第35話 ラズリーちゃんずブートキャンプ
「やはりあの御方の仰る通り、ラズリーを殺せはしませんでしたか……」
何処かの小さな屋敷の薄暗い一室に数人が集い、かの失敗について話し合っていた。
「だが惜しかったとも聞きましたぞ、ペディア殿?」
一見特徴のない優男……しかし彼は、かつては凄腕の詐欺師として数多の人々から人生を奪い、そして今は暁の星という反政府の組織を牛耳る存在である。
「アルコアの受肉は半年に一回しか使えぬ切り札……。ヴンヴロットはよくやってくれた。……しかしまさか、別な神がヤツらに協力しているとは……」
「誤算ではありました。結局アルスも役立たずのまま終わってしまいましたが。しかし、あの街がラズリーにとって何か思い入れがあると知れた事は幸運だとワタクシは考えます」
「組織も所詮は隠れ蓑よ。我らはラズリーさえ殺せればいい」
彼らは――あの城にてヴェルディが持ち込んだ爆撃魔法により死んだはずの面々であった。
ペディア、アベラ、ラーゼン、アニ……
確かに彼らは、木っ端微塵に吹っ飛び絶命した。
だがそれは、彼らであって彼らではない。
――神聖魔法〝多重存在〟
使用者の肉体と魂を複製する事が可能となる力で、早い話が分身である。
この神聖魔法で作り出した複製体は、本体と全く同じ記憶と能力を有している。ヴェルディが捕食したアベラも城にいた個体も、あるいは他の暁の星のメンバーも。
アルスを除いて、皆が多重存在の複製体である。
「あの魔獣め……次は必ず勝つ……。勝って、我らが正義なのだと認めさせなければならない……!!」
アベラは血がにじむほどの力で拳を握り、自身を喰らった化物の姿を思い返していた。
――複製体の記憶は、絶命するか定期的に他の分身と本体にフィードバックされる。
また、複製体に分身である自覚はない。
「落ちつきな、アベラ。今は息を静め、チャンスを待つのだ」
「ああ、分かっている。……しかし、次こそはあの生意気なケダモノに正義というものを解らせてやる……」
アベラは、そう決意した。
彼女の決意が報われるか否か……
それは、神のみぞ知る。
*
「うぎょおおお!!!」
奇声を発しながら私へ襲いかかってくる男、十数人。
手には木製の武器が握られ、各々まっすぐに突っ込んでくる。
が。
「甘いわぁっ!!!」
私の一薙ぎで、全員がものの見事に吹っ飛ばされてゆく。
うーん、弱い。弱すぎるね。
何が弱いって、何から何まで。
さて、私が何をしていたのかというと、ベープさんに頼まれていたシリスの街の戦力500名の訓練だ。今日は初日なので、500名の中でも特に腕のあるという十数人と同時に模擬戦をしてみた。
結果は、予想以上に弱っちいというものだった。
神聖魔法抜きで戦ってみたけど、それでも彼らが十万人集まっても勝てる自信がある。
ただ――
「はい次はそこの君、ちょっとおいで」
「へにゃっ!? アタシですか……?!」
私の呼んだナヨナヨした感じの女の子が恐る恐る私の元へ寄ってくる。
……一人だけ、見込みのある子がいたね。むさいおっさんたちの中できらりと輝く紅一点……いやもう一人いるから一点ではないんだけれど、才能のありそうな女の子が一人いた。
戦闘のセンスがなかなかにありそうな気配がある。私との模擬戦を見つめるその『眼』が、明らかに他とは違ったのだ。
元が貧弱だから宝の持ち腐れ状態だけれど。
「反撃はしないからいっちょ私にかかっておいで」
「へぁっ!? わ、わかりましたぁ……アタシなんかじゃ無理だと思いますけどぉ……」
嫌々、といった感じで彼女は木剣で私へ斬りかかってくる。
ただ……この子はただ斬りかかるんじゃなかった。
自身の身体を前面に出し、剣をこちらから見えないように隠す。そしてそのまま間合いを一気に詰めて一文字。
太刀筋を死角に隠す……という捨て身の発想。平和な田舎の新人兵の太刀筋ではない。
「あぅっ……ほらやっぱり無理ですってぇ!」
もちろん私は彼女の剣を片手で受け止める。
実は経験がある、訳ではなく勘でやってるっぽいね。
課題は多いがセンスとポテンシャルはなかなかだ。
「君、名前は?」
「あ、アタシは……アチェリー、です……」
アチェリー、ね。
今後次第だけれど、この子はかなり『化ける』可能性がある。
けれども今最優先するべきは――
「技術は後回し。今から徹底的に皆さんの体を苛めます。覚悟してくださいね?」
なんか変な言い回しになったけど、やることは健全だからね。
彼らが弱い理由は挙げれば枚挙に暇がないけど、1番は肉体だ。彼らはそもそも貧弱なのだ。
だからミルスさんの身体強化の神聖魔法も効き目が悪かったし、アチェリーもそのセンスに身体がついていけていない。
2に20掛けるより、5に10を掛けた方が大きくなる。素の肉体を鍛えるというのも馬鹿にはできないのである。
という訳で。
「オラあと腕立て800回!! 頑張れ~!!」
「う、うおおおおお!!!!!!!」
超基礎的な所だけれど、腕立て上体起こしスクワットにバックエクステンションを100回10セットやらせている。
蟻が技術を極めた所で、凡庸な象には絶対に勝てないのである。
彼らにはせめて鼠程度にはなってもらおう。
とはいえ、私の目標は1ヶ月で一騎当千だ。筋トレの効果は本来数ヶ月単位で出てくるものなので、いくら回数をやらせた所で1ヶ月で超強化は無理。
……普通ならね。しかしこの訓練は普通ではない。
彼らが筋トレをそれぞれ1セット(100回)こなす毎に、治癒魔法をかけてあげている。
この治癒魔法とは、欠損部位を魔力で補うする回復魔法とは異なり肉体の再生能力を魔力で超早めているものだ。
……筋肉ってさ、破壊された後に再生するとその前よりも太さも密度も増すんだよね。
1度に数日かかるその工程を、私は一時間に圧縮しているのだ。しかも10回ぶん。
これが終わる頃には彼らはムキムキマッチョマンの変態へと片足を踏み入れているに違いない。
これを毎日やれば、1週間で歴戦の肉体になるって寸法よ。私もアルコア様にしばかれてこうして体を鍛えたわ。
「100回ごとに休憩はちゃんと取りなさい、無理は逆効果だから」
「1000回やるのは無理に入らないのですか!?」
「腕立て1000回こなしといて何言ってんのさ」
治癒魔法で筋肉のダメージは完治させてるし、疲労も大幅に減らしている。
想像しているより100倍楽だと思うけどね。
現に最初は腕立て100回もキツそうだったけど、500回過ぎたあたりからみんな平気そうだし。
500人の男どもが一斉に苦悶の表情をしながら筋トレしてる様ってなかなかに面白いね。
そんなこんなでみんなちゃんとやり切りました。
「まずは1週間、同じトレーニングを毎日続けるよ。
1週間したら負荷を上げるから覚悟してね?」
ゴクリ……。みんなが一斉に唾を飲む音が聞こえたね。
「とはいえ、今日はよく頑張りました!! この調子なら1ヶ月後には皆さんAランク冒険者くらいには強くなっているはずです!!」
「お、おお……!!」
「頑張るぞ……!!」
なんだかんだで皆さんやる気に満ちているからしごき甲斐があるね。
この調子なら1ヶ月もあれば、10倍の戦力差で攻められても返り討ちにできるくらいには強くしてあげられるね。
肉体造りが一区切りついたら、ゆくゆくは身体強化の魔法の習得かな。神聖魔法でもそうだけど、身体強化は基本的な魔法なのだ。
魔力量の少ない彼らでも教えれば習得できるはず。
圧倒的な暴力の前に小手先の技術は無力。更に圧倒的暴力が技術まで使い出したら、相手からしたら絶望の化身だろう。
見てる限り、何人かは魔法の筋も良さそうだ。精霊あたりと契約させれば、単独で師団並みに化けるかもしれないね。
「――進捗はどうですか?」
そんなこんなで皆さん頑張っている所へ、ベープさんが様子を見に来た。
「順調。1ヶ月もあればこの間の暁の星の兵なぞ蹴散らせるくらいには強くなってるはずだよ」
「……それは誇張した比喩ではないのでしょうね? 期待しているといいますか、末恐ろしいといいますか……」
「あ、そうだ。ベープさんも一緒にどう?」
「どう? とは???」
「兵士さんたちがマッチョなのに領主がそんな細身なくたびれたおっさんだったら格好つかないよ? やろうよ、筋トレ」
「え、遠慮させていただきm」
そう言って足早に立ち去ろうとするベープさんの前に、兵士さんたちが立ち塞がる。
「逃がさねえぜベープさんよぉ……?」
「あんたも道連れになってもらうぜぇ?」
「や、やめ――ふんぎゃああああああ!?」
そんな訳でブートキャンプに参戦したベープさんから、聞いたことのない悲鳴が響き渡るのであった。
努力☆未来☆a Beautiful Star☆
一騎当千×500人=50万の軍勢。




