第87話 終章 月が見下ろす騒がしい夜
各々が積極的にアルコールを消費し、日が暮れた直後に始めた事もあって、夜も更けぬうちに酒が底をつき、アズラとシンベエの活躍もあって(特にアズラの活躍で)食物も食べ尽くされていた。
「カイド、シド!」
カイド宅のドアを叩き現れたドワーフは、二人の撃拳を欠かすことなく観戦しているギャラリーの一人で、いつも最前で一際目立って声援を送ってる奴だった。
「ハインツじゃねぇか、どうした?」
「どーしたも、こーしたも、てめぇらがいねぇから探してたんだよ。ナタリィに聞いたぜ、こっちで酒盛りしてるってな。まさか、顔ださねぇって訳はねえだろ?」
シドが笑う。
「ちょうどいいんじゃないか、カイド。酒も飯もなくなったところだ」
ドワーフの表情がパァと明るくなった。
「そうこなくっちゃなぁ。オイラぁいつだって、宴の席じゃぁ手前ぇらの撃拳楽しみにしてるんだ。このままじゃ締まらねぇぜ!」
宴は主役不在のまま、二次会会場へと移動するようだ。
「さて、じゃあ僕は二人の前座でもつとめようかな」
酒で気が大きくなった花太郎が、撃拳の前座を申し出る。
「なんでぇ、木偶の坊もいやがったのか。サイアとよろしくやってんじゃねぇのか? え?」
ドワーフはサイアに立ったまま抱き枕にされている花太郎をみて、ニヤついていた。
花太郎はドワーフ達から”木偶の坊”と呼ばれてる。これはカイドとシドが花太郎に撃拳の稽古をつけている最中に命名された。ドワーフに比べて大きな図体をしているくせに、さして抵抗すこともできず、ポコスカポコスカと二人に投げられるから、いつしかギャラリー達から、そのあだ名がついた。
「木偶の坊が前座なんか務まるのかよ?!」
「そう言う旦那は、見守るだけの案山子かい?」
今日の花太郎は気が強い。花太郎の挑発を受けたドワーフが大笑いした。
「言ってくれるじゃねぇか、木偶の坊! 前座の相手してやらぁ、表に出ろい!」
「喜んで!」
花太郎は、しがみついているサイアの頭をポンポンと叩いた。
「サイア嬢、ちょっと行ってくるから、お留守番いいかい?」
「ィヤ。連れてって」
サイアが両腕を広げて花太郎に、抱っこを要求してきた。
道中、サイアの甘え上戸っぷりを歩きながら動画に納めていたエルフの二人が「ああ、もう容量が足りないわ!」「ちくしょう、この目に焼き付けるしかねぇのかよぉ」と言ってデジカメによる撮影を断念し、花太郎と密着するくらいの距離まで身体を近づけていた。
花太郎が、間近にいる見目麗しいペティとリズの、顔とか身体の部位とかをついつい、チラチラ見てしまい「しまった!」という表情をして、向けた視線の先には咲良がいて、もちろん視線は刺すように冷たくて、花太郎が悶えていた。喜びなのか嘆きの悶えなのかは判断できなかった。
「なんだよ、木偶の坊。強ぇじゃねぇか」
長老会の協議会施設の傍で行われた、撃拳の前座戦。花太郎はドワーフのハインツ相手に善戦し、足払いを決めて一本を先取した。
ギャラリーが沸く。
「木偶の坊やるなぁ」
「あのガタイで決め技が足払い?」
「それでも一本は一本だ。木偶の坊ー!! いいぞー!!」
「ハインツー!! 何やってんだー!!」
「次は一本やらぁ!!」
煽られたハインツがギャラリーに応える。
花太郎は着実に力をつけていた。その事実を知っているのは、僕たちとたまに座学の聴講生として授業を受けていた連中だけだ。
最近、花太郎が午後からの訓練に間が空いたときなど、聴講生のドワーフやオーク達が花太郎に撃拳を申し込む頻度が増えた。少なくとも彼らとは”いい勝負”をするようになっていたのだ。
ギャラリーが集まる時といえば、カイドとシドが花太郎に稽古をつけてる時で、規格外の実力を持った二人に無抵抗で投げ飛ばされる様子しか見ていなかったから、実力を見誤っていたのだろう。
奢りを捨て去ったハインツと花太郎の二回戦は、一回戦よりも緊迫した。
もうコイツをバカにする奴はいない。小柄なハインツが花太郎の懐に入ろうとするのを、腕の長さを武器に遠距離から阻止する。
右腕はハインツの肩口にねらいを定めて伸ばし、左腕は中段で肘を曲げて守り、掴みの構えをとった。
花太郎の視線がハインツを挑発する。
ハインツはそれを見て歯を剥き出しにして笑い、花太郎の挑発に応じた。
ギャラリーが沸く。力比べのとっ組合いだ。
歓声を聞いて、続々とギャラリーが増えてきた。きちんと前座やってるじゃん。
「ハナタさ~ん! ハナタさ~ん!」
サイアが咲良にもたれ掛かりながら、呂律の回らない声援を花太郎に送っている。
「ちょっと~、ハナザブロウかっこいいじゃぁん」
絶賛酩酊中の悠里が、僕を抱き寄せてきた。
「おっと、こんな所にハナザブロウが!」
[ちょっと、悠里]
「怒った? ねぇ怒ってる? エアっち」
[いや、そんなこと全然ないけどさぁ]
[よかったぁ。嫌われたらどうしようかと思ったよぉ。ハナザブロウと間違えてごめんね?]
僕を抱く力がいっそう強くなる。
「エアっちはエアっちだもんねぇ」
……うん、そうだね。ありがとう、悠里。
JOXAの研究では、AEWの住人が持つ進化したマナコンドリア(進化体γ)よりも、トーカーである花太郎が保有している原始体αの方が、マナのエネルギー変換効率が高いという。
これは”静かな爆発”で消失の原因となった、マナを過剰吸収した際に機能するリミッターが原始体αについていないためで、馬力だけならドワーフのハインツよりも、花太郎の方が上だった。
だからといって、それだけで勝敗が決まる訳じゃない。
とっ組合いの駆け引きは、経験にものをいわせたハインツが、鮮やかな投げ技をギャラリーに披露して、一本を取り返した。
「ガハハハハハ!! 木偶の坊を投げ飛ばすのは、なかなか気持ちのいいもんだなぁ!!」
「……クッ、言ってろよ!」
小柄なドワーフが二まわりも大きい花太郎を投げ飛ばす様は絵になる。カイドとシドに稽古をつけられている最中、弱すぎる花太郎にブーイングが巻き起こっていても、コイツが派手に投げ飛ばされる場面だけはいつも評判だった。”ヤラレ役の鑑”だった。
ブーイングはまだ一つも起きていない。ギャラリーは花太郎にさらなる熱戦を要求している。
「今に見てろよ」
花太郎は火酒をグイッと煽った。稽古で投げ飛ばされる度に「痛み止めだ」と言われて、カイド達に飲まされてたのが習慣化していたのだ。
三回戦が始まった。
それからの花太郎は……ボロボロだった。
もともとカイド宅でしこたま酒を飲んでいた花太郎。さっき飲んだ火酒の一気で、スイッチが切れてしまい。三回、四回戦は千鳥足の花太郎が今までの善戦が夢幻の如く忘れ去ってしまえるほどの醜態をさらして、あっけなく敗北した。
「ばかやろー!! ひっこめー!!」
「期待させやがって木偶の坊め! 燃えちまえー!!」
大ブーイングの嵐である。序盤の試合がよかっただけに、ギャラリーは裏切られた気分になったのだろう。
「ハナタさ~ん。 大丈夫~? 大丈夫~? しっかりしてー!」
酔っぱらったサイアがフラフラと駆け寄り、地面でノビている花太郎をペチペチと叩くさまを見て、ギャラリーが笑った。
花太郎がのっそりと半身を起こす。ハインツが近づいてきて、手を伸ばした。花太郎がそれを握って、立ち上がった。
「まぁ、いい試合だったよ、木偶の坊」
「ありがとう」
「次はシラフでやり合いてぇな」
「それは光栄だよ、是非ともお願いしたいな、案山子の旦那」
「ハンッ!」
ハインツは花太郎の減らず口を鼻で笑うと、拳で肩を小突いた。
「ハナタさぁん。歩ける?」
「まぁ、かろうじてね」
サイアと花太郎、酔っぱらった二人が肩を貸しあってよろけりながら退場する。ブーイングを飛ばしてた連中も「悪い試合じゃなかったぞ、最初だけはなぁ」「嬢ちゃんになぐさめてもらえよぉ」などとヤジを飛ばして、花太郎を労った。
惨敗で後を汚しまくった花太郎だけれど、前座の役割は十分果たした。
「よくやったな、ハナタロウ」
「たいしたもんじゃねぇか」
シドが、カイドが、花太郎を労った。
真打ちが乱雑に広げられたスペースの中心で対峙する。二人とも、今日はやけに機嫌が良い。
ギャラリーが沸いて、人がさらに集まった。
二人が拳をつき合わせ、戦いの火蓋が切って落とされた。
この日、”サイアが花太郎を介抱する”という敗北のジンクスを目の当たりにしたシドは、それを見事に吹き飛ばし、接戦の末、カイドに勝利した。
ふと見上げると、満月が僕たちを見下ろしていて、いつの間にやら大きくなったシンベエが星の海を泳いでいた。さっきから咲良の姿が見えないから、きっとシンベエの背中にでも乗っているのだろう。
僕も上昇して街を見下ろそうかと思ったけれど、悠里にがっちり締め付けられていたから、あきらめた。またの機会にしよう。
翌朝。すっかり酔いが冷めて目覚めた悠里は、みんなの前で僕に酒を口移ししたことを思い出し、羞恥心で悶え続け、朝のラジオ体操を欠席した。
昨夜は騒がしかったな。……いつもどおりか。
次話より新章突入します。
次回は4月26日投稿予定です。




