第66話 終章 告白。イタズラの共犯者
ベッドの中で眠りにつくまで、悠里には僕の身の上話を聞いてもらった。悠里は、聞くに徹してくれていた。
僕が東京で、就きたかった仕事に就職できたこと。
その職の拘束時間が膨大で、収入も不安定だったこと。
ひょんなことから美音、後に妻となる女性と同棲をはじめたこと。
同棲を始めて四年後、美音が妊娠したこと。
……僕が子どもをあきらめてくれと頼んだこと。
「一人でも生む」と言って美音が実家の鹿児島に帰ったこと。
……最初に僕が、妻となる女性とお腹の子どもを見捨てたこと。
子どもが生まれて、美音が生まれたばかりの子どもの写真を送ってくれたこと。
写真を見た僕が、美音にプロポーズしたこと。
東京の仕事を辞めて鹿児島に移住し、新しい仕事に就いたこと。
全国展開している大手食品会社のグループ会社で、食肉製造業の契約社員になったこと。
三年以上勤務すれば正社員になれる契約で、働いていたこと。
……子どもの名前を一緒に考えたこと。
……とても幸せだったこと。
東京の仕事に比べて、手取りでもらえる給料が三分の一に減ったこと。
その給料は、妻が親戚の経営しているスナックで半月分働いた金額と一緒だったこと。
それでも、僕は幸せで、正社員になるために必死で働いていたこと。
そして、親戚一同のお墨付きで「甲斐性なし」と言われ、妻も僕のことを必要としなくなったこと。
妻が起こした調停で離婚が成立したこと。
僕は正社員になる資格を得る前に退職し、東京に戻って、いままでとはまた違った仕事に就いたこと。
……最後に、まわりに見栄を振りまいて、元気なフリをして過ごしている間に、”消失”したことを話した。
全部の話を聞いてくれた悠里は、「きのこと寝る」と言ってたけれど、僕をかき抱いて、目を閉じ、短い眠りについた。
翌朝、ペティとリズが遊びに来た。部屋を目張りしているせいで、朝日を拝めず、いまいち時間の感覚がわからなかったけれど、二人がドアを開けたときに見えた空は、白やんでた。明け方だ。
短い睡眠をとった悠里が二人を部屋へ迎え入れて、”光るきのこ撮影会”が始まった。
ペティとリズは、光るきのこが入った容器を二つずつ持ってきていた。悠里はJOXAにきのこ栽培キットを六つも頼んでいたことがわかった。
「リズのすごいじゃん、三菌もある!」
「日頃の行いの成果です」
六つある容器のうち、五つは光るきのこが二本ずつ寄り添うように生えていて、リズが所持していた容器の一つだけ、きのこが三本生えていた。
ちなみに、今日の二人のファッションは、相変わらずの残念美人ファッションだった。ペティのカウガール姿はなかなか絵になるけれど、リズのヲタクスタイルは、うん、残念だった。
リズが着ていたTシャツは 「豚を喰らう者VS牛を喰らう者」と文字が銘打っていて、豚のマスクを被った二足歩行の生物が三頭(AEWのオークとはちょっとちがう)、各々が得物を握って構え、牛マスクの大柄な男(多分ミノタウロスをイメージしてるのかな)の一頭と対峙しているイラストが描かれていた。
食肉製造業をしていた僕からみたら、なかなか的を射た作品だと思った。牛一頭を加工するのに必要な洗浄水の量は、豚三頭分加工する量のソレと匹敵するからだ。侮り難し、Tシャツメーカー。
エアッちボール実験はまだ継続中だ。探索任務初日から五日が経過しているけれど、空気穴だけ開けている花太郎血液のゼリーは、まだ四分の一ほど残っていて(もっともユリハが実験中に花太郎の血を抜いたりしてたみたいだから、そのせいもあるかも)、僕の姿はずっと残ったままだ。だからペティとリズにもジェスチャーで挨拶できた。
三人は小さなテーブルの上に六つの容器を並べては組み替えてを繰り返し、「あーでもない、こーでもない」といいながら撮影用の芸術的な配置を模索していた。……たくさんの光るきのこ達を見ていて、なんか、ワクワクしている自分がいることに気づいた。「だって光るんだよ。きのこが光ってるんだよ。誰だって”おお!”てなるよ」って自分に言い聞かせた。
[そろそろいくね]
「うむ、うむ。いってらっしゃーい、エアっち」
「気張ってこいよー」
「いってらっしゃいませ」
時計を見て花太郎がロードワークを終える頃合いで家を出た。
花太郎と合流して座学の授業を受ける。
午後からは悠里と花太郎の実技演習だ。でも悠里は来なかった。
結局、悠里は丸一日有給をとったらしい。午後の休憩を終えると、カイドとシドがJOXAの園庭に来ていた。今日は休みだといっていた。二人はJOXAから要請を受けて、花太郎に稽古つけてくれるみたいだ。僕は花太郎を置いて、家に戻ることにした。
「……ちーん」
「いいよー」
[ただいまー]
ドアをすり抜けると、エルフの二人が持ってきたであろう、小さな一本のろうそくの明かりだけが付いた部屋で、三人は相変わらずきのこを堪能していた。
「エアっちおかえりー」
「おかえり」
「おかえりなさいませ」
三人はシイタケ(きのこフレンズの三人がどっかで大量に栽培しているらしい)の天ぷらをつまみにきのこ談義をしていた。
きのこドキュメンタリーもモニターに流していた。
本当に三人仲良くきのこに毒されていると思った。
僕は外へ出た。花太郎の様子を見ようと思って。
花太郎たちはテニスに興じてた。悠里達が運んできた謎のロボットの分析を中断して、ユリハも観戦していた。
遠くの清水のそばにはシンベエが、「キリッ」とした立ち居振る舞いで、隣にいるアズラがまどろみながら花太郎達を見守っていた。
そして、すっかりギャラリーが出来ていた。……今晩は宴になりそう。
ギャラリーの視線が僕にあつまって、騒ぎだした。
「あの野郎、幽魔が出てきてるぞ」
「おお、ほんとだ、ほんとだ。おおい! ハナナントカ!! 冥府に落ちる前にもっと楽しませろよ」
「いや、ほんとにまずいんじゃないか、あれは」
「大丈夫よー!彼とは別人だからー!」
花太郎の幽魔と間違えられてしまった。ユリハが心配する連中にフォローをいれる。
「うるせぇ。 あんなのと僕を一緒にするな!」
悪態をつく花太郎に僕は指さして笑ってやった。ヤジは飛ばさなかった、ほかの連中がさんざん飛ばしていたから。
花太郎、カイドとユリハの約束を果たしたな。テニスする約束してたもんな。
……よく見ると、テニスではなく、テニスとは似て非なる競技をしていた。
コートの大きさやネットの高さ、ラケットだってテニスそのものだ。ノーバウンドで打ち返すビーチテニスとも違う。
強いていうならこの競技は……”ノーバウンドラリー”。
カイドは花太郎の体めがけて、ノーバウンドでボールを放つ。それはそれは凄まじいスピードだ。襲ってくるボールを花太郎が「ヒーヒー」言いながら僅差でかわして、打ち返していた。
そういえば、リッケンブロウムへ向かう道中、カイドがテニスの良さについて語っていたことを思い出した。テニスラケットの捌きは、斧の扱いに似ている、と。
幅広の斧は、きちんと目標に刃を向けて当てないと通らない。テニスラケットは、ガットの角度次第で、ボールの飛び方が大きく変わってくる、いい鍛錬になると言ってた。
花太郎達を囲っているギャラリーの中にも、テニスラケットを持っている奴らが何人かいた。別の場所でコートを設置してプレイを楽しんでいる輩もいる。
花太郎が打ち損じると、ノーバウンドでコースアウトするボールをギャラリー連中は打ち返していた(花太郎めがけて)。花太郎がこれをかわす。
カイドが花太郎めがけて打ち返す。
花太郎がカイドめがけて打ち返す。
花太郎が大きくコースアウトしない限り、カイドが打ち損じることはなかった。ギャラリーが大活躍してボールを打ち返すので、ラリーは花太郎にボールが当たるまで止まることはなかった。
そして、日も暮れかけた頃。屋台を引っ張る連中がやってきた。
宴が始まった。
僕は部屋に戻った。
なんかしんみりしてた。
「……もう、しぼんで来ちゃったよ」
見ると、光るきのこの傘が、一つ残らずしおれてきていた。
僕は三人にこれから宴が始まることを告げた。
ペティとリズは、「今日はこの子達とのんびり過ごします」と言って、切ない笑みを浮かべながら、儚げな雰囲気で別れの挨拶をすると、帰っていった。きっと今晩は(も)きのこと添い寝するのだろう。
悠里と二人きりなった。彼女も儚げな表情を浮かべていた。
「きのこというやつは、どうしてこう……」
……儚いんだろう、と言おうとしているのはわかった。
「美しいものとは、常に死を内在しているものだ。花は散るからこそ、人は老いるからこそ、きのこはしぼむからこそ、美しい」
……一体誰の格言だろうか。
「悩ましいねぇ、悩ましいよ、エアっちくん」
[うん。さすがにしぼむの、はやいなぁって、僕も思ったよ]
「今日はきのこと寝るよ」
[うん、昨日はごめんね]
「謝らないの!」
悠里がパーンと両手で僕の頬を挟んだ。
そして空気を肺に注入された。
「うん、今回は”ムグ、ムグゥ”だったぞ」
[う、うん]
「ほんじゃま、エアっちよ」
「何?」
悠里は僕に手を伸ばした。
「今夜は騒ぐよ!」
僕は悠里の手を握った。
「エアっち、たまには開けてみようか?」
玄関の前で悠里が立ち止まる。普段は「戸締まりがめんどくさい」といって透過で出入りしている悠里がドアノブに手を伸ばした。僕の手を重ねて。
金属でできたドアノブのひんやりとした感触があった。
「いざいざ、行かん! エアっち、エアっち! ドアを開けい!」
[ははぁ]
勢いだけの意味不明な茶番劇で掛け合いしながら、悠里の介添えで僕はドアノブを回した。
僕たちはドアを開けた。二人で外へと繰り出した。
「走れ! エアっち。あの行列の出来てる屋台まで競争だ!」
[ははぁ]
僕と悠里は宴で賑わっている人だかりを、ひたすら透過、すり抜けしまくって一直線に一番行列の出来ている屋台目指して競争した。身体の中を通過された連中は、さぞかし気味の悪い思いをしただろう。
悠里と目が合う。お互いが同じことを考えていたのだと察して、笑った。なんとなく手を繋いで、同時にゴールした。
悠里が屋台で買い食いしながら、家の戸締まりをしていなかったことに気づいて、彼女は買った食べ物を口いっぱいに頬張ると、今度は部屋の前まで一緒に走った。
一直線に人々を通過してびっくりさせるこのイタズラがなんだか小気味よくて、悠里を見るとやっぱり笑ってて、玄関の手前で僕たちはもう一度手を繋いでゴールした。
[悠里、空気送って]
気が高ぶってたんだと思う。ドアの前でちょっと辺りを見渡して、誰にも注目されてない事を確認すると悠里を抱きしめて……キスをした。
悠里が僕の肺に空気を送る。毎回むせてしまってロクに言葉を話すことが出来なかった。でも、これだけは声に出して伝えたいと思って、堪えた。
悠里が唇を離すと、咳き込む前に早口で、僕は悠里に想いを伝えた。
「”ありがとう”って、ちゃんと聞こえたよ」
[よかった]
この時浮かべた彼女の微笑みはきっと、僕によっぽどの事が起こらないない限り、忘れることはないだろう。
思い出すだけでも数日間は身悶えしてしまいそうな表情で、見つめられた。
「甘田花太郎」
この人は、いつも僕を魅了する。
「君が好きだよ」
今日も息の根を止められた。
次回より、第五章へ突入します。




