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幕間 再誕

 カツン――


 カツン――


 何者かが階段を降っている。


 その者の片手に持つ松明だけが、頼りなく行く先を照らしている。しかし、そんな松明の光さえもすぐに闇に吸い込まれ、静寂の住人にされてしまうのだ。


 地下深くだというのに湿気はなく、むしろひどく乾燥していた。


 喉を襲う針を飲んだかのような不快感が、目や鼻の奥にまで侵食してきている。


 エオステラの頭領、ペディアは持ち込んだ革袋から水を一口飲んで不快感を誤魔化した。


 長く永く、地の底にまで続いているかのような階段は、唐突に終わりを告げた。



 ――扉だ。


 重い重い、閉ざされた鉄の扉。

 簡単には開かれないようにしているのだろうか。外からはもちろん、内からも。

 幾重もの錠前がぶら下がり、魔術的な結界さえ施されている。


 粘膜を突き刺す不快感は最高潮。


 しかしペディアは表情ひとつ変えることなく、扉に手を翳した。



 ――パキンッ



 ただそれだけで、扉を閉ざすあらゆる障害が取り除かれた。


 鉄の扉がラッパのような音をたてて開かれる。


 ペディアの目的はひとつ。


 この先に封印されている――


 ――『魔人』である。





 扉を開けた途端、今まであった異様な乾燥が掻き消えた。


 扉の向こうには、小さな石室と大柄な男の体があった。


『なんだぁ、お客さんかぁ?』


 その男は、気だるげにペディアの脳内へ直接話しかけてきた。


 男の体はまるでミイラのように乾燥しきっており、到底生きているようには見えなかった。

 しかし黒く陰る眼窩の奥には、意思と悪意の光が確かに灯っていた。


 天井を仰ぐように反り返った男の胸を、煌めく鉾が貫通している。鉾は床に突き刺さっており、まるで男をここに縫い止めているかのようであった。



 これが、『魔人』である。


「わたくしは暁の星(エオステラ)という組織を統括しているペディアと申します。聖女ラズリーに対抗するべく、貴方の力が必要なのです」


『そうかぁ、あのクソアマまだ生きているのかぁ。ケヒッ……俺の力が欲しいとは欲張りだ』


 アルスを失った後にエオステラは――サンムルスに自らを売り込んだ。

 アルスやボルガのような神の不完全受肉体――


 これを意図的にかつ簡易的に再現させる技術を、神の力を人間が支配し扱える力を、サンムルスに売り込んだのだ。


 これによりサンムルスは人造魔人の量産化が可能となった。半年もすれば実用化され、魔人の軍隊が大陸中を恐怖のどん底に陥れただろう。


 しかし、だ。


 エオステラの真意はサンムルスという後ろ楯を得ることではない。


 その目的は、『本物の魔人』と接触する事であった――


『ラズリーは強かったろう? なんせこの俺様をこんな姿にしやがった女だからなぁ』


 そう語る魔人の声は、どこか楽しそうであった。


『俺様にラズリーを倒して欲しいんだろう? ならこの封印を何とかしてくれねぇとな。一つでも壊してくれりゃ、後は内側から破れる。封印を破壊する策はあるんだろ?

 後はお前らにお望みの〝力〟を見せてやるよ』


「……」


『あぁ、300年前のようにまたラズリーと殺し合える……! あの日俺様はラズリーと殺し合うために産まれてきたんだと悟ったんだ!! さぁ、早く封印から解き放ってくれよ! サンムルスのゴミムシどもに肉をつつかれるつまんねー日々はもううんざりなんだよ!!!』


「貴方はひとつ勘違いしている」


『……あ?』


 ペディアはポケットに手を入れ、ごそごそと何かを取り出した。


 それは、ひび割れた小さな手鏡――


「用があるのは、貴方の『力』のみ。貴方そのものは必要ない」


『何を意味わかんねぇ事言ってんだ? ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと封印を解けよゴミカスが!! お前らみてぇな弱者(カス)どもは俺様の役に立つために生きてんだからよぉ!!』


 ペディアは真顔のまま、ひび割れた手鏡を魔人の顔の前へ翳した。


 鏡にひび割れた魔人の顔が映り込む――



『おい! 何をして――むぐぉ!? な、んだ……?』


 魔人の口に、手鏡が滑り込むように入っていった。

 生命活動が完全に止まっている魔人が物を嚥下する事は不可能。手鏡が自ら、魔人の体内に入り込んだのだ。


「これでよいのでしょうか?」


 ペディアは虚空に問いかける。


『てめぇ、俺様に何をしやがった!?』


 魔人の干からびていた腹が、水風船の如く膨れ上がってゆく。


 それはまるで――


 そう、妊婦のように。


 そして膨れ上がる腹は、ある一点に到達し……弾けた。風船のように。


『な、んだよ、なんなんだよぉ……?!』


 爆ぜた魔人の腹の中から、何かが這い出してくる。

 魔人よりも、ペディアよりも小さな何かが、血と瘴気にまみれ四つん這いで外へ出てくる。




「おぎゃあ」




 〝それ〟は、産声をあげた。


 1000年以上待ち続けた、歓喜の産声を。


 魔人の腹より現れた赤子は、自らを産み落とした魔人へと首を向けた。


『や、やめろ……なんなんだよ、なんなんだコイツはよぉ!? 俺様に何をしやがったんだ!!?』


「言ったでしょう? 貴方の力が欲しいと」


 赤子は魔人の眼を見つめると、にこっと笑った。


「ま、ま、ちょ、だい」


 魔人の体が崩れ、赤黒い塵のようなものになってゆく。

 塵は赤子の体に吸い込まれるようにまとわりついていく。



『力が吸われ……やめろ、消えたくな――』


 そう言い終わる前に魔人は完全に崩れ去り、塵は赤子の体を繭のように包み込む。


 『魔人』と呼ばれ、嘗て大陸を滅亡の危機に陥れ恐れられま怪物の顛末は、ずいぶんとあっけないものであった。


 それからやがて、赤黒い繭が割れると……中から再び一糸纏わぬ〝それ〟は這い出てきた。


 先ほどまでの赤子の姿……ではない。


「ハッピーバースデー」


 ペディアはぱちぱちと拍手を〝それ〟に送る。


「……」


 魔人の肚より産まれ落ち少女の姿をした〝それ〟は、俯き栗色(・・)の前髪の間からペディアを睨んだ。


「……わたしに何をしてほしいの?」


「――〝聖女〟になっていただきたいのですよ。我々の」


「聖女?」


 〝それ〟は驚いたように眼を見開いて顔を上げた。


 露になったその顔は、まるで――





 




ラスボス候補の登場です。


この作品を面白い、推したいと思っていただけたら星評価や感想などよろしくお願いいたします。励みになります。

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