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第71話 帰還、三億年くらい前の地球へ

 今回、ワームホール”さくら”をくぐるメンバーは、僕を入れて六人だ。


 僕、悠里、花太郎、アキラ、シンベエ、そしてターさんこと、田高ただか康守やすもりさん。


 少しでも早く、僕とアキラを故郷の伊豆大島に送り届けてくれるよう、シンベエが運んでくれることになった。シンベエなら、離陸、着地がどこでも可能だからだ。ターさんは僕達が滞在している間、シンベエと一緒に大島の宿に待機してくれる。


 ターさんはJOXAを定年退職して、再雇用を受け、本人の希望でAEWに配属となり社宅の三階に住んでいる。奥さんを早くに亡くしたターさんは今、リッケンブロウムに家を建てている最中で、こっちに永住するつもりらしい。


 AEWのJOXA職員はリスナーでない限り、複数の言語を修得しなければならないため、若者が多い。その中で、ターさんだけがお爺さんだ。悠里とも古い仲で、支部内では彼と支部局長とユリハだけがJOXAの人間として”静かな爆発”を目の当たりにし、事後処理に奔走した経験がある。


 そして、…………下ネタを嗜む。


 ターさんは、宇宙理論について、何度か座学で講師を担当してくれていた。

「甘田さん。無重力空間に滞在できる時間は最長で四年が限度だと言われています。どうしてだと思いますか?」

「……カルシウムや筋力が衰えるからですか?」

「それもあります。けれど、ある一定の期間を過ぎると、骨からカルシウムが抜ける量が穏やかになってくる。筋力トレもかかさず行っていれば、決定的な理由にはならない。他に何か思いつくものはありますかな」

「……精神衛生的な部分ですか」

「そのとおりです。今でこそ、宇宙エレベーターで簡単に地上を行き来できるようになってから問題は軽減されてはいますが、狭い宇宙ステーション内で男性ばかりが集まると、争いが生まれやすくなるというのが、一昔前から問題視されていたんですよ。だから、宇宙飛行士は男性の比率が多いけれど、必ずメンバーに女性をいれていたんですね」


「なるほど」


「それとも関係していますが。実は四年が限界というのはね……肉欲的な問題なんですよ」

「あ、……ああ。確かに、プライベートな空間は、宇宙ステーションになさそうですもんね」


「いや、そうではないのです。たとえ個室が与えられていても、カップルで宇宙に行ったとしても、四年が限度だと言われているのです」

「え? どうしてですか?」


「……ほほほほほほ。やはりねぇ”重さがある”って大事なんですよ。行為を楽しむ為には」

「はぁ……」


「これは、NOSAの方で、実験をしようか議論されたことはあります。しかし”危険だ!”という声が強くて、未だ行っておりません。だから、この話は、別に甘田さんに教えなくてもよかったんですよ。すいません、ノート、細かくとってくれてるようで」

「あ、いえ、別に、すごく為になっているんでいいんですけど。どうして、そのお話をしてくれたんですか?」

「……甘田さんは話せる方だと思ったもので、ついね。ほほほほほほほ」


 ……こんなことがありました。ターさんはむっつりタイプのスケベなようです。姿形は総白髪のジェントルメンです。品のある出で立ちで、気さくに話す人なので人望は厚く、支部では最古参の職員として、信頼されてます。


 今回、彼が抜擢されたのは、JOXA支部内で唯一竜族の言語をマスターしているから、とのこと。竜族の言語は人の舌での発音が困難な代物らしく、しかも老齢であるターさんがそれを修得していることに驚いた。


「舌はよく動く方がいいですからね」

「え?」


「話し上手に越したことはないでしょう」

「あ、ああ、そういうことですね」


 ターさんは下品な話を振るときも上品に振る舞うので、花太郎はいつも対応にタイムラグを起こしてしまう。


「トークができなければ、ベッドインにもありつけないでしょう?」

 ターさんは三段落ちの下ネタトークが大好きだ。


「ターさん、シンベエよろしくお願いします」

「よろしゅうな、ターさん、シンベエ」


 花太郎とアキラが挨拶をする。


「任せておけ」

「いえいえ、自分も楽しみですよ。伊豆大島でゆっくりさせてもらいます」

「はい、是非!」

「ところで、伊豆大島に有名な観光スポットはありますかな?」


 ……ごめんなさい、ターさん。ないんです。


 いや、一個あるか。


「み、み、三原山。三原山の噴火口はすごい迫力ですよ」

 そうだよな、花太郎、それくらいしかないよな。


「ああ、衛星写真でみた記憶がありますね。是非間近で見させてもらいましょう」

 一泊二日の滞在で本当によかった。他に観光できる場所が、ロクにない。


 僕達が石階段を昇り始めると、遠くにいた人だかりが左右に分かれて道ができた。


 道の真ん中を闊歩してこちらに向かってくるのは、カイドとシドだ。


 花太郎の目前に来る頃には、カイドパーティーの面々、カイド、シド、ユリハ、アズラ、サイアが集まった。ペティとリズ、ナタリィさんとニモ先生はシンベエを抱っこした悠里と話し込んでいる。

 

「今日の試合はどうだった?」

 花太郎が笑顔で尋ねる。カイドがニカニカと答える。

「ちょうど四回戦が終わったところだぜ」

「二勝二敗、次で決着だ」

 盛大な投げ合いを行ったらしく、カイドもシドも、衣服がかなり汚れてた。


「すまないね、真剣勝負の真っ最中に」

「なに言ってやがる!」

 カイドが花太郎を小突いた。花太郎がよろける。


「ハナタロウよ。俺は、お前がずっとアッチに帰ったままでもいいと思ってるぜ。時たま、コッチに顔出してくれりゃぁよ」

「なに言ってんの!」

 今度は花太郎がカイドを小突いた。カイドはビクともしなかった。


「すぐに戻ってくる。香夜さん救出に僕だけ身体を張らない訳には行かないよ。娘だってコッチで働いているんだからさ。ここで逃げたら、かっこわるいでしょ?」

「……ちげぇねぇ」

「二人とも、おみやげ何がいい?」

「上等な酒を頼むぜ」

「俺もだ」


「聞くまでもなかったね。持てるだけもってくる」

「「任せたぞ」」

「引き受けた!」


 二人のドワーフの激に花太郎はわざとらしくファイティングポーズをとると、人間サイズのアズラの方を向いた。


「……やっと約束が果たせそうだね。アズラ、アッチでおいしい洋菓子を見繕ってくるよ」

「たのんだよ」

「なんか注文ある?」

「甘くて美味しければなんでもいいよ」

 花太郎は笑いながら了解した。


 それを見てユリハが笑う。


「ちょっと残念だったわね、サイア」

「なにが?」

「花太郎、アズラの洋菓子を見繕うために、JOXAにカタログ取り寄せてもらうか、サイアにお願いして一緒に拵えてもらうか、迷ってたのよ」


 サイア、赤面。

「サイア嬢。お土産何がいい?」

「え、あ、え、え……」

「サイアちゃん可愛いんだ~?」

 ユリハが囃しているのを横目に、サイアが呼吸を整えると、花太郎をまっすぐ見つめた。


「……帰って、来てください」


「……うん。行ってきます」


 初めて、サイアが花太郎に”わがまま”のような利己的な望みを要求した気がする(アルコール摂取時を除く)。ユリハは少し目を見開いて、ナタリィさんも遠目からその様子をみて、二人は顔を見合わせて笑った。


[悠里。ペティにお願いしてもらってもいいかな]

「およ? ああ、そうだったね。ペティちゃん、ペティちゃん。ちょっとお願いたのまれても、よろしおま?」

「何すか? アネゴ」

「ペティだけずるいです。ワタクシにも言いつけてください」

「ん、リズはまた今度ね」

「そんなぁ」

 悠里は”エアっちボール”を取り出した。この中に入っている花太郎血液ブラッドゼリーを間接的に熱して、蒸発させてもらう。


「ペティでなくても、火の魔法なら、ワタクシだって!」

 なんか、譲れないものがあるのだろうか、エアっちボールを右手でふんだくったリズが、左手を容器の底にかざして詠唱を始めると、手の平から炎が出現した。……理科の実験で使うアルコールランプ以上、ガスバーナー未満の火力だった。


「熱っ! 熱っ! 熱いですわ!!」

 そりゃそうだ、直に持ってるんだから。

「よせよ、リズ。やけどしちまうぜ」

「で、でも」


 ペティはリズからエアっちボールを取り上げると、彼女の手のひらを観察した。ペティは熱に対する”耐性魔法”という魔法が使えるらしく、熱がる様子はない。


「いわんこっちゃない。水膨れができてるぜリズ。きれいな肌が台無しだ。耐性魔法使えないくせに無理しやがって」

「ペティ……」

「今、なおしてやるからな」

 ペティはリズの手のひらをなめ始めた。いや、そこは治癒魔法ヒールでいいんじゃないか?


 なんか、すごく、こう、妖艶な舌使いだった。近くでターさんも上品にガン見してた。


 ペティが舌を這わせる度にリズが「う……あ……」と艶めかしい声を漏らす。……ターさんの顔が赤く上気してきた。年甲斐がないよ、ターさん。


 僕はこの辺から気づいた。よくみると、リズの指、水ぶくれなんて、できちゃいない。

「はいはいはい~。二人ともよくできました~」


 悠里からストップがかかる。

「うむうむ。効果は今一つだったか」

「ちぇ、エア太郎の野生の心がみたかったぜ」

「次はもっとがんばります!」

 僕をドギマギさせるための茶番劇でした。


「ターさんは、ご満悦のようだね」

 悠里がそういうと、ターさんは「良きものを見物させていただきました」と言って「ほほほ」と笑った。


「全く、人というやつは……」

「人という奴は? の先は何かね? シンベエ君。君は今、ただアタシにモフモフしてもらいたいが為だけに発言したんだろう?」


「そんなことはない」

「そかそか、ならモフるまい」

「………………ふむ」

 結局シンベエはモフられてた。ニモ先生から「シンベエ殿はあれですか。あちらで言うところの、ツンデレですかな」と問うてきたので、僕はジェスチャーでそれを否定した。


「ほな、ぼちぼち行くで!」

 話し相手がいなくて気まずい思いをしていたかわいそうなアキラが急かしてきた。


「とっとと焼くか」

 言いながらペティは手のひらに置いたエアッちボールの中身を、炎も出現させずに熱だけで蒸発させた。僕は僕の体が悠里以外の誰からも見えなくなるまで、「行ってきます」と言いながら、みんなに手を振り続けた。


 魔法研究者やリッケンブロウムの住人たちもこっちを見ている。


 カイドが手を挙げると、ドワーフ連中が肩を組み始めた。好き勝手に流れていた演奏が止まって、一つの旋律を奏で始めた。


 メロディを聞いて、ドワーフだけでなく多種族の連中も肩を組み始めた。外部から訪れた魔法関係者たちもその様子をみて、模倣した。


 歌が聞こえる。かつてドワーフが一つところに止まらぬ流浪の民だった頃、集落に残ったドワーフたちが、旅立つ仲間たちに送った歌だ。カイドが酔っぱらうと、時々口ずさんでいた歌だった。


友の門出を 歌で送ろう

手みやげは 富を所望しよう

富とは 宝石

富とは 魔石 地位 名誉

富がないなら 追い返そう

火酒をのませて ケツを叩くぞ

稼いでくるまで 帰ってくるな

友の門出だ 歌で送ろう


 単調なリズムで、同じ歌詞をずっと繰り返す。門出の友が見えなくなるまで。


 花太郎たちは、石階段を昇るともう一度広場を振り返り、住人たちに手を振った。そして、地上神殿の奥へと消えていった。


 歌は花太郎たちが見えなくなってもずっと続いていた。

 僕は地上神殿の奥へは進まなかった。もう一人挨拶したい奴がいるから。


 僕は上昇した。悠里には一応伝えてるけど、みんなを待たせることになるから、ちょっと急ごう。


 グングングングン加速する。いつもの場所に到達すると、僕はこいつに、日課の頭突きをお見舞いする。


[空中神殿カリントウ! 打ち破ったりぃ!!]


 いつも夕日を一緒に眺めている馴染みの友が、僕に手が見えていれば、届きそうな場所にいた。


[夕方にばかり襲来していたから、今日はちょっと油断してしまったのかね? カリントウ君よ。ここは通らせてもらうよ]


 僕は白亜の城の壁を抜けて、奥へと進んだ。初めて入る場所だったけれど、感覚を研ぎすますと、花太郎の居場所がわかったから、その気配を頼りに進んだ。


 ワームホール”さくら”は、どこをどう見てもワームホールだった。地上神殿とココをつなぐワームホールや、アルターホールと見た目は全く一緒で、でも、この先が三億年前の地球につながっている。


「エアっち来たよ」

「な~にだらだらしとったんや。危うく酸欠になるとこやで~」


 アキラとターさんは酸素マスクをつけていた。アキラは僕の方を向いて毒を吐いたつもりのようだけど、明後日の方角に向かって声をかけていて、悠里と僕は、笑った。

「いくか、エア太郎」

[応!]


 一番最初にアキラが突入したあと、次は僕と花太郎の番だった。花太郎は僕の姿が見えてないし、何を言っても聞こえていない状況だったけれど、それでも僕に声をかけていた。


「ゆっくりと、”せーの”でいくぞ?」

[応!]

「抜け駆けするなよ。遅れもとるなよ」

[応!]

「わかってるのか?」

[わかってるよ!]


 後ろには悠里がいたけれど、花太郎には僕の反応をわざと伝えずに、状況をたのしんでいた。


「いくぞ、エア太郎」

[応っ!!]

「[せ~の!!]」


 花太郎はちょっとジャンプしながら、ワームホールの中へ入っていった。花太郎にかかる重力が少しうらやましいな、と思いながら、僕の無重力の意識は花太郎とともにワームホール”さくら”へと突入した。


 出口には、一瞬で到達した。

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