第54話 魔人vsヴェルディ
シリスの街というのは、平和ボケした馬鹿どもの集まりだ。
だから俺のようなヤツを街に招き入れても誰も気づいていない。
数時間前、老師の指揮する魔物の大軍に紛れて俺はシリスの街へと侵入した。
シリスの兵どもと同じ服装をしていたら、びっくりするくらい簡単に紛れ込めてしまった。
……まぁ、馬鹿だが兵の戦闘力は本物だった。特記戦力が五体に雑兵すらも怪物じみた怪力を持っているのだ。
真正面からやり合えばさすがの我がサンムルス帝国といえど無傷では済むまい。
だから老師は、策を練った。
まず大量の魔物どもをぶつけ、シリス兵たちを疲弊させる。
本来なら数日かけるべき行程だが、どうやら1日で済ませなければならない理由があるらしい。
そういう訳で、断続的にウン十万の魔物どもを湯水のごとくシリスの街へ放った。
その結果は全て退けられてしまうというものだった。だがこれはまだ作戦の第一段階。
次は『魔人』を召喚し、シリスの街を襲わせる。
俺は魔人とやらについて詳しくは知らないが、ありゃあ特記戦力の中でも上澄みだろう。
何やら魔人と渡り合っている魔獣がいるが、ここまでは想定内だ。
俺はシリス兵の服装へ着替え、兵士を装う。
……来た、老師の操る最強の魔物――飛竜だ。
飛竜はシリスの街へ無数の火の玉を落とし、街を火の海に変えていった。
連中どもがパニックに陥っている中、俺の任務はようやく始まった。
ベープ、とかいうあの男がこの街の領主だ。
たしか子爵だったか。
無防備なことに、護衛の兵士まで住民を救いに出払っちまった。
混乱に乗じてやるつもりだったが、まさか自分から孤立無援になってくれるとは。
俺は足早にベープの背後に回り込み、そして暗器の短刀をその頸動脈めがけて振るった。
平和ボケした馬鹿どもめ。戦争とは腕力が全てではないのだ。いかに兵が強くとも、謀略に負ける時は負けるのだ。
迫る刃に未だに気づいていないベープに、俺は任務の完了を確信していた――
が。
パキィンッッ――!!
……は?
折れた。
刃が?
え、確かに首を捉えたはず。
刃が当たった感触も確かにあったのに……いやでもあの感触は……岩か?
え、は? なんでこいつ無傷なんだ?
「暗殺者か……」
「くっ……!」
化物か……!?
こうなれば逃げ――ほげぶばらっ!!?
突然、後頭部に強い衝撃が走り、そして俺の意識は闇に刈り取られた。
――――
あっ、暗殺っ……!?
恐ろしいっ……この私を!?
外は魔人、街の上空には飛竜というこの状況で、まさか護衛の兵を放した途端に……。
首になにか冷たいものが当たったと思って振り向いたら、うちの兵の服を着た怪しい男が剣を片手に立っていた。
鉄ごときが生身に敵う訳がないのは皆も承知だとは思うが、これが魔法や魔鋼だったならば私は死んでいた可能性もあった。あぁ恐ろしい……。
暗殺者は私と目が合った途端に走って逃げようとしたので、後頭部を殴って失神させたはいいが……。
どうしようこれ……。とりあえず縛っておきますか。
*
シリスの街、外部。
居住区を守る壁の外側にて、神獣と魔人の戦いは激化していた。
一撃で竜をも葬り去る神獣の牙や爪。
それらを躱し、魔人は神獣……ヴェルディの懐に潜り込む。
神獣のマズルに瘴気を込めた拳が炸裂する。
『……っ!!』
痛みと衝撃に一瞬だけ怯むも、神獣は即座に魔人へ噛みついた。
しかし紙一重で避けられる。
だが、今度は神獣の神聖魔法を込めた爪が魔人へ迫る。
――〝空間破砕〟
絶対切断が空間もろとも斬る奇蹟ならば、こちらは空間を〝砕く〟奇蹟だ。
空間を打ち砕く一撃が、魔人を掠める。
世界に亀裂が走り、蜘蛛の巣のようにひび割れる。
しかし砕け崩壊したのはごく一瞬。世界の修復作用により空間は即座に元に戻る。
直撃はしていないものの、朱き魔人の少女の肉体には軽くはないダメージが蓄積される。
『立ち、aがレ……そし、te立ち去、れ』
魔人は飛び上がり、空へ向けて瘴気の込めた魔法を発動する。
紅い弓の形をしたそれは、天高く矢を穿つ。
そして時間差で、無数の瘴気の矢が雨のように降り注ぐ。
『街が……!』
魔法を受けつつも街を心配して振り向く神獣。しかし街は、豊穣神ミイヴルスの力により結界で守られている。神力や魔法の効力を弱める結界だ。矢は街へ届く前に空中で霧散している。
また、先程に襲撃してきていた飛竜たちは仕留められたようだ。
神獣は魔人へ向き直り、攻撃を再開する。
瘴気の矢の雨は神獣の〝クズリの毛皮〟を貫くほどの力はない。
街ごと巻き込むつもりで発動したそれは不発で終わった。
だが魔人はすぐに別の魔法を展開する。
逃げながら神獣へ向けて、何度も魔弾を放つ。1発1発が貫通力に絞っているとはいえ、街を消し飛ばせるほどのエネルギーを秘めている。
しかしそれでも神獣の毛皮は硬く、ダメージはあるが致命傷には程遠い。
そして、神獣は魔人へと追い付く。
『がああぁぁぁっ!!!!』
神獣は思い切り前足を振り上げ、渾身の力を込め――
――その隙を、魔人は狙っていた。
魔人は踵を反すように反転し、再び神獣の懐に潜り込む――
そして至近距離から、神獣の急所を狙い澄ます。
刹那、紅い閃光が夜空を引き裂いた。
僅かに遅れて、世界を破壊するかのような爆音が轟く。
朱き爆炎が、禍々しき太陽のように辺りを照らす。
『ぐううぅぅ……!』
瘴気の煙の中から、幾らか毛並みの焼け焦げた神獣が脱する。
ダメージはあった。今までで一番大きなダメージだ。
しかし、それでもヴェルディの命にはまだ届かない。
『返せ……お姉ちゃんを!!!!』
神獣は、ヴェルディは、懐に潜り込んだ魔人を両手でついに捕まえた。
そして、その牙で屠らんと口を開く……が。
その時、ヴェルディは背後から悍ましい濃い瘴気の臭いを感じ取った。
一瞬、振り向くと……。
街の上空に、巨大な『穴』のようなものが口を開けた。
そこから、小さな種火のような火の玉がゆっくりと滴り落ちて行く。
小さな、種火か残火かのような――あるいは不吉な星のごときそれは、尋常ではないほどの魔力と神力を圧縮した塊であった。
――魔人は、ヴェルディに感付かれぬようこの『凶星』を呼び寄せたのだ。
もし、あれが街へ落ちた場合――街どころか、この地域一帯は灰燼に帰し100年は人の住めない地になるであろう。
破壊力は〝ナラシンハ〟の一撃にも匹敵する。
今すぐにでも、『凶星』を止めねばならない。
(なんとかしなきゃ……)
――もし街に何かあったらお願いね
ラズリーの言葉が脳裏に浮かぶ。
ヴェルディは逡巡する。
……魔人を屠っていては間に合わない。
やむを得ず、ヴェルディは魔人を捨てるように地面へ叩きつけ、そして全速力で『凶星』へ向かう。
そしてヴェルディは、街を庇うように凶星の真下へ潜り込んだ。
それから数秒後。
『凶星』と『神獣』は、忽然と姿を消してしまったのであった。
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