第94話 エア太郎の備忘録 任務の概要 結成!「戦線離脱班」
僕たちがかの地に赴任する日まで二週間を切った。
先週、咲良とシンベエが人員と資材運搬の為に出発した。二人はこれからリッケンブロウムとかの地とを何度も行き来する。
アキラは最初一週間は咲良が、それからは悠里が教官となって、FUの技術修得に打ち込んだ。
すっかりリッケンブロウムの慣習となった朝のラジオ体操を終えると(咲良もシンベエに促されたらしく、渋々参加してた)花太郎のロードワークにFUを装着してつき合うようになった。
はじめこそ何度も転倒して置いてけぼりにされてはいたものの、一五分以内に二〇キロを走破する花太郎と併走できるようにまで上達してた。
すると、アキラはJOXAから支給されたケブラースーツの上に白衣を着るようになった。
「白衣は俺のトレードマークや」
などと花太郎に言っていたけれど、花太郎よりも格段に耳がいい僕には聞こえた
「……千恵美とお揃なんや」
とつぶやいた声が。白衣を着るようになってからアキラは、一度も転んでいない。
「咲良はん、俺と勝負してください」
咲良が出発する日、アキラは咲良にアキレウスによるスピード対決を挑んだ。
結果、アキラ惨敗。咲良は「マナの絶対量が違うんだ。こればかりはどうしようもないから」とコメントした。
「オレだって、単純な出力だけならリスナー相手に勝てないよ」
FUは操者の魔力(マイナシウムを体内にため込むことができる量)と出力が比例している。マナを体内で処理できず特殊な魔石に頼っているアキラの出力はたかが知れていて、マナコンドリアの保有者にかなうはずもない、と。
トーカーの持つマナコンドリアα体はマナのエネルギー変換効率が高く、肉体強化に秀でる反面、体内にマナをため込む気管が存在しない。リスナーが持つβ体はマナをため込むことができるので、FUの出力で最も優秀な成果を得られるのはリスナーなのだと言っていた。それでもレベル5のFUメルクリウスを操れるのはトーカーの咲良しかいない。
「あんたは十分速いよ」
落ち込んでいるアキラを咲良は激励してた。感動した。花太郎も涙ぐんでた。傍で一緒にみてた悠里に頭をワシャワシャされた。
今のアキラの機動力は、花太郎の全力疾走に匹敵している。FUの技能修得は戦闘時に戦線離脱するのが目的だから、護衛の花太郎と同じスピードで走れるのは大きい。
それから花太郎の日々の訓練メニューは、咲良の進言により、持久力を増やすため、血反吐を吐きそうな内容の基礎鍛錬が追加された。
咲良が出発してから、アキラは悠里の指導でアキレウスの上位、レベル2のFU、”FUー09 ヘラクレス”の技能修得に励んだ。これが操れるようになれば、アキラにもある程度戦闘力が身に付くらしく、戦略の幅が広がる、と、ユリハが言っていた。
そして、FUヘラクレスの操作は、追加武装がある以外はアキレウスの操作とほとんど変わらなかったみたいで、元来小器用なアキラはすぐに乗りこなしていた。
それを見たユリハが喜んでいた。
「これで、アキラ君の護衛に花太郎(と僕)以外の人員を割かなくてすむわ」と。
アキラが頑張りすぎちゃったおかげで、最弱トリオによる”戦線離脱班”が編成されてしまった。
戦線離脱班:彼の地の敵性生物とはち合わせた際に、マナコンドリアを持たない(肉体強化されてない)アキラの身の安全を確保するために、追い払うのを他の人たちに任せて、敵前逃亡するチーム。
メンバー
アキラ:貧弱武装のFUと魔石による攻撃力を持たない幻影魔法の使い手。
花太郎:FU使用不可。日々訓練していても、銃火器の扱いが全く上達せず、ハンドガンしか使えない。仕方がないので、ハンドガンの他に近接武器を携行することに決定。
僕、エア太郎:攻撃力ゼロ。魔法を無力化できるけど、敵性生物がむき出しのマナ(魔法)を放ってくることはほぼ皆無。強いてできることと言えば、上昇しての策敵くらい。
かつて、かの地で地質調査の任に就き、現在はリッケンブロウムに帰還しているAEWの住人たちが講師となって、彼の地の敵性生物の習性や遭遇したときの対処法などを座学の講義で花太郎と一緒に頭に叩きこんでいるのだけど、話を聞く限り、この三人が敵性生物に遭遇したら、”戦線離脱”以外に選択肢は存在しないという部分で、意見が一致した。勝てる気がしない。
彼の地へと赴任する準備が着々と整っている。
ユリハがある日、赴任するメンバーを集めて、任務の概要を説明する場を設けた。ここからは備忘録として、ユリハが説明してくれた任務の概要を記そうと思う。花太郎が後で読みたがるかもしれないし。
¡発端
人類が滅亡したのはいつ頃か(アキラレポートによると二四〇〇年頃に、宇宙へ移民したことが記されていた)、NOSAのメンバーを中心に、彼の地にて地質調査を行っている最中、NOSAに出向中の咲良が持ち帰った丘陵地のサンプルが【月の石】だったことがわかった。
これとほぼ同じタイミングで、アキラが幻影魔法によって、旧地球へと続くワームホール”さくら”の結界を騙すことに成功。結界により進入を妨げられていた再構築を経た(魔導集石が埋め込まれた)トーカー達が帰還可能になる。
彼の地で拠点防衛の任に就いていたNOSAの再構築者五人が帰還と旧地球への異動を希望、受理される。
¡目的
ユリハの推察によると、”静かな爆発”で生成されたワームホールがこの惑星のどこかにあり、そのワームホールが月へと続いている。
今回の任務は、地質調査を行っているNOSAと、その護衛に就いているAEWの戦士達と合流し、【月の石】が発見された彼の地にてワームホールを探索。
¡進捗
ワームホール探索の為に坑道を掘る必要があった。そして異動が決まった再構築者五人の能力は、力を合わせると拠点防衛において絶大な効果を発揮していたらしい。これらの理由で、かなり大幅な人員投入を行うこととなった。
現在、NOSAの五人と地質調査隊は、調査対象となる丘陵地にて活動拠点を設営している。二週間後には設営が完了予定だ。
NOSAの五人に変わって補充される人員を担当別に記す(但し、これが確定ではなく、編成は現地の状況次第で流動的に行われる)。
●掘削・坑道設営班
カイド、シド、アズラ、悠里、サイア(ヒーラー担当)
※現地にも数人のドワーフが駐在している。
●拠点防衛・食料調達班
ユリハ、ペティ、リズ、咲良、シンベエ
※拠点内はすでに赴任しているAEWの戦士達が防衛を担当し、ユリハ達は拠点周囲の警戒を行うのと、食料の現地調達も担当する。
●戦線離脱班
アキラ、花太郎、……僕
※ちょーカッコ悪いネーミングだけどアキラと花太郎が「いつかビッグになってやるんだ!」と意気込んで、悠里が冗談で言ったこの班名を甘んじて受けた。悠里が「ちょっち悪いこと言っちゃったな」って部屋で落ち込んでた。
ワームホール探索にはアキラの脳情報が役に立つ可能性がある。情報を引きだせるか確認するため、拠点とカイド達が掘る坑道間を頻繁に行き来することになるので、敵性生物に遭遇した際は状況を見極め、拠点か坑道まで全力で逃げる班だ。
僕は常に上昇して付近の警戒を担当する。
アキラは普段拠点に待機させる為、この班の出番は少ない。その間、花太郎と僕は掘削班に回る。
さらに、長老会を代表してニモ先生が、二名のノームの戦士を引き連れて同行することになった。かの地の植物を調査したい、という別の目的もあるみたいだ。老齢だけど、サイアの魔法の師匠なわけだから、戦闘力は期待できる。やはり僕たちが”最弱”か……。
第一の目的が達成するまでは、この編成で任務にあたる。
○ 目的を達成したら
ワームホールを見つけた場合、調査班を再編成し、ワームホールの出口で安全を確認したあと、突入する。
そして、最後のアルターホール、香夜さんを発見し、魔導集石をぶち当て、再構築を行う。
……これらの概要をユリハから聞いたのだけど、このときユリハは「一つ、気がかりなことがあるの」と言って、自身が心配している問題をみんなで共有した。
月のアルターホールが消えることで、AEWにどのような変化が起きるのか、と。
まだ目の当たりにしていないけれど、JOXA、NOSAの研究とアキラのレポートから、月のアルターホールが起こしている可能性のある現象は以下の三つ。
・二四〇〇年頃、未来人達が月のアルターホールを引き揚げた瞬間、マナコンドリア保有者の体が変質し、後のAEWの住人の先祖となった。
・”静かな爆発”によりできた巨大なクレーター。調査しようにも外部、から進入することができず、観測しているクレーターの形も虚像である可能性が濃厚。
・今現在、AEWで自然発生しているマイナシウムを精製している可能性。
ユリハはアルターホールを対消滅させたあと、この三つの現象がどのようになるのか仮説を立てた。
マナコンドリア保有者の変質について
保有者であるリスナーのユリハ自身が、十年以上AEWに滞在していても何も変化が起きていないことから鑑みて、身体の変質は、サルベージした直後の一時的なものではないかということ。
ただし、ユリハや花太郎が保有しているのはマナコンドリアの原始体であって、”静かな爆発”の後、生まれてきたマナコンドリア保有者達は、AEWの住人が保有しているマナコンドリアと同じ性質の進化体γであることを告げた。
「もしかしたら、今も”変質”の現象が続いているかもしれないわ」と。
この世界で変質現象が作用し続けていることを前提として、悠里やアキラの見解を聞きながら、ユリハは結論を出した。
「変質は遺伝子レベルで起こっているから、アルターホールが消えたことで、変化は起こらない」と。
そうでなければ、悠里が創り出した”幻霧の森”や僕たちが造った”タロ砂漠”も、アルターホールが消えた時点で無くなっているはずだからだ。
機密事項だからこの時言ってなかったけれど、僕たちに見せてくれたネ●ミ(機密事項だからね)は一〇〇%の確率でマナコンドリアの原始体を保有する種で、未来のロ●ットに組み込まれていても変質していなかったから、気になっていたのだと思う。か
といってγ体保有者をつれてきて実験するわけにもいかない。ホモ・サピエンス以外の生物で、γ体を保有している生物は、旧地球ではまだ発見されていないらしい。
二つ目のクレーターについては、「やってみなければ、わからない」とのこと。しかし幻影が消えたからといって、月の引力がもたらす海の潮汐などには変化はみられないだろう、と。
最大の問題は三つ目のマイナシウムの自然発生についてだった。マイナシウムは本来、ある一定の密度と大きさがないとすぐに消滅してしまう物質である。
月のアルターホールがAEWのマイナシウムを発生させているなら、アルターホールの消滅は”魔法の存在の消去”を行うのと同義である。
魔道具を使って日々生活しているAEWの住人は大打撃を被るだろう。マナコンドリアによる肉体強化の恩恵も失うことになる。
この可能性を示唆したユリハの表情は、暗かった。
香夜さんのアルターホールを見つけても、そのまま放っておくことしかできないのかもしれない、と。
それを聞いたカイドが言った。「とにかく、香夜は見つけるんだろ?」と。「助けるんだろ?」と。
さらに悠里が言った、「推察はもう十分だね」と。「後の事は、とにかく香夜ポコを見つけて、調査してから考えよう」と。
珍しく、というかこの時初めてユリハガ涙ぐんでいる姿を目の当たりにしたので、備忘録としてここに記しておこう。
ああ、僕って結構、イヤな奴かもしれない。記録するだけだ、これで冷やかしたりしないことをここに誓おう。月の女神に賭けて。
追記
今まで赴任先となる場所を僕や悠里は”かの地”と呼んでいたけれど、JOXA、NOSAから、正式に名前があてがわれた。
【ムーン・グラード】
”かの地”、月の石を発見した丘陵地帯一円を、ムーン・グラードと名付けた。AEWの住人達も、種族ごとにいろいろと呼び名があったみたいけれど、今後は任務に就く者達で、この呼称を統一する。
次回は5月10日 投稿予定です。




