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第81話 甘田花太郎より、咲良への自己紹介

 アズラが清水の定位置で眠そうな表情で尻尾だけパタつかせてラジオ体操に参加している。僕たちを見つけると、のそりと立ち上がって手を振ってきた。


 みんなが手を振り返す。花太郎はお土産で両手が塞がっていたので、頭を振っていた。


 サイアが、社宅の傍でラジオ体操に参加しているのを見つけた。声をかけようか迷った花太郎達だったけれど、サイアが花太郎達を見つけて、彼女は頬を赤く喜びに打ち震えるような声で「おかえりなさい」と花太郎に声をかけた。


「ただいま、サイア嬢」

「ねぇねぇ、サイっちゃん。アタシ達には”おかえりなさい”言ってくれないの?」

「え? え、え。い、今のはみんなに言ったんだよ」

「ほほほほほ、ういですなぁ」

 サイアは咲良とも面識があり、年も近いからか仲がよさそうだ。咲良の方が年上だけれど、対等なつきあいをしているように見えた。


 花太郎たちは、大音量で流れるラジオ体操の音楽を聴きながら、サイアから現況を聞いた。

 ラジオ体操は、リッケンブロウムの恒例行事になっていた。


 アキラの日課につき合っていた魔法研究者達が、アキラが旧地球に行っても「結界にかけられた幻影魔法を解除するまでは」と、この街に滞在した二日間、ラジオ体操をやろうとしたけれど、ラジカセがアキラの自宅にあるため、音楽を流せず難儀していたところを、JOXAの支部長が気を利かせて、放送用のスピーカーから流したのが発端だそうだ。


 その音楽を聞いた付近の住人が「何事か」とワラワラと集まりだし、苦情がくるかと思いきや、連日体操に参加していたシドから「これをやると、朝から調子がよくなる」と聞いたドワーフ連中が「俺も私も」とこぞって体操に参加したのが、AEW時間で昨日の出来事だったらしい。


 今日は大人達よりも、子供達の方が多く参加していて、小さい子は眠そうにまどろんでいるアズラと戯れ、ちょっとおませなお年頃のこども達は、ラジオ体操を”異国の踊り”と認識し、振り付けも簡単なことから、いかに美しく体操できているか競いあい、互いを高めあっていた。


 住人からの進言もあって、JOXAの放送設備を使ったラジオ体操は今後も続けるらしい。空気男アキラはラジオ体操をリッケンブロウムに広めた立役者となった。


 魔法研究者たちが故郷に帰ってもこの習慣を続けるため、楽器を扱える者や、吟遊詩人と思しき出で立ちをした連中がラジオ体操を”耳コピ”している様子をみて、「帰ってきたんだな」って感情よりも「知らない土地にきたんだな」みたいな思いの方が強かったけれど、それでもやっぱり、この雑多な感じがリッケンブロウムのノリらしく思えて、胸に染みた。


 「ラジオ体操第一」が終わる。各々が仕事に戻るため解散しようとすると、JOXA支部長(太め体型の男性)が自ら高台の上に乗って「ラジオ体操第二」をみんなに指導し始めた。


 「なんだ? この踊りには続きがあるのか」と魔法関係者と、リッケンブロウムの住人のほとんどがその場に残り、音楽に合わせて指導を受けていた。 


 「サイア嬢。今、ちょっとだけ、血を抜いてくれないかな」

 指導を受けている連中の中にカイドとシドの姿を見つけると、花太郎はサイアにお願いした。


「え?」

「お土産渡したくてさ、二人で。下手に出血させて、お土産汚しちゃのはなぁ、って思ってさ。いいかな?」

「うん、わかった」

 サイアが急ぎ足で自宅の扉を開けて室内へ入っていく。僕と花太郎はそれに追随した。


「あの、ちょ、ちょっと着替えるから、待ってて」

「いや、別にナース服は着なくていいから」

「え?」

 ユリハや悠里から”これは採血時の衛生管理に欠かせない仕事着だ”と教え込まれたサイアが、ナース服に着替えようとして花太郎がこれを止めた。


「ハナタさん。頭の、どうしたの?」

 さっきからサイアは花太郎のこめかみに張り付けられたガーゼが気になっていたようだ。


「ん? ちょっといろいろあってね。自業自得なんだけどさ」

 サイアは何かを察したのか、沈黙が訪れた。

「……これ、先に治してくれないかな」

「うん」


 花太郎がガーゼを剥がしてサイアに見せると、サイアは花太郎の頭を両手で押さえて治癒魔法を詠唱した。

「ありがとう」

「ううん」

 サイアが注射器を取り出して、花太郎の手を叩き、血管を浮き立たせる。


「ねぇ、サイア」

「ふぇ!! え、な、ななに?」

「あぇ!」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 サイアが針を深々と刺し違えて、花太郎が痛い目にあってた。

 僕の為に血を抜いてくれてるから強くは言えないけどさ、花太郎。いきなり”サイア嬢”の”嬢”をとったらそうなるのは目に見えてたでしょ。


「だ、大丈夫。目的は果たせたから」

 サイアが治癒魔法ヒールをかけようとしたところで花太郎がそれを止め、でてきた血液を、シャーレに移した。


「よ、エア太郎」

[気を使わせてすまんね]

 僕の姿が見え始めた。

「おかえりなさい、エア太郎さん」

[ただいま、サイア]

 僕はゆっくりと口パクで挨拶した。簡単な日本語ならわかるから、伝わっただろう。僕が「サイア」と口パクで呼んでも全く取り乱さないし、僕のことは”エアタさん”じゃなくて”エア太郎さん”と呼ぶんだサイアは。……それがちょっとうれしかったりする。顔は花太郎と全く同じなのにさ。


「改めてさ、サイア嬢。ちょっと聞きたいんだ」

「何?」

「……サイア嬢から見て、咲良ってさ、どんななの?」

 さっき花太郎が”嬢”を付け忘れたのは、咲良のことが気になって、イッパイイッパイだったんだ。


「……優しくて、まっすぐで、恥ずかしがり屋さんかな」

 花太郎は笑った。「君みたいだね」と。サイアは「ち、違うもん!」と赤面した。僕も笑った。


 三人で社宅の前までもどった。

「お、お目見えやな」

 アキラが僕を見て軽口を叩いてきたので、手を振った。

 悠里が僕の姿を見て笑ってた。タキシード姿で正装していたから。


 咲良と目があった。


「エア太郎」

[大丈夫、自分でやるよ]

 僕が咲良に何か伝えようとしたことを察した花太郎が、声をかけてくれたけど、断った。  

 さっき思いついたことがあるんだ。


 衣服や日用雑貨の中で、昔から扱い慣れていてイメージしやすいものを、僕は自分の一部を使って顕現することができる。この間はニモ先生の所でボールペンを出せたし、悠里との任務では、ドアみたいな大きなものまで顕現できた。


 もちろん、これらは僕の身体の一部分が形を変えているだけだから、マナに敏感に反応する”共鳴石”か、他次元干渉できる悠里くらいしかさわれないし、僕の身体から離れた時点で消えてしまう。


 ボールペンだって書けるわけじゃないから、羽ペンみたいに共鳴石を混ぜたインクにペン先を付けて筆談していた。


 ……僕が顕現させたボールペン単体じゃ、紙にインクを走らせることができないならば、紙も一緒に顕現させてしまえばいいんじゃないか? さっき思いついたことは、これだった。


 コンビニで売っている安価なボールペンと、日記を付けている大学ノート(色はピンク)をイメージする。


 二つとも無事に出てきた。


「ああ、その手があったか。うまくいきそうだね」

 悠里が関心してくれたので、僕はちょっといい気になった。


 咲良の切れ長の目が、少し見開いた。僕はノートを開いてペンを走らせる。空中で書くとノートがたわんで書きにくい。僕はノートを消して、手のひらサイズの堅い表紙のメモ帳を意識し、顕現させると、再びペンを走らせた。咲良以外のみんなから笑われた。


「エアっちはね、普段はハナザブロウしか声が聞こえないんだ」

 僕が書いている間、悠里が間をつないでくれた。


「エアっちの肺に空気を送り込めば、ちょっとだけ声も聞けるんだけどねぇ」

「空気?」

 咲良の表情に”?”マークが浮かぶ。始めてみる表情なので思わず”かわいいなぁ”と見入ってしまった。悠里は僕をちょっと焦らせたくて、僕たちにしかわからない恥ずかしい事(空気を肺に送り込む方法)を言ったのだけど、僕の反応が薄くて「っち、失敗したか~」みたいな表情をしてた。


「カガリさん、空気送り込むってどうするんや?! ……まさかー」

「はい、そこまで~、アキノシンが考えていることは間違ってるぞ?」


 アキラは素っ頓狂なことをよくするけれど、バカではない。アキラが正解を言う前に、悠里がアキラのほっぺたをペチペチと叩いて黙らせた。恥ずかしい思いをしたのは悠里だった。自分が肉体強化されていることを失念して常人のアキラの頬を叩いたものだから、アキラの被ったダメージは大きそうだ。


 アキラが何を言おうとしたのかターさんだけがわかったらしく、ちょっと頬を上気させながら「たまりませんなぁ」とつぶやいたので、悠里がデコピンしてた。シンベエが「全く人間とはー」と言い出して、悠里に”暗黙のモフり”を要求してきた。


 悠里がモフるかと思いきや、咲良がヒョイ、とシンベエを持ち上げて”ぎゅっ”と抱きしめた。

 ……咲良、かわいいね咲良。君の頬っぺたにぬいぐるみのウサちゃんのお口をあてがって「チュウ」したの思い出したよ。ウサちゃんの肌触りにハマった君は、しばらくの間、ウサちゃんを自分で持って”チュウ”させてたね。カイドが預かってくれていたスマホに動画いれてたんだけどさ、データが壊れてるっぽいんだよね。JOXAで復元できないものだろうか。


 ……実はもう、ノートに伝言は書き終わってたのだけど、ちょっとしたドタバタになって、見せるタイミングを逃してしまった。


 僕はフヨフヨ浮いていたけれど、一応地に足をつけたつもりになって、咲良の前に立った。

「……なんだよ」


 僕は咲良に軽く会釈して、メモ帳の一ページ目を見せた。


【あらためまして、挨拶をさせていただきます。 甘田花太郎です。実体がある方の花太郎と区別するために、”エア太郎”と名乗ってます。JOXAのAEW現地職員として雇用されてます。どうぞよろしく】

「……汚ぇ字」


 それでも咲良は、最後まで読んでくれた。

「……池宮いけみや咲良さくら。よろしく」


 二ページ目を開く。


【僕の身体や能力については、ユリハが詳しく教えてくれると思うので、手短に。僕は普段、一部の例外をのぞいて、誰からも見つけられません。初めてあなたとお会いしたときのように、僕は花太郎の血液を使うことで、誰からも観測できるようになります。物体にしっかりと触れることも、できません。それでも、握手してもらえますか?】


 咲良が読み終えるタイミングを見計らって、僕は自分の右手を差し出した。


 ……咲良は答えてくれた。


 ありがとう、咲良……さん。僕は口パクで、彼女に礼を述べた。


 そして、三ページ目を開いた。……三ページ目には、ちょっと踏み込んだ内容を書いた。僕のエゴを果たす為に。ごめんね。


【今度、あなたのご両親の話を聞かせてください】


 読み終えた咲良は、何の感情も読みとれないような平坦な口調で答えた。


「あんたに教える義理はないよ。空気のオッサン」


 ……ありがとう、咲良。きちんと答えてくれて。ごめん。でも、これで納得できた。


「甘田花太郎です。よろしく」

 花太郎が僕の挨拶に便乗して、咲良に挨拶し、二人は握手を交わした。


 JOXA支部長のラジオ体操第二の指導が終わり、音楽が流れ始めた。

 ただ漫然と眺めているのも暇だったので、僕たちもラジオ体操に参加した。


 ラジオ体操が終わると、みんな、バラバラと仕事に出かけていく。僕たちを見つけて挨拶する顔なじみの連中もいた。


 遠くでは、アズラがのそりと起き上がり、お尻をピョコンと上につきだして、”く~”と、背中を伸ばしていた。


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