第96話 英雄達の出発
一昨日。悠里、ペティ、リズが、シンベエの背中に乗って出発した。
今日はカイド、シド、アズラの出発日だ。相変わらずこの三人の人気はすごくって、早朝であるにも関わらず、支部の園庭が街の住人の見送りで埋め尽くされる程だった。
泣きながらすがりつく子供たちを「しょうがないね」とアズラが抱えて跳躍移動で最後のドライブに行った。
以前、咲良の曲乗り待ちで、ダダをコネだした子供たちをアヤすためにこれを行ったのが仇となり、子供たちの間で”アズラジャンプブーム”が起こってしまった。
結果、連日入れ替わり立ち替わりで、子供たちがアズラに跳躍移動ドライブを要求するようになり、おかげで、早朝のラジオ体操にはシッポだけパタパタと振って参加してたアズラだったけど、最近は眠りが深くなったのか、ラジオ体操の音楽が流れても、ピクリとも動かなくなっていた。それも、今日で最後だ。
カイドとシドが撃拳を始めた。三回戦を終えて二勝一敗で、一敗を喫したカイドが二連勝して勝利に王手をかける。
二人の激闘をしばらく観れなくなることを憂いた住人達の熱狂っぷりは凄まじいもので、連中が足を踏みならす度に支部の園庭が揺れた。ものの例えでなく、本当に大地が揺れてた。アキラや花太郎が時折バランスを崩していたし、風もないのに周りの木々が揺らいでいたから。
震源地のその中心にいるカイドとシドも時折足を取られていて、それをみたギャラリー連中が「これはおもしろいぞ!」と口々に叫びだして、弦楽器を掻き鳴らしている奴が、いつもなら弦を叩きまくったり、変調転調を頻繁に繰り返すようなAEW独特の激しい演奏をやめ、多少変調はあるものの、一定のリズムに乗った、それでいて激しい曲を弾きだした。聞いたことのない曲だ。
ギャラリーが拍子に合わせて足を踏みならす。
先ほどまで各々が好き勝手に行っていた足踏みが一つに揃って、震度が大きくなる。
アキラは四つん這いになってた。花太郎は日頃の成果か、かろうじて直立できているものの、今にもバランスを崩しそうだった。花太郎の隣にいたサイアがよろけて、花太郎が抱き止めようとしたけれど失敗して、二人仲良く地に伏した。
「大丈夫? サイア嬢」
「だ、だ、だ、だいじょっ。ご、ごめんなさい!!」
花太郎の胸に顔を埋めたサイアが顔を真っ赤に上気させる。
「サイアちゃんったら、今日は大胆なんだ~?」
「ち、ち、ち、違うの!! こ、これは、こ、こ、ここここ、こっこー!!」
ユリハに囃されたサイアが体を激しく震わせて、花太郎の周囲だけ震度が増したように見えた。ユリハはJOXAの備品と思われるデジカメを取り出してサイアを撮影してた。多分動画だ。
「この曲、二人のお気に入りなのよ」
激しい縦揺れでギャラリーの中にもチラチラ倒れてる奴がいて、周りの連中が助け起こしているような状況の中、ユリハは微動だにしていなかった。
「俺、この曲聞いたことあんで」
四つん這いになりながらアキラがユリハのつぶやきに返答した。
「誰やったかなぁ……結構有名な人やったと思うんやけど」
「……ラカトーシュよ。この曲は、旧地球からAEWへ、二人が初めて持ち込んだ曲なの。ラカトーシュの【雲雀】」
「そうや、そうや、それや!! あっ、どこ行くんや!? 空気のハナ!! 抜け駆けはずるいで~!」
僕は一人上昇して、カイドたちに接近した。四つん這いになっているアキラや地に伏している花太郎たち、ドワーフ並に低身長のユリハは、ギャラリーの壁に阻まれて二人の様子を見ることはままならないだろう。ちょっと後ろ髪ひかれるけれど、僕のヤジ馬根性に火がついてしまったのだよ、ごめん。
上空には先客がいて、シンベエと、彼の背中に掴まっている咲良がいた。FUを装着しているけれど起動させてはいないようだ。
僕が「悪いね、同席させてもらうよ」のつもりで手を挙げて挨拶すると、シンベエと咲良は「フッ」と鼻で笑うそぶりをとった。見事にシンクロしてた。イイ! とっても可愛いよ、咲良。
震源に囲まれた二人はニカニカと笑ってた。
「アズだけだと思ってたぜ!! こんなことができるのはよぉ!!」
「だな!!」
ギャラリーが起こす縦揺れで、一時中断された四回戦。仕切直しに二人が再び拳を合わせた。
激しい演奏が掠れて聞こえるほどの騒音。楽器を持ち込んでいる連中が弦がはち切れそうな音を弾き飛ばしてギャラリーの喝采に対抗する。
地面に縄を張り巡らして即席で作られた、広い土俵のようなリングの上で、二人は打ち合っていた。今までに見たことのない動作で。
シドはステップをより少なく、より大幅に踏みながら、間合いをいつもの倍以上空けていた。
フットワークでカイドを追いつめるシドにとって、揺れる大地は足を取られて不利に思えたけれど、振動のリズムを瞬時にモノにしていた。反動を利用して超アウトレンジから、強烈な跳び蹴りをカイドに放った。
ベタ足のカウンターを得意とするカイドが、それをサイドステップでかわすと、すれ違いざま、シドの腹部めがけて拳を突き出す。
が、すぐにカイドが手を引っ込めた。シドが空中でカイドの伸ばした腕を掴みとる態勢に入っていたからだ。
カイドのカウンターの対応に失敗したシドが、伸ばした足を引っ込めて空中で体の向きを反転させると、そのまま鋭角に両手をついて着地し、足が地面につく前に両肘を曲げて、バネのように突き出した。
シドの両足がカイドの腹部めがけて飛ぶ。
トリッキーな追撃にカイドが両手を広げてシドの両足を掴み、背を向けながら、かつぎ上げて、投げの態勢に入ったけれど、揺れる大地に足下を掬われ、バランスを崩した。
一瞬の隙をついてシドが両足を広げ、カイドがシドの片足を取りこぼすと、そのままシドの足がカイドの右腕にからみつき、さらに身を起こして両手でカイドの手首を掴んだ。
シドが大きく身をよじると、二人の身体が宙に浮いた。コマンドサンボのような投げ技で、シドが一本を決めた。
……カイド、腕折れたんじゃねえの?
無事だった。壮絶な空中戦を目の当たりにしてギャラリーが沸く中、カイドは立ち上がり、最前列で周囲を気遣って身を屈めていた長身のエルフの魔法使いの男に治癒魔法をかけてもらっていた。
そして、右腕をグルグルと回して調子を確かめながら、差し出された火酒を一気に煽る。まだ早朝だというのに!
二連勝していたカイドの勢いをシドが凌いだ。二勝二敗で五回戦に突入だ。
花太郎たちを観た。花太郎がユリハとサイアを両肩に抱え、アキラが花太郎の足を必死な形相で押さえていた。
自力で立ち上がることを断念したアキラが取引を持ちかけたのだろう。赤い録画ランプが点灯したデジカメをユリハが掲げている。アキラは後でそれを観るつもりだろうな。地面が揺れて手ぶれもヒドいだろうから、観てるだけで酔ってしまいそうな動画が撮れていそうだ。
ドワーフからみれば大柄な花太郎がユリハとサイアを抱えているのだから目立つ。シドが大衆から突き出ている二人を見つけたけれど、以前の試合でサイアが花太郎を気遣う”敗北のジンクス”を克服したのだから、この勝負、どちらが勝つのかわからない。
唯一気がかりなのは、サイアが試合よりも花太郎に気がいってて、朝霧なのか、身体から湯気が出ているのか判別がつかない状態になっていることだけだ。
花太郎の足下でアキラが口を動かして何か叫んでいるが聞こえない。ユリハがサイアを撮影しながら猟奇的な微笑みでウンウン頷いているから、きっと「ちゃんと試合はとってくれよな」とユリハに要求しているのだろう。
ギャラリーが【雲雀】に合わせて再び足を踏みならす。
大地が揺れる。
リングで二人が拳をつき合わせた。決勝ラウンドだ。
いつもベタ足で後手に回っていたカイドが、先手を打った。
大雑把な足取りで、距離を一気につめると、そのままシドに殴りかかる。
大振りと揺れる大地ですっかりよろける足を勢いのみで押し切って放った、打ちおろすような右ストレートの一撃を、シドはかなりの余裕を持ったサイドステップでかわした。
伸ばした右腕の死角に入ったシドがカイドの腕を掴んで投げ技に持ち込もうとしたとき、左足だけでよろけていたカイドが、シドに腕を捕まれた反動を利用して右足を大きく後方へ踏み込み、伸ばしたままの右手に左の手のひらを合わせて固く結ぶと、掴まれたままの右腕を大きく横に薙払った。シドの身体が宙に浮く。
カイドの力技を流しきれないと判断したシドが、中空で手を押し出すようにして掴んでいた腕を突き放し、シドの得意なアウトレンジの間合いに着地した。
踵を返したカイドが間髪入れずに接近する。足の運びがメチャクチャだ、いつ転んでもおかしくない態勢で、シドに再び大振りのストレートを放つ。
先の追撃を恐れたシドが、今度はアウトレンジまで飛びのいた。カイドが空振りになったストレートの反動を利用して踏み込んだ足を支点にワンアクションで踵を返し、再び追撃する。シドが再びサイドステップでかわした。カイドの勢いが力強くて隙をつくことができず、迂闊に近づけないようだ。
揺れる大地を堪えることなく、歩行することを諦めているような足運びをするカイドをみて、昔読んだ本の、二足歩行ロボットの開発で行き詰まった研究者の逸話の一文が、頭をよぎった。
”今まで歩くことばかりを追求し、研究をしてきていたが、そもそもそれが大間違いだった”と。
何度実験しても転倒を繰り返す二足歩行ロボット、「なぜ、転んでしまうか」と悩み抜いた研究者は「人は歩かない。ある現象の積み重ねが、第三者からみれば歩行しているようにみえる」という、きっと、計り知れない心理的ストレスの苦悩の中で見いだしたであろう、常人には理解の及ばない発想の転換に思考がたどり着いた。
”人は歩こうと思って歩行していない。人は転びそうになって、身を守るために足を前へと突き出し、これを繰り返しているだけなのだ。”
もはやここまで来ると哲学の話にしか思えなくて、このエピソードはよく覚えていた。研究者は「歩くロボット」ではなく「転ばないロボット」を設計することで、二足歩行ロボットの開発に成功した。
カイドはまさに、転ばないために足を突き出し続けていた。シドが触れれば全体重を預けて追撃し、かわされれば踏み込んで、勢いを一切殺すことなく、”転び”続けていた。揺れる大地の上で歩くことを完全に諦めていた。
抜群の戦闘センスというか、「歩けないなら歩かなけりゃいい」みたいな潔い発想転換の仕方が、カイドらしくて、思わず笑ってしまった。
観たことのない戦闘スタイルと千鳥足の酔っぱらいにしか見えないフラフラの足運びなのに、確実にシドが追いつめられている様を目の当たりにしたギャラリーの熱狂は凄まじかった。
ますます足を踏みならすギャラリー。彼らが産み出す震動に抵抗することなくなすがままに力へと置き換えるカイドの攻勢。
間合いを開ければそれだけ強烈な一撃が襲ってくる状況の中、アウトファイトを得意とするシドが、インファイトを仕掛けた。
カイドの強烈な一撃を僅差で回避し、シドが足払いをかける。カイドがそれに蹴っつまづいて、つんのめりながら身を翻し、シドの肩を掴んでそのまま投げの姿勢をとる。
カイドが投げ飛ばす方向へ、シドはわざと飛び込んだ。シドの捨て身でバランスを崩したカイドが、踏みとどまった。揺れる大地に襲われてバランスを崩す、シドは中空でカイドの右腕を両手で掴み、勢いに任せてそのまま投げ込もうとしたところを、カイドが左腕で払って阻止した。
カイドの勢いを止めることに成功したシドが着地と同時に突撃する。カイドがそれに対応して、双方が互いの二の腕をガッチリと掴み合った。
取っ組み合いだ。
ギャラリーが沸く。押しては引いてを繰り返し、フェイントと足払いの応酬に鼓舞された大地が大きく揺れ動く。
熱中しすぎたギャラリーが足を踏みならすことも忘れた頃、一瞬の隙をついた足払いが決まって、カイドの背中が地に着いた。シドの勝利だ。
沸き上がる歓声、シドが笑いながらカイドに手を伸ばし、カイドが悔しそうな表情を浮かべながらも、「満足いった」と言わんばかりの笑みで、シドの手を握って立ち上がった。
拍手喝采。最高のエンターテイメントに労いの言葉と感謝を叫ぶギャラリー。早朝だと言うのに眠そうな目をしている奴は一人もいない。
そして屋台を引っ張ってくる連中が現れて……。
待てよ。見送りに来たんだろ? 何をする気だ朝っぱらから! 宴か? そうだよな、宴だよな!!
どこからともなく大量の酒樽を転がしてくる連中がやってきて、酒を注ぎあう。子どもたちを抱えたアズラも帰ってきた。
上空でその一部始終を観ていた咲良とシンベエが苦笑している。苦笑している咲良も可愛い。花太郎に自慢してやろうかと思ったけれど、僕一人が特等席で観戦した後ろめたい思いが残っていたので、黙っておくことにした。……いや、報告した方が奴のためか? いや、僕一人の心の奥底にしまっておこう。
「まぁ、予想通りの展開ね」
撮影を終え、花太郎に降ろされたユリハが、プルプルしているサイアを抱き止めて支えながら呟いてた。宴になることを想定して、わざと出発時間を早朝に設定したらしい。
「ここで乾杯した後出立すれば、ちょうどいい時間よ」
グラスが行き渡ると、乾杯の詩歌は、今日の撃拳勝者、赤髪赤目の可憐なるサイア嬢の父、シドが吟じた。
「リッケンブロウムはJOXA支部園庭にて、仕事知らずの阿呆どもに送る、見送りご苦労、酒飲み前口上の詩歌
朝霧立ち込む 出立の
静寂を散らす 鬨の声
鼻の頭を赤くして
仲良し小好し 火酒 奪り合う同胞よ
余興はいらぬか?
”小唄” ”小躍り” 果てまた再び”拳”を所望かな?
しばし待たれよ 我は行く
我らが凱旋 見渡す限りに赤っ鼻共が集うなら
肩組み合う 我が宿敵と 望む余興を披露しよう
快晴! 碧空! 清々しき朝!!
全ての酒を飲み尽くし とっとと働け! 仕事行け!!」
「フー!!!!!!」
乾杯を終えた後、八杯の火酒を矢継ぎ早に煽ってもまだ飲み続けようとする二人のドワーフの尻を、ユリハとナタリィさんが「とっとと行きな!」とひっぱたいた。
肩を組み合い、”門出の友に送る歌”を歌う大衆に見送られながら、カイド、シド、アズラがシンベエに乗り、FUを起動した咲良と共に、ムーン・グラードへと飛び去った。
次回は5月14日 投稿予定です




