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第82話 君が、その手を伸ばして掴んだ世界

「帰って来たか、ハナタロウ!」

「大した土産を用意してくれたな」

「ただいまカイド、シド」


 住人たちが散会する中で花太郎たちを見つけた二人が駆け寄ってきた。


「知らねえ酒だな」

「ラム酒だよ」

 カイドが二ダースある酒の一本をケースからとって眺めていた。


「字が読めねえな」

「キャプテン・モルガンね。甘い酒だよ」

「”かくてる”じゃねえのか? あれは酔えねぇぞ」


 カイドはアルコール濃度を心配しているようだけど、「問題ないよ」と花太郎は伝えた。


「久しぶり、おっちゃん」

「おお! 咲良か!」

「随分長かったな」


 咲良は二人のドワーフと再会を分かちあっていた。

「咲良。今晩はうちに来い。宴だ」

 カイドが言った。


「オレ、酒飲めない年だけど?」

「構わねえ、大事な話もある。花太郎、酒はうちに持ってくぜ。今日はナタリィに豪華な飯を拵えてもらうからな」


 カイドがラム酒を一ケースを抱えたので、花太郎が、もう一つを持とうとすると、「俺が持っていこう、ハナタロウはゆっくり休め」と、シドが止めた。二人はカイド宅にケースを置いた後、そのまま仕事に行くといって、悠里たちに挨拶して、去っていった。


 カイドの言っていた大事な話ってなんだろうな。


 二人が去った後、魔法関係者たちがワラワラとアキラの元にやってきて、ちょっとした騒ぎになった。アキラが結界にかけた幻影魔法を解除する様を見届けたいらしい。ユリハもいた。


「お帰りなさい」

 各々がユリハに「ただいま」と声をかける。サイアはユリハの今日の朝ご飯を渡していた。

 

 アキラが魔法関係者たちの前でグ~っと大きく腕を伸ばす。

「仕方あらへんな。俺はもう一仕事してくるわ。ハナ達は休んでおけよ」

「すまんな、アキラ」

「あんがとね、アキノシン」

「次は五秒で解除したるわ」

 魔法関係者達とユリハは、神殿広場へ向かうアキラを先頭にして、ゾロゾロと去っていった。


「支部に荷物を届けるかな。ターさんは帰って休んでくださいね」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきますかな」

「ありがとうございました」

「ほほほほほ、楽しい休暇でしたよ」

 ターさんは社宅へと入っていく。サイアは開店準備のため、ナタリィさんのお店に向かった。


 僕たちはJOXA本部から運ばれてきた資材を僕以外の三人が分担してもっていき、支部長に挨拶した。


「アズラ、待ってるかな」

[だろうね。鼻がいいからさ、アズラは]

 支部を出て僕たちは園庭の清水流れるアズラのお気に入りのスポットを眺めた。

「アズアズかわいいなぁ。首を長くしてるじゃぁないか」

 アズラが待ちわびている様子をみて、悠里が笑う。お土産を抱えた花太郎に咲良と咲良に抱っこされたシンベエ、悠里が追随する。


「アズラ! ただいま!」

「お帰り。咲良もようやく帰ってきたね」

「ああ、今回は成果が期待できそうだよ」

「そうかい」

「アズアズ~、さっきからハナザブロウの紙袋に視線が釘付けじゃないか!」

「甘い匂いがするからね」

「全く、アズラというやつは、甘いものには目がないのだな」

「なにおう! シンベエ、貴様が言うかぁ!」

 悠里は咲良に抱えられて露わになったシンベエのお腹をツンツンしだした。

「待たせたね、アズラ。これは僕と、エア太郎からのお土産だ。洋菓子を見繕う約束は果たしたよ」


 ……見繕うのはお店のネーチャンがやってくれたんだけどね。


「随分待ったよ、ハナタロウ、エア太郎。一六年も待ったんだ」

「……うん」

「全く、一六年など大した時間ではないだろう?」

「うりうり~」

「よ、よせ、カガリ」

「そこまで突っかかってくるんだから、どうせシンベエもアズアズのお土産食べたいんだろう?」


「……うむ」

 悠里は「素直だな~ かわいいなぁ、シンベエたん」と言いながらピアノを弾くような指使いで、シンベエのお腹を十本の指でつつきだした。


「はやいとこ、食べたいね」

 アズラが青白く輝きだして、手のひらサイズまで小さくなった。

「食い意地張ってるなぁ~。かわいいなぁ、アズアズ~」


 ピョンっと肩に乗っかったアズラに悠里が頬ずりをする。

 そして、悠里は僕に近づいて、僕と肩にいるアズラにしか聞こえないような声でささやいた。


「うちで食べないかって、誘ってみるよ。咲リン、アタシの部屋ならくるかもしれないし」

 ありがとう、悠里。


「さてさて、アズアズ、せっかくもらったお土産だけど、アタシにも食べる権利はあるのかな?」

「みんなで食べた方がうまいからね」

「ハナザブロウ、エアっちもよろしおま?」

 僕はうなずく。花太郎も「そのために多く買ったんだ」と言って承諾した。


「咲リンもうちにくるかえ?」

「……オレはいい」

「そかそか」

 僕たちは社宅へと歩みを進めた。咲良は、社宅の三階に住んでいるらしい。


「シンベエ」

 扉の前までゆくと咲良が声をかけた。


「なんだ?」

「後で部屋に来て。乗せてほしい」

「わかった」

 そして咲良は階段を登っていった。


 ……君は今でも空が好きなんだね。


 シンベエも手のひらサイズになって、悠里の部屋の四角いガラス製のちゃぶ台にピョコンと乗って、アズラと並んだ。


 ちゃぶ台の上に広がるお菓子の山をみて、目をキラキラ(ギラギラの方が的確かも)させている。

「いただくよ、ハナタロウ」

「いただこう」

 アズラは洋菓子、シンベエはカリントウとふ菓子をシェアしあう、という取引を交わし、二匹の伝説の生き物は「バリバリ」「はむはむ」と補食をはじめた。


「ハナタロウ達は食べないのかい?」

 アズラがもごもごと口を動かしながら、問うた。

「なんか、二人みてるだけで、胸がいっぱいになるよ」

「そうかい」

「全く人間というものは、不思議な生き物だな」

「なにおう! シンベエ。お口周りにお弁当つけながら生意気なやつめ! うりうり~ 威厳もへったくれもないぞぉ」


「やめろ! カガリ!」

 シンベエが本気で嫌がっていた。今はモフられるよりもお菓子の方が大事らしい。

「っち、愛らしいやつめ」

 

 ノックが聞こえて、悠里が玄関のドアを開けた。

「おねえさま!」

「アネゴ!」


 リズ&ペティ、登場。今日のリズの残念Tシャツは”サムライVSニンジャ”だった。なんか外国人受けしそうなオーソドックスなデザインで、ひねりがないな、って思った。


 長身の三人が抱き合って、「おねえさま、おねえさまぁ」「アネゴ~」「お~ヨシヨシ」と過剰なスキンシップをしている。


 ひとしきり挨拶が終わった後、二人も部屋に入ってきて歓談した。

「二人にお土産があるのだぞ」

 悠里が取り出したのは、旧地球で安価に普及しているチョコレートでできたキノコ傘にビスケットの柄を刺したお菓子だった。悠里はずっと宇宙ステーションにいたというから、JOXA本部の職員に頼んだのだろう。


 二人のエルフが目をキラキラさせる

「まあ、可愛らしい」

「傘の形が一つ一つちょっとだけ違うんだな」

「諸行無常のきのこの魅力を再現してますね」

 ……製造工場の方々はそこまで考えてないんじゃないかな。


「チョコレートだね」

 アズラが反応した。やだ、この竜かわいい。

「どれどれ、お姉さんがアズアズにあ~んしてあげよう」

 悠里がキノコ型のチョコレートをアズラに「あ~ん」で食べさせると「アタイも!」「ワタクシも!」とエルフの二人が悠里に「あ~ん」を要求してた。花太郎はシンベエに「あ~ん」してた。


 朝食抜きのお菓子パーティーは、ペティとリズの参戦もあって、小一時間ほどで、残すところあと一種類だけとなった。


 花太郎がビリビリと包みを破いて、箱のフタを開ける。

「……あの時と同じ奴だね」

「あの時より、数は二倍以上あるけれど?」


 アズラはマドレーヌの一個を両手で抱えると、彼女が僕のアパートを訪ねてきたときと同じように口いっぱいにマドレーヌを頬張って、はむはむと頬を膨らませながらおいしそうに食べ始めた。


「あたしゃ、これが一番好きみたいだよ」

「おぼえておくよ」

 花太郎が笑う。シンベエもおいしそうにマドレーヌを食べだした。悠里も二人のエルフもそれに続いた。


「香夜とも、もう一度こうして食べたいね」

 アズラが頬を膨らませながらつぶやいた。

「そうだね」

 花太郎が同意した。


「エアっちは後でね」

 悠里が僕にささやいて、マドレーヌを一個ポケットにしまった。……後で「あ~ん」してくれるんだと思う、今やると恥ずかしいんだろう、悠里は。


「俺はそろそろ、咲良のところへ行く」

 悠里たちがきのこドキュメンタリーシリーズで今日は何を観ようか相談し、アズラがさっきまで、寝てただろうに、また眠たそうにまどろんでいた。


 少量の花太郎血液ブラッドはすでに蒸発していて、僕の姿は見えなくなっていた。

「お、いってらっしゃ~い」

「うむ」


 シンベエが人間サイズになると、自ら扉を開けて、部屋を出ていった。

「……ちょっとだけ、観てこようかな」


 花太郎がつぶやいた。僕も同じことを考えていた。

 花太郎が僕の方を向いた。知覚できていても、姿は見えないはずだ。


「ハナザブロウ。エアっちね、君と同じ表情しているよ」

 シャーレを取り出した花太郎に向かって悠里が言った。僕の伝えたかったことを代弁してくれた。


 ……理由はわからないけれど、今は一人で、咲良が飛び立つところを見てみたい。


「咲リンね、屋上から飛ぶと思うよ」


「エア太郎、僕は、玄関からバレないように眺めるよ」

「エアっちが”わかった”だって」

「今だけ、お前がうらやましいな」

 そう言いながら花太郎は玄関の扉を開けた。


 僕は窓からすり抜けて、社宅の屋上へと向かった。


 埼玉県の山奥から、つくばのカリントウまで僕が背に乗って道案内した時の大きさになって、シンベエは屋上で大きく翼を広げた。


「よろしくな! シンベエ」

「うむ」

 シンベエが首を屈めることなく、手慣れた足取りで咲良はシンベエに飛び乗った。


 僕や花太郎の前では決して見せなかった咲良のはっちゃけた笑顔が、まぶしかった。本当に。


「いくぞ」

「おー!」

 シンベエは翼を閉じて、高く翔び上がり、青い鱗が空にとけ込みそうなほど小さくなる。翼を広げて進んでいくのがかろうじてわかった。


 ゆっくりと旋回しながら、シンベエと咲良は遠くへ離れていく、空中神殿の方角だ。



 君は外に出てボールで遊ぶのが好きだったね。

 だけど君は、空の方がもっと好きだった。


 さんざん地面に叩きつけて弾ませて、笑顔ではしゃいでいた君が、空に飛行機雲を見つけた途端、ボールをほっぽりだして、飛行機雲に向かって手を伸ばしたんだ。

 そこに笑顔はなかった。「どうしても掴みたいんだ」って必死に手を伸ばしていた事を思い出したよ。


 僕は君が大好きな「たかいたかい」をしたけれど、君はずっと飛行機雲から目を離さなかった。


 だから僕は、めいいっぱい背伸びして、腕を伸ばして、君を高く持ち上げた「お空に届くといいね」って言いながら。

 それでも、とうとう飛行機雲に届かなかった君は泣き出したんだ。僕と美音は泣いてる君をあやした。


 泣いてる君を美音が抱き上げると、僕はほったらかしにされたボールを拾って目の前にちらつかせたんだ。


 君の瞳にボールが映った瞬間、僕はボールを高く放り投げた。

 ボールは風に飛ばされて、美音は落下地点の真下まで、君を抱えたまま駆け足で移動した。

 君はボールに手を伸ばしていたけれど、掴めなくて、落ちてくるボールは君の額に「ポテン」とあたったんだ。


 そして君は笑った。それを見て僕と美音も笑った。


 笑ったあと、また手を伸ばしたんだ、空へと。

 君が疲れて眠るまで、君のお母さんは何度も小走りしたし、僕は何度もボールを投げた。


 美音と、養父……君のお父さんと、シンベエに感謝しなければ。

 まっすぐ育った君の伸ばしたその手が、空に届いたのだから。


 僕の世界に、君の人生ほど価値のあるものは存在しない。だから、こんなにうれしいことはないよ。




 ……やべぇ、ちょっと親バカこじらせちまった。

 ……花太郎は泣いてやがるな。僕の体が見えてきてるぞ。

 



キャラクターソング 池宮 咲良

『THE BEATING OF BLUE SKY』


甘田花太郎のポエム・あ~んど・ソング集に投稿します

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