第38話 サンムルスの宣戦布告
筋トレから始まった、シリスの街の軍事力強化計画開始から間もなく1ヶ月。
そろそろヤツらが来そうなんだよね。
そう、サンムルス軍。
旧帝国内でも目の上のたんこぶだった一大勢力だ。かつて帝国と戦争していた頃よりも弱体化しているとはいえ、兵力は50万は下らない。
「――と、いう訳で隣街のヘブルスへ100人ほど派兵しようかと思いまして」
隣街のヘブルスとは互いに肉や魚や作物なんかを輸出し合う重要な交易相手だ。
そんな大事な相手もまた、以前のシリスの街と同様にショボい戦力しか持っていない。何人か魔術師もいると聞いたことあるけど、まあ誤差だよ誤差。
五十万の軍勢……さすがにそこまでは来ないにしても、数千とか万以上の兵力で攻められたらひとたまりもあるまい。
だから、ウチの街の兵を100人ほど貸し出そうというのである。
「100人で足りるかな?」
「杞憂です、何のためにこの一月みなさん頑張ってきたと思っているのですか?」
1ヶ月――彼らはめちゃくちゃ頑張った。
強くなるために、普通なら10年はかかるような修行を1ヶ月に圧縮して身に着けたのだ。
今の彼らなら、一人で千人を相手にしても勝てるかもしれない。
そんな戦力を100人、隣街へ派遣するのだ。過剰戦力と言っても過言ではない。
「ま、いいんじゃない? ただ……」
「ただ?」
「これ、あげるよ」
実はここへ来てから地味に気になっている事があるのだ。
帝国の貴族は、遠く離れた相手とも会話ができるアイテムを所持している。これにより旅先でも帝都の身内と話せたりとかしてたんだよね。
でも、ベープさんはそんなものを持っているそぶりはない。
伝令のために兵を隣街へ1日かけて送ったりと、かなーり手間をかけている。
……これから戦争が起こるかもしれないのなら、少しでも労力は減らしたほうがいい。
「テッテレテッテレ~! 魔導通信水晶~!!」
半透明な握りこぶしくらいの球体。
この水晶珠があれば、音声と水晶周囲の映像を離れた相手にリアルタイムで見せることができる。
それが、二つ。
「なっ、そんな高価なものいつの間に……!?」
「ふっふーん、この1ヶ月の間に作ってみたのさ。理論や術式は知ってたからね。素材もちょうど確保できたし」
素材はあれだ、ナラシンハとアルコア様の戦ったとこに生えた魔水晶だ。
あの場所は今後街にとって大切な資源採掘の場になるだろうね。
まあそんな訳で、高価な通信水晶は私なら案外簡単に作れてしまうのである。
「なるほど……。普段ならそんなものを受けとるなんて畏れ多いという所ですが、今はやむなしですね。ありがたく使わせていただきます」
――そうして翌日、隣街へと100人の兵が通信水晶を持って派兵されるのであった。
*
隣街へと100人の兵が派兵されてから2日後――
シリスの街に、招かれざる来客が現れた。
「我らはサンムルス解放軍! シリスの街を帝国の魔の手より解放すべく参った!!!」
街中に侵入してきたのは、50人ほどの騎馬兵。赤いチェーンメイルに身を包み、広場で声を高々に剣を掲げている。
市街地の門番が交代するために居なくなる僅かな間に押し入ったのだ。
「この街はおお、なんと哀れな事だろう! 民は餓えに喘ぎ、乾きに苦しみ、過剰な重税に押し潰されそうではないか!!! だが安心しろ、我々は貴様たちの味方だ!!!」
「!?」
突然の来訪者の支離滅裂な発言に、市民たちは動揺する。
市民たちは遠巻きにサンムルス解放軍の彼らを見ているが、近づこうとはしない。
しかし――
「我らが貴様たちを自由にしてくれようぞ! この街の悪徳領主の首を切り落としてくれる!!!」
そう叫んだサンムルス兵へと、群衆の中から男がナイフを握りしめ飛び出した。
「デルタノルド神聖帝国万歳っ!!!!!」
彼は明らかに外部の人間だった。誰もこの男を街で見たことがないのだから。
そんな男へとサンムルスの兵は、有無を言わさずその男に剣を振るった。
「キャアアアア!!!!」
「や、やりやがった?!!」
喧騒と混乱が広がってゆく。
――これが、彼らの狙い。
「この男はどうやら我々に危害を加えるつもりだったようだ! 見よ、この男が隠し持っていたナイフを!」
サンムルスの兵は、倒れた男の手からナイフを取り出し頭上に掲げた。
斬られたというのに男は血を流していない。
「これがこの街のやり口というのであるか! おぉ、なんと野蛮で恐ろしいのだろうか!!!」
――茶番劇
冷静な者が見れば、斬られた男もグルだと分かるだろう。
だがバレバレだろうとどうでもいい。彼らにとっては、『正当性』を主張できればなんでもいいのだから。
しかし――
「貴様ら、何をしている!?」
シリスの街の兵がようやく到着した。
側には領主であるベープもいる。
「街の兵か。聞け! 我々の同志がこの街の人間に危害を加えられた!! これは貴様たちによる重大な過失であり、宣戦布告とみなすこともできる!! この場に領主を出せ! 落とし前をつけさせてやろう!!!」
「ち、茶番だ! 知らねえ奴がナイフ持って飛び出してそっちのヤツに返り討ちにあったんだ! だが血の一滴も出てねぇ!!」
「何だとぉ……?」
「やれやれ……」
サンムルス解放軍のむちゃくちゃなやり方に困惑しつつも、ベープは彼らの前に一歩出る。
「何だ貴様?」
「私が領主のベープだ」
「は?」
サンムルス解放軍の先遣隊は困惑した。
――痩せこけた初老の男。
――手足は枯れ木のように細く、目の下には深い隈がある。
が領主ベープの特徴である……と、聞いていたのに。
目の前にいる青年は明らかに情報と異なる。
肉体は筋骨隆々で眼差しは鋭く、肌に張りがありやや老け顔であるが初老というには遥かに若く見える。
「う、嘘をつくな! 初老の男だと聞いていたぞ!?」
「それでも領主ベープは私だ」
「さ、さては息子だな?!」
「いいや、私に妻も子もいない。父も母も数年前に他界している」
「じ、じゃあなんなんだ?! 聞いていた見た目と全く異なるぞ?!」
「……イメチェンだ」
「は?」
「イメチェンしたのだ、この1ヶ月でな。貴様たちの聞いた特徴も間違いではない、一月前まではな」
見れば分かる――鍛え上げられたその肉体を。明らかに1ヶ月で仕上がるレベルではない。10年以上はひた向きに続けなければ到達できない領域……そこに、ベープは存在していた。
「やむを得ん。貴様がこの街の代表者だと認めよう。して……我々は慈悲深い。この条件を飲むというのであれば、我が百万の軍勢は敵対しないと約束しよう」
サンムルスの兵はベープに懐から1枚の紙を渡した。ベープはそれにじっくりと読むと――
(ククク、気持ちは分かるぞ? しかし百万の軍勢を敵に回すよりはマシであろう?)
――この脅しで従わなかったものはない。多少抵抗したものはいたが、すぐに屈した。
だがしかし。ベープは、それを破り捨てた。
「し、正気か貴様!?」
「数万もの貴様たちに食糧のみならず住居を提供し、若い女性を娼婦として差し出せとは。サンムルスはずいぶんと思い上がっているようだな?」
「これはこの街の為でもあるのだぞ? この程度で済ませてやろうと――」
「くどい。さっさと貴様の口から聞かせろ、宣戦布告とな?」
高圧的な態度に姿勢を崩さないベープに、サンムルス解放軍の先遣隊のリーダーは青筋を立ててこう言った。
「そんなに蹂躙がお望みか? であれば、望み通りにしてやろう! 宣戦布告だ! 三日後に万の軍勢がこの街へ押し寄せるであろう!!!」
こうして――後に歴史に残る『シリスの悲劇』と呼ばれる短い戦争は始まったのであった。
どっちにとっての悲劇かは……
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