第37話 精霊と契約しよう!
蒼く澄み渡る空には小鳥が羽ばたき、陽光が地面に染み付いた朱色を鮮やかに照らす。
今日はとてもよく晴れている。
誰かにとっては穏やかで清々しい朝だったのだろう。
――見渡せば辺りには赤い何かが散乱しており、ひどく生臭い。
地面に横たわる物言わぬぬいぐるみは、この村で起こった悲劇の目撃者であった。
*
「光栄に思うがいい、この村はサンムルス解放軍の所有物となった」
「はい……?」
小さな村に突然現れた赤い兵隊は、慌てて出てきた村長と男衆に向けてそう言い放った。
「と、とは言ってもこの村は領主様の――」
「領主とは〝これ〟の事か?」
赤い兵士は、村長に何かが入った麻袋を投げつけた。
ずっしりと重く、なにやら水っぽい。
「な、なんですかなこれは?」
村長はその袋の中身を覗き……
「ひいっ!?」
その中身に村長は腰を抜かした。
蛆の湧いた、見知った男の頭部。濁った眼と視線が合った。
「これで分かっただろう、この村の全ては我々の所有物だ。まずはこの村の食糧を全て献上しろ」
「食糧を全てだと!? これから冬だというのにそんな事をすれば、我々は飢えて死んでしまう……!」
「貴様らが死のうと我々は知った事ではない。食糧の次は若い女だ、全員差し出せ」
赤い兵どもの要求に、村長も男衆たちも腸が煮えくり返る思いであった。
「てめえらふざんけなよ!? いきなり現れて何様のつも」
彼はそう赤い兵士に詰め寄ろうとして、そのまま崩れるように地に伏した。
首から上はごろごろと赤い兵士の方へと転がって行き……そして、その内の一人にぐしゃりと踏み潰された。
「ひぃっ!?」
「今の発言、宣戦布告と受け取ろう。全力を持って貴様らと戦争を行うとしよう」
「ま、待ってくれ!! どうかご慈悲を! 女子供には慈悲を――」
そう懇願する村長を斬り伏せ、赤い兵士たちはぞろぞろと村へと流れ込んでゆく。
農具やなまくらの武器で武装した男たちもいたが、兵士の数は村の住民よりも多い。
あっという間に村はサンムルス解放軍に飲み込まれた。
……男や老人と子供は無惨にも四肢の腱を斬られた上で火炙りにされ、若い女は陵辱の末に生き埋めにされた。
「――ふむ、これっぽっちか」
村から奪った食糧を見て、この兵のリーダーはそう呟いた。
サンムルス解放軍――総勢50万にも上る軍勢である。
かれらは帝国崩壊を契機に大陸統一を目指し、一気にあちこちへと侵略戦争をふっかけた。そしてそれら全てに圧倒的物量により勝利してきた。
だが、彼らも人間だ。飲まず食わずではいられない。故に、遠征先では近隣の街や村から兵站を補給する。
……その手段は、非人道的なものであった。
「――余は東へと勢力を拡げたい」
「となると、いくつかの街を征服し現地の拠点としたいですな。であれば――」
彼らの王であるサンムルス16世は、軍師と話し合い次なる獲物を見定める。
「ふむ、ヘブルスの街とシリスの街か。小さな田舎町だがどちらも農作や酪農の盛んでこの情勢下でも高い食糧自給率を保っていると聞く。……ここを支配できれば、東への足掛けになりそうだ」
密かに、かつ着実に。
ラズリーの住むシリスの街へと、悪意の魔の手が迫っていた。
*
あれから更に1週間後。
兵士さん500人全員が、身体強化と治癒魔法を会得した。
身体強化の強化倍率はまあまあだね。だいたい素の10倍くらいかな?
それでも、一人で治癒魔法と併せれば身体能力だけで100人の敵を相手取っても勝てそうである。
問題はここから。彼らの身体能力は、凡人でたどり着ける最高地点に到達した。
「みんなついてきて、いいところに案内してあげる」
だが、やりようによってらもっと上を目指せる。
なので次は筋のいい人を更に強くするために、私たちは街を出てある場所へと向かった。
「ラズリーちゃん? ここは……?」
「神が顕現した跡地だよ」
街からほど離れた場所に、異様な場所が出来上がっていた。
見たこともない植物が生い茂り、地面から妖しく光る鉱物が生えている。
空にはきらきら光る何かがはためいていて、およそ同じこの世の光景には見えなかった。
――ここは、ナラシンハとアルコア様が戦った跡地だ。
莫大な神力が積り、この場所は世界でも類を見ないであろう剛魔地帯となりつつあった。
「なにここ知らん……怖……」
ポジティブになったベープさんもドン引きしているけど、まあそれはさておき。
魔力の中には、己で己を『観測』する存在がいたりする。彼らはあたかも生物のように振る舞い、時として高い知性を持つに至る。
「今から私が呼ぶ人は、この場で〝精霊〟と契約してもらいます」
精霊は己で己を観測し、完結する恐るべき存在。組成としては〝神〟に近い。
ただ神よりは下位なので、人間優位で契約ができるのだ。
まあ、それでも契約するにはめちゃくちゃ難しい事に変わりはない。
ただ今回はちょっとズルしちゃおう。
『この私、アルコアの名の元に従いなさい』
この場の精霊たちは元々、アルコア様の神力に当てられて発生したもの。故に生まれたての今ならアルコア様の命令に従うのだ。
そして、知性もまだ獲得する前。ただ大きな力を持つ赤子のようなものだ。
そんな大精霊を、私の選んだ5人に憑依させ――
*
「それで、それからどうなったの?」
夕ごはん中、ほっぺを膨らませて何やらご不満なヴェルディちゃん。
「えっとね、精霊と同一化した5人と組手をしてね、ちゃんと勝ったよ」
「そう……」
ヴェルディちゃんったらどうしちゃったんだろう? 最近ずっと目を合わせてくれないんだよ。お姉ちゃん悲しいな……
「どうして目を合わせてくれないの? お姉ちゃんに話してほしいな」
「お姉ちゃんのばか……。お姉ちゃんからいろんな人の臭いがするの。それがすごく嫌なの……」
臭い? あぁ、そういうことだったのね。
そっかそっか、嫉妬してたのか。
あぁもう、ホントヴェルディちゃんったらかわいいんだから。
「大丈夫だよヴェルディちゃん。お姉ちゃんにとっての特別は、ヴェルディちゃんだけだからね?」
「!!」
という私の言葉にぴょこっと耳が反応した。
それから、尻尾がふぁさふぁさと左右に揺れる。
ふふふ……なんとも分かりやすい。
「それでも臭いはどうしようもないからね、後で一緒にお風呂入ってスッキリしよっか?」
「うんっ……!」
ヴェルディちゃんは私に全身洗われるのが大好きなのだ。
もう、本当にかわいい。
なでなで。
――さあて、あと半月くらいかな。
こっちに向かってきているというサンムルスの軍勢め。
この日常を奪おうっていうのなら、全力をもって叩き潰してあげる。
せいぜい覚悟しておくんだね。
サンムルス解放軍vsシリスの脳筋軍までもうすこし……。
ざまあが近いよ……




