第31話 赤の他人と縁ある人間
暗く、暗く、それでいてどこか暖かい。
まるで夢の狭間で目を覚まそうとしている時のように。
アルスへと確かにとどめを刺したヴェルディは、座席に座って大きなスクリーンを眺めている事に気がついた。
『やぁ、僕はアルス。君の名前はなあに?』
「……!」
ヴェルディは隣に座るアルスという少年に一瞬警戒するも、既に彼の表情に殺気も害意もなくなっていた。
「ボクはヴェルディ」
『ヴェルディくん、いや、ちゃんかな?』
「どっちでもいいよ。好きに呼んで」
『ありがとうヴェルディくん。……僕はもう間もなく消える。こうして話しているのは僕の残りカスみたいなものだと思っていい』
「……そう」
スクリーンでは映画が始まった。どうやらこの世界よりも文明の発達した星にいる魔法少女なる存在が、セカイを守るべく奮闘する物語らしい。
『みんなを、見知らぬ人たちを、守りたかった。助けてあげたかった。
ヴェルディくんも知っての通り、僕は幼くして暁の星に拾われて……〝正義〟のために生きる事を教わってきた』
「……」
『僕が皇帝になりさえすれば、あとは誰もが自動的に幸せになれると思ってたんだ』
「……そんな訳ない」
『そう。その通りなんだ。自動的にみんなを救えて幸せになれるなんて甘い話がある訳なかったんだ。
……でも僕はお父さん……いや、ペディアさんの言いなりになるしかなくって。疑うこともしなかった』
アルスは俯いている。
『ううん、違う。薄々分かっていたんだ。知ろうと思えば現実を知ることもできた。暁の星が本当はたくさんの人を傷つけていた悪い組織だってことは。
……でも、僕は目を背けた。あえて知ろうとしなかった。傷つくのが怖かったから』
「……そっか」
ヴェルディにアルスを非難する気はない。
形こそ違うが、アルスはヴェルディの『あったかもしれない未来』なのだから。
『本当はね、ラズリーちゃんも守ってあげたかったんだ。
助けたかった、守りたかった、側にいてあげたかった。……でも、ラズリーちゃんが守られたかったのは僕じゃなかったみたいだね』
「お姉ちゃんの側にいていいのはボクだけだ。……お姉ちゃんはボクだけのものだ」
『はは、そうだろうね。
……この物語の主人公は僕ではなかったんだ。きっと僕は……ぽっと出の脇役か何かだったんじゃないかな』
「……」
ヴェルディは映写機の光を浴びせられたことで、アルスの生涯を知っている。
哀れで空っぽな人生を送ることを強制され、最期は神に使い捨ての駒にされた。
「君の事は可哀想だと思うし、憎んではいない。……でも、許さない。何も知らない善意だったとはいえ、お姉ちゃんを苦しめたんだから」
『それでいいよ。ラズリーちゃんにはここでの事は内緒でお願いね。無駄に悲しんでほしくないから。
――僕は悪者。それでいい。話を聞いてくれてありがとう』
もうすぐ映画は終わる。
世界を守れるか、セカイを救えるか。瀬戸際に立つ魔法少女が選択をしようとしていた。
「水くさいじゃない、ヴェルディちゃん」
「えっ、お姉ちゃん!?」
『どうしてここに……?!』
二人の後ろの座席に、いつの間にかラズリーが座っていた。
「ヴェルディちゃんがまた気絶してたから、アルコア様にお願いしてここへ意識を飛ばしてもらったの。
それで……話はだいたい聞いてたよ。アルスくん、だっけ。私は君に守られるほど弱くはない。でもその気持ちは認めるよ」
『……ありがとう』
「君の境遇もね。同情するし哀れだと思うよ。
……知ってしまったからにはせめて、忘れないでいてあげる」
ラズリーとて、憐憫の心はある。
だが、あえて知らないことで他人を他人たらしめ敵を容赦なく殺せてきた。
『知る』ことは、赤の他人を縁ある人間に変える行為なのだ。
そしてラズリーは、アルスという少年を知った。いけすかないクソガキではなくなってしまった。
『ありがとう、二人とも……。そして、こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい』
「いいんだよ、もう済んだことだからね」
「お姉ちゃんが許したんならボクも許す」
映画はついに数多の犠牲の上で黒幕を倒し、間もなくエンドロールを迎えようとしている。
『……もし、次があるのなら。今度こそ誰かの為に生きたい。ちゃんと自分の目で見て頭で考えて、誰かを守って助けたい』
「いいじゃん。……応援してるよ」
「待ってるよ。今度は敵じゃないといいね」
『……ありがとう、二人とも』
映画は終わりを迎え、エンドロールに入った。
ちらほらと席を立つ他の観客もいるようだ。
アルスの姿が透けてゆく。
とうとう消えようとしているようだ。
『……そうだ。最後にひとつだけ、警告。……暁の星はまだ消えてないよ。今は大人しくなるけど、いずれまたラズリーちゃんを狙うと思う』
「そうなの? 城ごと吹き飛ばしたのに?」
『うん。たぶん、あのお城にいたのはみんな影武者か何かなんじゃないかな』
「え……? それって……」
『僕も詳しくは知らない。所詮僕はあの人たちにとって操り人形でしかなかったから』
アルスの姿がどんどん薄くなってゆく。
エンドロールは、とうとう終わりを迎え……そして、劇場の照明が点灯する――
『またね』
と同時に、世界は崩壊した古城の瓦礫の山の中へ戻った。
誰もいない。生き残りはヴェルディとラズリーだけ。炭化した死体もいくつか散乱しているが……
気になることはいろいろある。
だがしかし、今考えることではない。
「ね、ヴェルディちゃん」
「なあに?」
「帰ろっか?」
「うん!」
帰るために手を繋ぐ二人の表情は、どこか寂しげでありながらも、とても晴れやかであった。
アルスくんの心は救われたと思います。
次回 アルスくんの契約神について触れます




