第89話 生命の侮辱
ユリハ、ターさん、支部局長……当時JOXAに所属していて、”静かな爆発”を経験し、現在AEW支部に配属されているのはこの三名だけだ。こうして三人揃っているということは、今回の話は、静かな爆発にまつわる話題が主題なのだろう、と、想像できた。
「未次飼さんの勤めていた”天川ジェネリック株式会社”は、我々JOXAの取引先でした」
ターさんは今でこそ定年退職したけれど、一六年前の”静かな爆発”の時は、バリバリ活躍していた時期で、部品の製造や実験材料の発注全般を担う部署に所属していたらしい。当時ペーペーで、外界交官の訓練と任務で大忙しだったユリハは、アキラの会社がJOXAと関わりがあったことを知らなかったみたいだ。
「知っとります。ウチの会社は、JOXAにマウスを販売しとりました」
「はい、御社の”スキニー・ブルーフェイス”は、マイナシウムの研究を行う上で、最も注目されておりました」
「……せやから、会社に資金と技術協力をしてくれたんやろ?」
「その通りにございます」
「俺はこのマウスの品種改良に携わっとりました」
「左様でございますか」
アキラは以前、勤め先で実験用のマウスの繁殖、交配による品種改良の研究を行っていたらしい。そして、ユリハが見せたスライド写真のマウス、”スキニー・ブルーフェイス”は、本来なら、突然変異で保有するはずのマナコンドリアの原始体を、100%、すべての個体が保有していた。
そしてこのマウスの品種改良を成し遂げたのは、アキラだった。
この情報はJOXAの面々もアキラ本人から聞いたのが初めてだったらしく、すこし驚いているようだった。
アキラの会社は”静かな爆発”の後、倒産していた。
爆発の時、アキラとトーカーであるアキラの奥さん、千恵美さんが消失したにも関わらず、なぜ国家機関であるJOXAがこれを関知できなかったのか、ユリハが調査するために古株のターさんと支部局長に尋ねた。そしてターさんが、天川ジェネリックの事の顛末を知っていたのだ。
「静かな爆発の後、原因であるマイナシウムを扱っている企業に消失者がいないか、調査を行いました。そして、天川ジェネリック様から研究者二人が行方不明になったという報告を受けました。しかし、行方不明になった二人は”失踪”扱いになり、JOXAの捜査対象から外れました」
そして、ターさんはその理由を述べた。
・JOXAで消失したトーカーは、一人残らず衣服を残して消失したのに対し、アキラたちは衣服ごと残さず消えたこと。
・当時のマナコンドリア保有者の出生率から鑑みて、リスナーよりもさらに希少なトーカーが一カ所に二人、しかも夫婦(近しい血縁でもない)でいることの確率の低さ。
・当時(現在も)、花太郎しか確認されていないマナコンドリア原始体、α体の男性保有者の可能性も想定して、アキラが花太郎の同郷ということもあって、伊豆大島出身者を対象に検査を行ったが、関連性が低いと判断されたこと。
上記の理由から、消失ではなく”夫婦の失踪”と判断されて、JOXAの調査から外された、というのだ。
「それから、天川ジェネリックは、マイナシウムによる風評被害で株価が暴落し、倒産した、と、聞いております」
「……会社としても、俺と千恵美を”消失”扱いにはしたくなかったんやろうな。社長はエエ人やった。それだけにちょっと複雑な気分や」
……少しだけ沈黙があった。
「社長は、それから元気にしとったんやろうか?」
八年ほど前に亡くなったらしい。ユリハが答えた。
「あと、気がかりなんは、そのマウスの出所やな。まだ市場に出回っとるんか? ブルーフェイスは」
「いえ、スキニー・ブルーフェイスを扱っている企業は、もうございません。JOXAで管理していた個体も、数年で死に絶えました」
マイナシウムの研究を行う上で、アキラの開発したマウスは必要不可欠だった。アキラの会社は、販売を独占するために出荷するマウスをオスの個体に限定し、外部で繁殖させないようにメス個体の管理を徹底した。
そこでJOXAは、メス個体での実験を行うため、天川ジェネリックに業務提携を持ちかける。
JOXAが技術提供を行って、天川ジェネリックの地下に無重力空間の研究室を造った。
そしてマウスの品種改良で会社に貢献したアキラと千恵美さんは、異動願いを出し、無重力空間での開発、実験を担当することとなり、そこで”静かな爆発”を経験し、消失したのだ。千恵美さんの願いが、常人のアキラを巻き込んで、衣服ごと他次元へと飛んでしまった。
「未来人の兵器ン中にブルーフェイスがおるっちゅーことは、どっかの誰かさんがオス、メス両方の個体を持ってたってことやな。野生で生きながらえたとは考えにくい。体毛がないからデリケートなんや。誰かペットにでもしとるんかな?」
「……調査を始めて日は浅いけれど、天川ジェネリックの元関係者達に当たっているわ。倒産してからは、個体や飼育方法を売買した記録はないし、ペットで飼っている人も、まだ見つかっていない」
「調査は、継続してもらえるんですか?」
「ええ、勿論よ。それについて一つ、尋ねてもいいかしら?」
ユリハはこのマウスが、月のアルターホールの影響で変質した種ではないか? という可能性を示唆した。
アキラはそれを否定した。
「アルターホールで変質した個体は、静かな爆発以降に現れたγ体、進化したマナコンドリアを保有している生物や。 ブルーフェイスが変質を免れたのは、全ての個体が原始体のβを保有しとるからだと思います。遺伝子情報に組み込まれていて、一〇〇%マナコンドリアを保有して生まれよるからでしょう」
アキラは憤ってた。抑えているのがわかった。
「きっと旧地球にいるはずです。メス、オス両方持っとる人間が」
「……わかったわ」
「お願いします」
最後にアキラは、ユリハに回収したロボットの実物を見せてくれないかと要望した。ダメ元で自分の脳情報から情報を引き出せないか、試してみよう、と提案したのだ。ユリハはそれに同意した。
ブリーフィングルームでの話を終えると、ターさんと支部局長は別の仕事場へと向かった。
ユリハは僕たちを連れて回収したロボットを保管している実験室へと向かった。
実験室に置かれたロボットは、ユリハが見せたスライド写真と同じように四肢と胴体の破片が配置されていて、右腕と右足は研究のためか分解されていた。武装のレールガンもない。
頭部は、装甲が剥がされてむき出しになっていて、マウスを入れていた生体パーツのカプセルの中身は空だった。中身のスキニー・ブルーフェイスはホルマリンの容器の中にいた。
「アキノシン、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
アキラは情報を引き出せなかった。地質調査任務の為の特別訓練は明日から実施することとなり、今日の午後は半休となった。
……アキラはまだギラギラしてる。
「……飲み行くか、アキラ」
「……今からか? 昼間やぞ?」
「どうせ暇なんだろ?」
「せやな。空気のハナもつき合えよ」
僕はジェスチャーで同意を示した。
「あれやな、またカガリさんに口移しで飲ませてもらいーや」
悠里が悶える、僕たちは笑う。
「ア、アタシはペティとリズときのこ探索してくるから! じゃーねー」
そして猛スピードで手を振りながら悠里は去っていくのを、僕たちは手を振って送り出したけれども、駆けだした悠里は一度もこっちを振り返らなかった。……半分はわざとだと思うな、悠里が立ち去ったのは。ありがとう、悠里。
「なぁ、ハナどもよ」
「ん?」
[何?]
「俺はな、会社で何度もマウスを使ぉて実験した。薬物注射で変調きたすマウス観察して記録したり、殺して解剖もした。俺の会社が出荷したブルーフェイスだって、研究者たちの手によってきっと同じ目にあっとる。せやけどな……その命は全部、人の糧になっとる」
アキラは大きく息をつくと、ギラついた自分の感情を鎮めるために、少しだけ、憤りをむき出しにした。
「あのロボットに使ったマウスはどうなんや。仮死状態で、奪った同然の命はカガリさん達に何をした? あのロボットはリズを撃ったんやろ? 魔法でカガリさん縛ったんやろ? あのマウスの命が、他の命傷つけるのに荷担しとる。……結果的には変わらへん。俺も、あのロボット造った奴も、ブルーフェイス殺しとる。殺しとるけどな……」
……そうだよな、アキラ。わかるよ、言いたいことは。
「……あいつらは、外道や」
アキラは空を見上げた。雲一つない青空の中で太陽が南中し、正午を知らせていた。
「続きは飲みの席でな、アキラ」
「せやな」
「今日はあれだな。シュクシュクと飲む日だな」
「……せやな、ハナ。おおきにな」
「奢らねえぞ?」
「わかっとる」
まぶしい太陽の光を浴びながら、僕たちは歩きだした。これから二人は白昼堂々、火酒を煽り、僕はそこに同席する。筆談するために、メモ帳とペンを用意した。
次回は4月30日 投稿予定です




