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第68話 知的欲求の怪物

 神殿広場では結構な人だかりができていたというのに、アキラが結界を解いた(騙した)件をユリハが知ったのは、夜の事だった。悠里達が回収したロボットの解析で研究室ラボに缶詰め状態だったことが原因のようだ。


 シドたちが言うには、ユリハがナタリィさんの作った夕食のご相伴に与ろうとカイド宅を訪れたのは、夜遅く、僕と悠里が花太郎&サイアのツーショット写真を届けた後のことだった。 


「え~? サイア、花太郎と二人っきりでお出かけしたの?」

「だって……ナタリィおばさんが案内してやれって……」

「楽しかった? どこに行ったのかな~?」

「……地上神殿、だよ」

「え? ……ふふっ。もしかして、これから毎晩、花太郎とご近所デートするの?」

「し、し、し、しないよ!」

「サイアちゃんったら可愛いんだ~」


 日夜、悠里達が持ち帰ってきた未知のロボットの分析に没頭しているユリハだったけれど、JOXAからカイド宅へ向かう途中に必ず通る場所である神殿広場に、サイアが花太郎を連れていったということで、この時ばかりは彼女も二人の進展具合に興味シンシンだったみたいだ。


「ええ!? はち合わせたセンパイがツーショット写真を撮ってくれたの?! よかったじゃな~い」

「カガリちゃんったら、もう写真を現像して届けてくれたのさ」

「もしかして、それが例の写真ですか?」

「そうだよ」

 ナタリィさんが、店の売り物の中から手頃な額縁を加工して、写真立てを作ってくれたらしい。


 そしてニヤニヤしながら、写真立てをのぞき込んだユリハの表情が一変した。

「……ねぇ。これはどう言うことなの」

「……通れるようになったんだよ、ハナタさん」


 それを聞いたユリハは、花太郎をひっぱ叩き、揺さぶりまくったそうだ。

「花太郎!! 花太郎!! ねぇ! ねぇってば、起きなさい! どういうことなの!? 説明しなさい! これはどういうことなの!?」

 勿論、ここで言っていたユリハの「どういうことなの」の”どう”とはサイアと肩を組み合って友愛のポーズを決めていることではないことは、シドたちの説明を受けるまでもなく容易に想像できた。


 しかし、シドにしこたま火酒を飲まされた花太郎は、ロレツが回らず、完全にダウンしてた。

「もう、あなた! なんて事してくれたのよ!!」

「す、すまん」

「ガハハハハハハ!!」

 カイドファミリーの男連中は自分の家で繰り広げられる他人の家の夫婦喧嘩を「これは見物だ」と言って酒をあおりながら眺めていたらしい。喧嘩にもなってなかったようだけど。


「ナタリィさん。ごちそうさまです。大変美味しくいただきました」

「そいつはよかった」

「母さん、どこ行くの!?」

「ニモ長老のところよ」

師匠せんせいの? だめだよ、もう遅い時間だよ!」

「これ以上遅くならないうちに行くのよ!」 

 ユリハはもう一度カイドファミリーにお礼を言うと、ニモ先生の所へ向かった。サイアが保護者としてついていった。

 墓地の中心に居を構えるニモ先生の住まいの扉をユリハは叩いた。……想像するだけで怖いな、真夜中だもんな。


 ユリハとサイアは深夜の来訪を詫びて、長老会が管理している魔導集石の一つを借りると、早速地上神殿へ向かったそうだ。

 そして、魔導集石を所持したまま、結界が張られているはずの石階段を登り切ったときのユリハの表情を見たサイアは、こう語った。

「母さん、すっごくうれしそうだった。子供みたいにはしゃいで、飛んで、跳ねて、階段を何度も上り下りしてたの。……ちょっと怖かった」

 知的好奇心のお化けとなったユリハが、次はアキラの部屋に突撃を仕掛けようとしたところで、サイアに止められた。


「彼がだめなら、せめてセンパイとお話だけでもー」

「ダメ! 夜が明けてからにして!!」

 

 自宅に戻ったときのユリハは興奮で目がさえ渡ってしまったのか、シドとサイアが眠りにつく間際になっても、机の上でニヤニヤしながら書き物に没頭していたという。サイアは語る。

「母さん、本当に幸せそうだった。ときどき借りてきた魔導集石を眺めて、何かを思い出したかのように悶えるの。……ちょっと怖かった」


 そして、空が白やんできたのと同時に、ドタドタと音を立てながらユリハが家を出ていく物音で二人が目を覚まし、結局寝付けなかったから、今回のラジオ体操に参加したのだと言っていた。


 ユリハは確実にアキラをさらって地上神殿にいる。いや、もしかしたら空中神殿にも行ってるかもしれない。なんだろう、ゲームの黒幕みたいだな、ユリハ。さらわれたのがアキラって所で、助けに行くモチベーションはダダ下がりだ。


「ちょっち、様子見て来よっかなぁ」

 花太郎が二日酔いのグロッキーなコンディションでロードワークに出かけた後、悠里が地上神殿に行くと言いだしたので、同行することにした。

 サイアとシドも、ユリハに朝食のお弁当を届けるために同伴した。なぜかシンベエも同行すると言い出した。 シンベエは小さくなって悠里に抱えられていた。


 悠里はシンベエをモフモフしていた、なんか「ぐぬぬっ」ってなった。


 この気持ちはモフモフを一人堪能している悠里に対してか、悠里を一人占めにしているシンベエに対して抱いた気持ちかは、わからなかった。正確にはわからないのではなく、わからないことにしておこうと思った。体毛ないくせに肌触りが気持ちよさそうなんだよな、竜族って。


 遠くでアズラが微睡みながら尻尾を振って送り出してくれたので、みんなで手を振りながら出かけた。


 地上神殿前の広場に到着した頃、ちょうど石階段を下りてくるユリハとはち合わせた。


 ユリハは背中にいろんな機材を背負っていて、頭一つ分の身長差はある、燃え尽きて白い灰のようになったアキラを、お姫様抱っこで抱えていた。


「アキノシン、大丈夫?」

「満身創痍……だな」

 吹けば今にも飛び散ってしまいそうなアキラの様相をみて、悠里もシドもさすがに心配していた。


 アキラが大きく深呼吸をすると、右目から「つー」っと一筋の涙が流れた。

「酸素や……ここには酸素がある」

 とても穏やかな喜びに満ちていた。


「やっぱり、酸素マスクなしで昇ったのがつらかったみたいね」

 ユリハはアキラを抱えながら、心配そうに、そしてまるで他人事の様につぶやいていたけれど、すべての元凶は彼女だ。


「母さん、もしかして空中神殿まで行ってきたの?!」

「ええ。ちょっとくらいなら、彼の体も大丈夫かなって思ったんだけど…… アキラ君の脳情報データベースが何か引き出してくれないかな、って」

「ちゃ、ちゃんと引き出したでぇ。お、お、俺の脳情報データベースは、”あそこに行くときは、酸素マスクが必要や”と言っている……」

 AEWの住人や、リスナーであるユリハのようにマナコンドリアを保有している者は、ある程度酸素濃度の薄い高所にいても、肉体強化の恩恵で耐えることができる。しかし、ミトコンドリアしか持たないアキラや、リスナーでもトーカーでもないJOXA職員が空中神殿のある高所、しかも地上神殿のワームホールを潜って一瞬のうちに体を慣らすこともなく行き来するには、酸素マスクが必須なのだ。与圧服があるとなおよろしい、と、座学で習った。

「やはり人間とは脆弱な生き物だな」

「なにおぅ、シンベエ! アタシに可愛く抱っこされてる貴様が言うかぁ。この、この! うりうり~、かわいいぞ~」


悠里はシンベエをモフり出した。

「や、待て、よせ、カガリ! よすんだ!」

「かわいいぞ~」


 ……ぐぬぬっ。


「母さん、これ、今日の朝ご飯だよ」

「ありがとう、サイア。……サンドイッチね。今日もおいしそう」

「うん!」

「ところで、サイっちゃんよぉ。そろそろ来るんでないかい?」

「え?」

「ハナザブロウ」

「え? ……あ、あ、うん。も、戻ってくるんじゃない? そろそろ」

「お手々を振る準備はできてる?」

「で、で、出来てるとか、そんな。手を振るのに準備なんていらないから……」

 悠里にはやされてサイアが赤面する。


 そうこうしている内に花太郎がロードワークから戻ってきた。二日酔いのグロッキーなその表情は、今のアキラと負けず劣らず灰のようだ。でも、なんとか走っている。かろうじて走れている。


 とりあえず、みんなで手を振った。

 花太郎はそれを見て、やや減速しながら手を挙げて返した。


 アキラと花太郎の目が合った。


 燃え尽きた表情でアキラがGoodサインを送った。

 花太郎は消え入りそうな表情でGoodサインを返した。


 まぁ、がんばったよな、アキラ。こればっかりは感謝しているよ。おかげで、実家に顔を出せるようになったんだからさ。ちょっとカッコイイじゃないか、お前。


 そして心配しているよ。本当に命が燃え尽きそうだよ、アキラ。今日明日中に実家に帰ることは無理そうだな、こいつの体調的に。 



 


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