第36話 ラズリーちゃんずブートキャンプその2
ベープさんの悲鳴がどこかで響き渡っていた一方その頃。
「ヴェルディちゃんって男の子? 女の子?」
「ふわふわしてるー!」
「お耳触ってもいーい?」
無数の子供たちに群がられ、かちんこちんに固まっているヴェルディちゃんがそこにはおりました。
ヴェルディちゃんは今日からこの街唯一の学校へと通うことになったのです。
子供たちは珍しいふわふわの転入生に興味津々です。
「こらこらヴェルディちゃんは女の子ですよ? そんなに触られたら困っちゃうでしょう?」
「えと、あの……うぅ……」
優しげな若い女教師さんは、固まっているヴェルディちゃんを『女の子』だとフォローしました。けれどヴェルディちゃん、体は女の子だけれど心は男の子なのです。
今日は女の子らしくスカートを履いて登校しているけど、心は少年なのです。
自分の性別に興味がないとはいえ、女の子扱いはなんともむず痒い所がありました。
(お姉ちゃんたすけて……)
真顔とは裏腹に内心でラズリーお姉ちゃんに助けを求めるヴェルディちゃんを横目に、教室の隅でガタガタと震えている生徒が三人ほどおりました。
「アイツって、あの時の……」
「やべえよ、やべえよ……」
「こ、殺される……」
彼らは以前、ミルスさんからスリを働いた悪ガキどもです。
その結果、ラズリーちゃんにボコボコにされた上にヴェルディちゃんにより失神するほど脅かされた事があったのです。
とはいえ、ヴェルディちゃんは彼らの事など覚えてはいません。
今までに食べたパンの詳細をいちいち覚えてなどいられないのですから。
(はやく帰りたい……)
ヴェルディちゃんは、帰ってお姉ちゃんにいっぱいたっぷりこれでもかと甘えたいと思うのでした。
*
ブートキャンプ開始から1週間。
最初は悲鳴ばっかりだった彼らも、すっかりと見違えてきた。
「ずいぶんがっしりしてきたね」
「ラズリーちゃんのおかげであります!!! 我ら一同より一層精進したいものであります!!」
自重トレーニング十日ぶんを1日に圧縮した鍛え方をし続けてかれこれ1週間。
彼らの肉体は筋肉により体積が2割ほど増えた。
以前までの一般男性が槍を持っただけだった彼らはもういない。結果にコミットした果てに産まれた魔人となりつつあるのだ。
だから、今日からは次のステップに入る。
「やる気があってよろしい。では今日はいつものトレーニングが終わったら、魔法の扱い方について学ぼうか」
魔法。
今の彼らの肉体はだいぶ仕上がってきているが、それでもまだ足りない。今のところは5人力くらいだ。私が目指すのは一人で千人力だからね。
素の肉体の力だけで5人力なのもだいぶ凄いけどね。
と、いう訳で。余裕そうに自重トレーニング1000回ずつとランニングで街を十周するメニューを終わらせてきた500人に、私は魔法についての講義を始めるのであった。
「――魔法ってのはね、イメージが大切なんだよ。魔法陣だとか刻まれた術式に魔力を流すだけでも発動はできるけど、魔力は〝観測〟することで初めて存在を確立できるからね。生物の脳で感じるのが1番だよ」
魔力はどれだけあっても、それを観測する存在がなければそれ単体でこの世に影響を与えることはほぼない。
水面に波紋が広がるように、そよ風に枝葉が揺れるように。魔力という形なきモノは、観測して初めて『結果』となる。
魔力の観測の解釈。これを制御することで、狙った事象を発生させられるのだ。
燃えていると解釈し観測すれば炎の魔術となるし、液体と解釈すれば水となる。
この観測者を人工的に再現したものが、術式なのだ。魔法陣は魔力を発動したい術式の形に『観測』する機構が刻まれているのである。
……長ったるくなったけど、つまりは具体的にイメージして確固たる魔力の解釈を確立すれば魔法が扱えるようになるってワケ。
これが難しいから、先人たちは再現性のある『術式』を作り出したってこと。魔術は発明なのだ。
「――身体強化と治癒魔法。自身の肉体を基盤に発動する魔術はイメージと観測がとってもしやすいから、基礎の基礎って言っても過言ではないね。まずはこの二つの習得を目指そっか? がんばれみんな!!! ふぁいとっ!」
「「「サー! イエッサー!!!!!!」」」
うむ、やる気に満ち溢れているね。やはり筋肉は全てを解決してくれるのかもしれない。
『……脳まで筋肉になってきてないかしら?』
アルコア様がドン引きしてる気がするけど、続行!!!
早くもみんな少しずつ自身の体内の魔力を『認識』し始めたよ。形なき概念の存在を認識したから、あとは観測に昇華させられるかが鍵だね。
練度の高い治癒魔法が使えるようになれば、私が直々に魔法をかけなくても圧縮トレーニングができるようになる。そうなれば世代交代した後もムキムキマッチョの系譜は引き継がれる。
アルコア様の神聖魔法にばかり頼って自力では何もできなかった帝国のような末路にはならないだろう。
彼らの将来が今から楽しみだ。
あ、そういえば。すっかり忘れてたけど、ベープさんもトレーニングに参戦してるんだよね。
最初はヒイヒイ言ってたけど、最近は雄叫びをあげるようになってきた。いいことだ。
……で、びっくりしたんだけど、ベープさんってまだ20代だったんだね?
『こう見えて28です……』
『20歳くらい鯖読んでない?』
老けすぎでしょ? 50手前かと思ったよ。
見た目の歳を取らない私とは真逆だったんだね。
けど、トレーニングを始めたらすっかり若返ってきたよ。普段から運動不足とストレスで老けこんでたみたいだね。やはり筋肉は全てを解決してくれる……!!
閑話休題。
「り、領主様!! 報告です!!」
トレーニング中のベープさんへ、慌てながらもやしみてぇに貧弱な人が報告に割り込んできた。
「慌ててどうした?」
「西のサンムルス自治区が帝国からの独立を宣言するとの事です! そして……彼らの主張する領土にシリスの街が含まれております……!
更に、サンムルスの軍勢数万がこちらへ帝国からの解放を謳い進軍してきているとの事……!」
むむ、何やらまたきな臭くなってきたね?
サンムルス自治区……確か、かつて帝国に最後まで抗っていた国の成れの果てだったっけ。
帝国も大概だけど、サンムルス王国も周辺国を攻めまくってたような……。
「ふ、してその軍勢はいつこの街へ到達する見込みだ?」
「は! エレナ山脈と周辺の森を迂回し周辺の街や村を取り込み兵站を確保しながら、なので……早くて1ヶ月ほどと思われます」
「一月か。ちょうどいい、我が街に仇為すならば目にもの見せてやれ!!!」
「「「ウオオオオオオオ!!!!!!!」」」
……ベープさん? あなたそんなキャラでしたっけ? えらくポジティブになったねぇ? ラズリーお姉ちゃん嬉しいよ。
「一層強くならないとね、みんな?」
「イエス!!!!」
この街の戦力は500人。
100倍もの戦力差をひっくり返すほどの強い兵士さんたち育成計画は、更なる領域に突入しようとしていた。
筋肉による蹂躙はもうすぐ……。
むさ苦しいなかのヴェルディちゃんは癒し。
次回 精霊と契約しよう! です!




