える。

その動きを感じたのと、いろいろが繋がった感覚に、私は声を漏らした。

「あ……」

「夢の中で泣いてた子どもは、あの仔猫なのかもな」

言われて腑に落ちる。

会話の隙間に、電車がホームに入る予告アナウンスが流れてきた。気づかなかったけど、少し離れた所で電車を待つ人が増えてきてる。

私は頷いて、小野寺くんに囁いた。

「じゃあ、母猫を探してるんだよね……」

「だろうな」

その声は、まだ硬いままだ。少しの間視線を彷徨わせて何かを考える素振りをした彼は、溜息混じりに口を開いた。

「……なんか、子ども相手に可哀相な気がしてきた」

「え?」

聞き返した私に、彼の呆れ顔が返ってくる。

「ええ?」

なんでそんなカオするの、という意味を込めてもう1回聞き返したら、今度は小野寺くんの頬が引き攣った。

あれ、なんか怒ってますか。もしかして“子どもを気にかける小野寺くん、ちょっと意外”とか思っちゃったのバレて……。

「あのなぁ……田部綾乃」

黒縁メガネをかけたやんちゃ男子が、思いっきり私を睨む。風が吹いて、体感温度が一気に下がる。せめて黒髪だったら、まだ勝ち目があるような気もするのに。

ひゅおぉ……という風の音が聴こえてきそうな雰囲気に、私は思わず後ずさった。

小野寺くんが、追いかけるように一歩前に出る。

「俺ら、お祓いしに神社に行くんだぞ」

彼の歩幅は広い。たった一歩なのに、それだけで距離が詰められてしまう。

ぐいっ、とアップになったその顔から目を逸らして、私はかくかく頷いた。

「わ、分かってま」

「うそつけー」

必死の“怒らないでアピール”は、無情なひと言で呆気なく蹴散らされる。せめて最後まで言わせてくれたっていいじゃないか。ノート書いてあげたのに。差し入れにシュークリームまでつけたのに。

いろんな記憶を引っ張り出して、心の中で小野寺くんを詰る。

すると彼は、そんな私に人差し指を突き付けた。

「田部綾乃……お前、」

語気を強めた小野寺くんの指先がじわじわと、私のおでこに。

「昨日の俺の話ちゃんと聞いてなかったな」


……言えない。

昨日はドキドキしてあんまり話聞いてませんでした、なんて。

絶対、絶対言えるわけない……!


「おらっ」

ぴし、と痛みが走る。でこぴんされた。

その痛みと胸の中にある主張で顔をしかめた私を見て、小野寺くんが何か言いたそうに唇をひくつかせる。

ま、また怒られるんですね。

そう思って咄嗟に目をぎゅっと瞑った刹那、ホームに電車到着のアナウンスが流れた。

「――――んだよ、4両編成じゃんか」

小野寺くんが低い声で呟いたのが聴こえて、私はぱちっと目を開ける。ホームに滑り込んできた電車が、ずいぶん離れた場所に止まろうとしてるのが見えた。

……だから他の電車待ちの人達が遠かったのか……。

「あー……」

やっちゃった感を漂わせた小野寺くんを見て、ひらめいた。怒られる前に電車に乗れば、逃げ切れるかも。

そう思った瞬間に、体が勝手に動く。


「行こっ、おのでらくん!」

ぱしっ、と掴んだ彼の手を勢いよく引いて、私は駆けだした。

こういうのは勢いだ。タイミングだ。なんていうか、雰囲気だ。

「は?!」

電車のドアが開いて、乗っていた人達が降りてくるのが見える。それを待つ人達がドアの両側に寄って、ちょっと前のめりに車内を覗き込んでて。

動揺を含んだ声が聴こえて内心ガッツポーズをした私は、ちらりと小野寺くんを振り返って口を開いた。

「はーやーくっ!」

たたらを踏んだ彼は、引っ張るには重たいけど。

私が乗りこむ人の群れを見たのと同時に、乗車を急かすベルの音が鳴り響く。すると、小野寺くんの足も速くなった。舌打ちは、この際聞かなかったことにしておこう。





飛び乗った刹那、ぷしゅー、と気の抜ける音と一緒にドアが閉まる。

「ふぅ……」

肩で息をついた私の横で、小野寺くんがぼそっと呟いた。

なんか、ぷるぷるしてるけど……。


「……こいつ、人の気も知らないで……!」


ぎゃあ! まだ怒ってた!








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ