第28話 腐れ林檎
「おはよーございます! おじさん!!」
「おぉ、アルスくんおはよう。おつかいかい?」
「うん! このリンゴひとつください!!」
「はいよ!」
少年は作物の直売所にて、顔馴染みのおじさんにお金を渡す。そしておじさんは、頼まれたリンゴを差し出す。
「ありがとうおじさん!!」
「どーもぉ! 気をつけて帰りなよ!!」
両親に頼まれたモノを買えて、少年は口角を上げにんまりと歯茎を見せながら我が家へと小躍りしつつ向かう。
リンゴは彼の大好物だ。
お母さんに頼まれて買ったリンゴで、今夜は大好きなアップルパイを一緒に作るのだ。
なんということも無い、日常。
小さな村に産まれたアルスという少年は、裕福とは言えずとも温かな人々の中で育った。
父も母も、近所に住むおじさんも。みんなみんな優しくて、大好きだった。
……〝帝国兵〟が来るまでは。
「お母さん……?」
眼から光の消えた母の体がいやに重くのしかかる。
父はそこから少し離れた場所で倒れているのが見える。
赤い。赤くて、よくわからないけれど独特で嫌な臭いがする。
膝を擦りむいた時に嗅いだことがある。
「おー、まだガキの生き残りがいたか?」
「おい待て、そのガキは殺すな。例のアレかもしれねーだろ?」
「おっとすまねえ」
帝国兵がアルスを発見するも、なぜか見逃された。
だがアルスはその事について考える余裕はない。
「お母さんっ……お母さんっ、起きてよ……!」
どれほど叫んでも、返事はない。
母は既に物言わぬ肉塊と化していた。
父も同様だ。
家の外からは度々悲鳴が聞こえてくる。
その度にアルスは胸が内側から裂けるような感覚に襲われるが、しかし何もできない。
この時彼はまだ6歳だったのだ。
「ま、待てっ、話が違うっ――」
それからしばらくして、現れた白い服の『騎士』たちが、帝国兵を斬り捨て倒していった。
「――遅くなってすまない。我々は暁の星。君を助けに来た」
「お父さんは? お母さんは?」
「……すまない、助けられなかった。この村での生き残りは君だけだ」
アルスは齢六にして天涯孤独となった。
――――
暁の星という組織は、悪しき帝国を打ち倒し世界に安寧と自由をもたらすべく戦っている……のだそうだ。歴史は百年以上は遡り、その自由を求める意思は脈々と受け継がれてきた。
「ワタクシはペディアと申します」
「よろしく……」
家族も何もかもを亡くしたアルスは、騎士に連れられた先で出会ったペディアという男の元で生活する事になった。
「我々は皆、アルス様と同じ境遇。帝国に大切なものを奪われた身です」
「……」
ペディアを初めとした皆が、アルスと同じく帝国兵に家も友達も両親も恋人も奪われた。
同じだ。自分と同じ、仲間なのだ。
いや、帰る場所もここにしかない。
――家族。
アルスにとって暁の星の皆は、家族と同様になりつつあった。
――
ある日、アルスはふとこんなことをペディアに聞いた。
「みんなどうして僕のことを『アルス様』って呼ぶの?」
「……気づきましたか。本当はもっと成長なさってからにしようと思っておりましたが、仕方ありませんね」
ペディアは大袈裟に口を噤む動作をしてみせると、小声でアルスに耳打ちをした。
「アルス様……いいえ、アルス・フォルスター様。貴方は嘗て帝国に滅ぼされた〝フォルステラ王国〟の王の血を引く、選ばれし血筋なのです」
「おうさま?」
「そうです! 貴方こそが真の王……いえ、皇帝となるべき御方なのです!!」
皇帝……。アルスにとって権力はどうでもいい。
けれど、自分が偉くなることで『家族』を守れるのなら。
「僕はまだ偉くなるってこと、よくわかんない。けど、みんなを守れるなら……〝家族〟のためなら、皇帝になるよ」
「賢明な判断です……!」
「それで……ペディアさん。ひとつお願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「お父さんって、呼んでもいいかな?」
「なんと……! よいのですか? ワタクシで?」
「いいの。ペディアさんだからいいの」
ペディアはアルスに見えないように涙を拭う。
「……実はワタクシには昔、息子が居たのです。けれど帝国の魔の手から守りきれず、妻と共に目の前で……!!」
「そんな……」
「息子を守れなかった哀れなこの男を、それでも父と呼んでくれるのですか?」
「もちろん! お父さん、僕のお父さんになってください!!」
こうして、ペディアというかつて詐欺師だった男はアルスの父となった。
その裏で、アルスに気づかれないよう必死に笑いを堪えていた。
*
アルスの目の前で、ペディアの首が飛んだ。
一秒がひどくゆっくりに感じた。
ペディアの首の断面から噴き出した血が、アルスの顔にかかった。
あの日、帝国兵が両親を殺したあの日の臭いがする。
「お父さん、お父さんっ! お父さんっ!!!」
『――クターニド様の御告げによると数年後……愚かな皇帝が、〝聖女ラズリー〟を追放します』
『せーじょラズリー? お父さん、その人は敵なの?』
『どちらでもありません。彼女は帝国が帝国たりうる力〝神聖魔法〟の源泉です。彼女は帝国に無理やり従わせられているのです』
『そっか、じゃあラズリーさんも〝家族〟だね』
『ええ。やがて追放される彼女を救い出すのです』
アルスの脳裏に『お父さん』の言葉が甦る。
ラズリーは僕たちと同じ境遇。帝国を憎む同志。
そう、思っていた。
「――さようなら、クソガキ」
ラズリーの冷徹な瞳を見て、理解した。
――彼女は救いなど求めていないのだと。
そして直後、アルスの意識は爆炎に消えた。
*
街に設置されてた爆撃魔法だけど、威力はまあまあだったので私が手を加えて強化しておいた。
うーん、城とか跡形もなく消し飛んだね。あのクソガキも死んだはずだ。
――お父さん、か。彼らには彼らなりの正義があったんだろうね。
可哀想だとは思うけど、これがその正義のツケだ。
「ヴェルディちゃん、痛いところはない?」
『大丈夫だよ。どこも痛くない』
「そっか、良かった。それじゃ帰ろ――」
――その時だった。
瓦礫の中で、何か強い光が立ち昇った。
これって……神力? しかもとんでもない量の、それこそナラシンハの時のような――
『あ、ああ、ああっ、助ける、助けるから、僕が君を、みんなを、助ける、助ける、助けて……』
炭化した人型の物体に、まばゆい光の粒子がまとわりついてゆく。
まさか……裏にいるっていう神が、受肉しようとしてる?
『不完全受肉ね……。アイツめ、わざとあのガキの意思を残してるようね。嘗めやがって』
「不完全……それでも私たちからしたら勝ち目のない化物です。アルコア様、また私の体を使って――」
『それは無理よ。私を受肉させる方法は頻繁にやるものじゃない。半年以上は間隔を空けないと、受肉しようとした瞬間に死ぬわ』
「じ、じゃあどうすれば!!」
このままじゃ世界の危機だ。ナラシンハは大陸すら一撃で滅ぼせるほどだったという。
そんなヤツを相手にやりあえるのは、同じ神くらいしか――
「ボクが戦うよ」
「え、ヴェルディちゃん……?」
ヴェルディちゃんが、戦うって? もしかしてアルコア様を受肉させるの?
アルコア様を受肉させられる存在は私だけ、と思っていたのだけれど……?
『違うわよ、まあ見てなさい』
そうこうしている内に、ヴェルディちゃんの体に緑の光が集まってゆき――
「ボクに力を、ミイヴルスさん」
そう呟くとヴェルディちゃんは、何か小さな小石のようなものを飲み込んだ。
そして――
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