第48話『魔人』
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広大な草原の中央で私は『それ』と睨み合っていた。
「ギギギギギッッ!!」
『それ』は巨大な獅子のような姿をしていた。だが獅子とは異なり、頭部は人間か猿のように平べったく表情があった。蠍の尾を持ち、全身は鎧のような燻銀の甲殻で包まれている。
魔獣形態のヴェルディちゃんの背に跨がり敵を牽制しつつ、私は背後で呻いているシリス兵たちへ回復魔法をかける。
「誤算だったわね……。まさか特記戦力並みの魔物がいるなんて……」
『お姉ちゃん、あいつやっつけてもいい?』
「いいよヴェルディちゃん。やっちゃって」
私がOKを出すのと同時に、ヴェルディちゃんは目の前の怪物へと飛びかかり――
*
「これが魔鉄鉱」
「ほぉ?」
ベープさんと机を挟んで向かい合う私は、戦利品をゴトっと机に置いた。
「これが魔鋼石」
「ふむ?」
「こっちがアダマンタイトで」
「???」
「そしてこれがオリハルコン鉱石」
「全部同じではないですか?」
「全然違いますよー!! よく見てくださいな。魔鉄鉱は鉄成分が多いので酸化して赤みを帯びていて、魔鋼石は魔力の純度が高いから酸化が少ない。アダマンタイトとオリハルコンとの違いは……」
迷宮突入から3日後――
私たちは迷宮を3層まで攻略した。
一層でヴェルディちゃんが突撃していったゴブリンの住処には大量の宝箱と次のフロアへ繋がる階段があった。
2層目は大きな遺跡の中のようだった。
迷宮っぽく入り組んだ迷路や無数のゴーレムどもに惑わされつつも、最奥のフロアボス・アダマンタイト製のゴーレムを拘束してみんなで叩き壊した。
アダマンタイトという貴重な金属でできていたので、スクラップと化した後はきっちり回収させてもらった。
そして3層目は広大な草原だったね。馬型の魔物が駆け回っていて、フロアボスは大きな鎧を纏った獅子。
こいつはどうやら『アーマード・マンティコア』というらしい(アルコア様談)。
常に肉体が闘争を求めているらしく、私たちを視認するや否や襲いかかってきた。
その強さはまさかの特記戦力相当。
シリス兵さんたちも頑張ったけれど、さすがに厳しく壊滅させられたのでヴェルディちゃんを解き放って遊んでもらった。
あ、壊滅って言っても死者は出てないからね。そこはきっちり回復させてもらったよ。
さて……
肝心の報酬は、先の鉱物資源の他にマンティコアの肉体を始めとする魔物素材に、2層以降で入手した魔法剣51本といくつかのアーティファクト。
素材は貴重で加工すれば強力な武器や防具はもちろん街の生活水準向上に有用なアイテムにもなる。が、現状では加工できる職人さんがいないので倉庫で保管だ。
そして最後の報酬(?)はマンティコアが落とした謎の石板だ。
これはなぜか私とヴェルディちゃん以外の人が触ろうとするとすり抜けてしまう。
アルコア様いわく『それを持ったままダンジョンの奥へ行くといいことあるわよ☆』だそうだ。
よくわかんないけど、次ダンジョン潜るときは持っていこう。
閑話休題。
ダンジョンの難易度は思ったより高かったね。1層や2層は大したことないけど、3層ともなればまさかの特記戦力がボスだった。
準特記戦力相当のシリス兵の訓練に使うなら3層までが現時点では限界かな。
私やヴェルディちゃんならもっと先にも進めるし、時々潜るとしよう。
さて、ダンジョンでシリス兵さんたちを更に鍛えてる理由はやはりサンムルスの脅威がまだあるからだ。
「特記戦力を得た今でもままなりませんか……」
「そうだね。戦闘経験が違いすぎるもんね」
サンムルスの戦力は知る限りでは五十万、恐らくは百万近くはいる可能性が高い。
が、有象無象が馬鹿正直に百万攻めて来ても返り討ちにできる自信はある。
しかしだ、実はサンムルスもまた特記戦力を保有している。又聞きの間接的な情報ではあるが、数は3体。
『必ずやサンムルスの特記戦力がこの地を焦土と化すだろう!!! 貴様らはサンムルスを怒らせたのだ!!!』
……と、捕虜になった師団長は保有する特記戦力について豪語していた。
恐らく特記戦力としては中くらい。
単純に換算できる訳ではないけれど、兵士10万人ぶんくらいの戦力なんじゃないかと思う。
対するこちらの特記戦力こと五人の精霊契約者たちは、それぞれ1万~3万人ぶんくらい。
しかも戦闘経験はまだ浅い。ともすれば、もしも相手に来られるとちょっとまずいかもしれないね。
恐らく向こうは戦略を練ってくるだろうし、前回のようにはいかない。
精霊契約者たち総出なら辛勝に持っていけるかもだけど、街への被害はそれなりになりそうだ。
「ではどういたしましょうか?」
「向こうが特記戦力持ち出してきてたら私が相手するよ」
自分で言うのもなんだけど、私は神聖魔法抜きでも30万くらいの戦力はあると思うんだ。
「問題は『魔人』を出して来られたらおしまい、ということだね」
「魔人……とは?」
ベープさんはそう聞きながらマグカップのコーヒーにぼちゃぼちゃ角砂糖を投入する。
「神に近い存在。多分ミルスさんより強いんじゃないかな」
「かっ、神……!?」
私の返答に砂糖を投入する手が止まった。
――『魔人』はかつて、意思なき土地神とも呼べる『地脈』を飲み込み神に近い存在となった男だ。
今から300年前……神聖魔法込みの私と互角以上にやり合った化け物。
保有エネルギー量ではミルスさん……ミイヴルスには及ばずとも、戦闘能力では上の可能性もある。
魔人は人の身でありながら下位の神霊クラスの力を持つ化け物なのだ。
戦力換算で100万人は下らないだろう。
ナラシンハやアルスのような不完全とはいえ受肉した『本物の神』を除けば、私の人生においてあれほど強い敵を他に知らない。
あれはアルコア様を呼び出そうかと思うほどの相手だったよ。
「も、もしその『魔人』とやらが攻めてきたらどうなるのですか?」
「その時は私が迎撃するけれど、戦闘の余波だけで街が壊滅する恐れがある。守りきれる自信がない」
「な、なんと……」
トレーニング開始前の頃のようにベープさんの顔色が悪くなってきたけれど、さすがに心配するようなことにはならないと思う。
「大丈夫、『魔人』の封印はそう簡単には解かれないし、そもそもサンムルスに制御できるものじゃないから」
まあ封印が解けたらどっちにしろ私を殺しに真っ直ぐここへ飛んでくるだろうけどね――という言葉はあえて飲み込んだ。
*
「アルス亡き今、我々には聖女に対抗できる力がない」
暁の星の纏め役ことペディアは、円卓を囲む仲間たちに向けそう呟いた。
「忌々しいが……今の私の力ではあの邪悪な魔獣にすら敵わない。正義を遂行するには大きな力が必要だ」
「アテはあるのか?」
「もちろん。……サンムルスの『魔人』を聞いたことはありますか?」
「魔人? なんだそれは?」
「300年前……アルコアの力を振るう聖女ラズリーと互角に渡り合った怪物です。現在はサンムルスの地下に封印されているそうですよ?」
「なるほど、そいつの封印を解いて仲間に取り込むという訳だな?」
「概ねその通りでございます」
ペディアはにっこりと胡散臭く笑った。
エオステラは今日も密やかに暗躍する。
神のために、正義を証明するために、善き世界を作るために。
神に仇なす邪魔者を排除せんと、禁忌に手を染めようとしていた。
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