第42話 シリスの悲劇 上
特記戦力で間違いないです
サンムルスの軍はどうやら夜の闇に隠れて奇襲をかけようとしたみたいだね。
四万人もの兵に奇襲されたら、シリスみたいな小さな街はあっという間に占領されてしまうだろう。
ただね、彼らは思い違いをしている。
私は帝都をすっぽり覆うほどの大結界を三百年維持してきた聖女だ。
彼らは気づいていないけど、私が張った結界は土壁よりもさらに広範囲を覆っており、その内で起こったことは全て手に取るようにわかる。
街へと向かってきている時点でこっちは既に準備は整っているし、彼らが魔導砲を10つほど所持していることも、飛竜のような飛行戦力を連れてきていないことも筒抜けなのだ。
魔導砲は直撃すれば並みの兵(シリス基準)ならば大怪我を、あるいは下手をすれば死んでしまう可能性もある。
なので魔導砲の攻撃だけは必ず回避するように口酸っぱく言ってある
ま、即死さえしなければ治してあげられるけどね。
*
「何だ……何なのだあの怪物どもは!? 農民に毛が生えた程度の兵ではなかったのか!?」
サンムルス兵四万を纏めるコード師団長は、震える手で自慢の顎髭を撫でようとして、うっかり数本引き抜いてしまった。
目の前で繰り広げられる惨劇から目を背けようにも、彼の四万の兵を預かる立場がそれを許さない。
敵はたったの400人。にも関わらず、こちらの四万人の兵がなすすべなく殺されて行く。
ある兵は頭を蹴りで粉砕され、ある兵は数人まとめて吹っ飛ばされ……。
シリスの兵の全てが人外じみた戦闘能力を有しているという事実が、そこにはあった。
「ありえん……しかし……」
「コード師団長! 指示を!! このままでは――」
「ええい、分かっておる! 『魔導砲用意!! そして命と引き換えにしてでもシリスの化物の足止めをせよ!!!』」
コードの扱う魔法は、味方全体へ余すことなく指示を送り届け、その指揮に従う味方の能力を向上させる――というものである。
つまりはこの四万人の兵全員の能力が底上げされているのだ。
……にも関わらず、シリスの兵一人に対して千人がかりでも倒せない。魔銃や魔術師による魔法攻撃もその肉体には通じず、同様に軛殺されてしまう。
間違いなく、一人一人が準特記戦力以上。
このまま真正面からやりあえば、全滅は免れない。
コードは、魔導砲に賭けた。前哨基地に襲撃してきた兵は魔導砲で仕留められたという。さすがの怪物も、サンムルスの最新鋭の魔導砲の直撃には耐えられないのかもしれない。
「うおおおお!!!!」
「死ね化物めがあああ!!!」
あちこちでサンムルスの兵たちがシリスの兵を後ろから羽交い締めにするなどして動きを止めようとする。しかしすぐに振り落とされるなどしてうまくはいかないが……少しではあるが、動きを邪魔することには成功している。
そして――
「撃てぇ!!!」
砲身から、結晶化した魔力が砲弾として放たれる。
当たれば一撃必殺。連発はできないが、ある程度シリスの兵が纏まっているところへ向けて撃った。
放たれた砲弾は、何にも邪魔されることなく着弾・炸裂した。
「く、くくく、サンムルスはやはり最強なのだ!!」
巻き込めたのは十数人ほど。それでも、400人中の20人弱も倒せたとあればそれなりの損害である。
だが――
土煙が晴れる。するとそこにあったのはシリスの兵の死体ではなく、大きな透明な楕円形の物体であった。
撃った砲弾は、どうやらすべてその楕円の中に収まっている。
その楕円の後ろに、包帯を巻いた右手を翳す誰かが立っていた。
「やれやれだぜ……下がってな、あとはこの僕に任せたまえ」
「カトラくん……! すまない、煩わせてしまったね」
カトラ……と、シリスの兵が呼ぶ蒼髪の少年。
彼こそは、シリスの最強戦力の一角――上位精霊契約者である。
包帯を巻いた右手で左目を抑え、カトラは謎のポーズを決めながら左手でサンムルス兵たちを指差した。
「刮目せよ、この鮮血の神の封印されし右腕の力を!!」
余談だが……彼は重度の中二病である。
そして精霊と契約した当初は例に漏れず調子に乗ってラズリーに喧嘩をふっかけ、そして血反吐を吐くほど殴られたという過去がある。
だがその実力は本物。
「滲み染み渡り、その血肉を捧げたまえ!『サテライト・ウォーター』っっっ!!」
周囲に無数の小さな水の玉が浮かんだ。
兵たちはそれらを意にも介さない。だが、水の玉は彼らを一人たりとも逃がしはしない。
キュンッ――
そんな音が聞こえた瞬間、兵たちがばたりと倒れた。
「な、何が起こった……?!」
コードは隣で倒れた部下の額に小さな穴が開いていることに気づいた。そこから温かな脳漿が染み出し、コードの肩を濡らした。
――無数の水の玉は、超高圧の水の刃で自動で敵を迎撃する。
つまりは敵に反応して水のビームを放つ、という技だ。
――カトラの契約した上位精霊。それは水である。
カトラは水を産み出したり意のままに操る事ができるのである。そしてそれは、生物の体内にある水分も例外ではない。
「逃がさぬよ」
ぐっ、とカトラが右手を握る。
と同時に――周囲のサンムルス兵の体が破裂した。
ばちゅんっ
あちこちで血と臓物が撒き散らされ、戦場に混乱が広がってゆく。
「た、待避っ!!! 待避せよー!!!」
コードは、生き延びた兵を呼び寄せ走った。
彼らはコードを守る肉の壁。後ろから水のビームが飛んできては何人かが欠けてゆく。
だがカトラにコードを深追いするつもりはないらしく、やがて水の追撃は収まった。
「ハァッ、ハァッ……。な、なんなのだシリスという街は!? 何故特記戦力まで存在するのだ!?」
特記戦力――それは単体で万の軍勢と同等以上の戦闘能力を有する、規格外の存在。
コードはカトラが特記戦力に相当すると確信していた。
ただの兵が、準特記戦力。それだけでも異常なのに、特記戦力まで潜んでいた。
辺境の街だと侮っていた。しかしそこは、魔境であったのだ。
「撤退だ、撤退っ! 真正面から勝てる相手ではない!!!」
コードは部下を連れて更に走る。
目指すは最初に入ってきた、土壁の途切れている箇所。
他の生き残っている数万の兵たちを囮にして、コードは自分だけ助かる道を選ぼうとしていた。
だが、そうは問屋が卸さない。
突如として、大地が激しく揺れだした。
「な、なんだあれは!?」
地震――ではない。大地がせり上がり、巨大な壁と壁の間に新たな壁が出現する。
コードの目の前で、唯一の逃げ道がほんの10秒ほどで塞がれてしまったのであった。
その壁の上に、何者かが腰かけている。
恐らくはあれが壁を作り出した張本人――
「あぁ、お腹空いたナァ……」
黄色っぽい髪の少年は、くあぁとあくびをしながら戦場を見下ろしていた。
防壁を作り出した大地の上位精霊契約者、ホグジだ。
そして彼もまた、特記戦力相当である。
――この戦場に参戦している上位精霊契約者は、4人。その内一人だけでも、この四万の軍勢を滅ぼす事ができる。
「こんな、こんな事があっていいはずが……」
――『我らは貴殿たちを一人残らず殲滅する』
コードの脳内に、三日前の会話が甦る。
強がりだと、挑発だと思っていた。
否。
あれはただの実現可能な宣言であった。
「おのれ、おのれおのれおのれっ!!!!」
コードは、己の運命を呪った。
……しかし後にシリスの悲劇と語られる戦争は、まだ始まったばかりである。
がんばえー! さんむるすー!! まけゆなさんむるすー!!!
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