第64話 運命との再会
「アネゴ! 無事ですか!!?」
「うん。ユリっちが開発したスーツ、なかなかやりおるよ」
カガリさんが指笛を吹くと、ペティが魔法を解除して駆け寄ってきた。あたりには熱で引火した草木がまだ炎を上げていたけれど、指笛を聞いたリズが戻ってくれば、鎮火できるだろう。
「申し訳ありません! アタイのせいで」
「チガウ、チガウ! それはちゃんとエアっちが防いでくれたよ。こっちのは爆風の熱!」
カガリさんのツナギが焼け焦げていた。ケブラーみたいな素材が見えていたけど、カガリさんの皮膚が見えるまでには達していない。
「念のため、見させてください」
「うむ、頼む。エアっちは見るな。見たいなら、責任をとれ」
僕は視点を真後ろに逸らした。
「見たくはないのか? エアっちよ。責任をとるなら見てもいいのだゾ?」
[……]
「なんか言いなよエアっち。後ろ向いてても、唇は読めるのだゾ? 透けてるから」
[……]
「ああ、ペティ、そんなところまで脱がすのか!」
「上だけじゃないっすか」
「乗りなよ、そこは!」
「あ、すんません。……よかった。どこにもヤケドはないっすね。にしても、手榴弾の起爆時間、短く設定しすぎたんじゃない?」
「爆破に対応できる装備があるかもしれないって思ったからさ。対応される前に終わらせたかったんだよね。未知との遭遇ってやっぱり怖いね。”未知なる発見”の方が断然イイよアタシは。……エアっち、もう大丈夫だよ?」
[その手には乗りません]
「チッ!バレてたか」
「もう大丈夫だぜ、エアタロウ」
僕が視点を切り替えようとしたとき
「おねえさまー! ペティー!」
僕が眺めている方角から、リズが駆け寄ってきた。
「おねえさま! そんなあられもない姿……まさかおケガを!?」
「「……チッ!」」
「え? どうして二人で舌うちを?」
どうやら、ペティも僕をハメようとしていたらしい。
「頑丈だったね。手榴弾ケチらなくてよかった」
胴体こそ粉々に砕けていたけれど、ロボの腕部と脚部と頭部はきれいに残っていた。
カガリさんがほっぽりだしていた荷物の中から無線機を取り出して、通信を始める。状況報告だ。このエリアまでなら、空中神殿の中継機を通してクリアに通信できる。
この後、未確認生物をJOXA支部まで運搬する。
もともと、未確認生物を捕獲したら、麻酔で眠らせて担いで運ぶ予定だった。だからこそ、カガリさん達は食料を現地調達で必要最低限の装備で来た(分厚くて大きなきのこ図鑑と一丸レフカメラもザックに入っていたけれど、カガリさんにとっては必須アイテムだ)。
「迎えに来てくれるって。もう向かってるらしいよ」
通信を終えたカガリさんが僕たちに言った。
[アズラが来てくれるの?]
「そだね、アズアズも虫嫌いだけど、一緒に向かってくれてるって」
カガリさんはアズアズ”も”と言った。
空中神殿カリントウのカメラが、僕たちの戦闘の様子を観測し、ユリハの判断で、すぐに身動きがとれるメンバーで救援隊を編成して、出発したらしい。
救援隊は三人。サイア、アズラ、そして……
「サイっちゃんとアズアズがいるから大丈夫だと思うけど、一応信号弾撃っておこうかな。あン子は、方向オンチだからネ」
カガリさんが信号弾を放つ。空から来る救援隊に居場所を知らせるためだ。
座学でAEWの空について学んだ。
大気中のマイナシウムが、高速で飛ぶ物体に作用して、磁場や思わぬ気流が発生すること。故に、旧地球の航空機やヘリが全く役に立たないことを。
空を飛ぶには、マイナシウムの問題を克服しなければならない。AEWで空を飛ぶ生き物は、自身と接触している大気中のマイナシウムを体内に取り込み、活用することでそれを克服する。
今、AEWの空を飛ぶ生き物の中でもっとも強く、疾い者が僕たちの元へ向かっている。
彼の名前を聞いたとき、僕は待ちきれずに上昇した。カガリさんが放った信号弾が僕の真横を通った。
すぐに見つけた。すごいスピードだ。彼に乗ったときは、とっても寒くて、耳も「キーン」ってなって、”脆弱な生き物”認定された。サイアとアズラは大丈夫なのかな。……こっちだとマナがあるから平気なのか。
”次会えるようなら、お菓子のカリントウを進呈しよう”
”それは楽しみだな”
[サプライズは卑怯だよ。カリントウ用意できないじゃないか! シンベエ!!]
神話の青き翼竜がカガリさんたちの元へ降り立った、僕はそれを追いかけた。シンベエが降り立つときも、風はほとんど起きていなかった。
「おかえりぃ、シンベエ。帰ってきて早々に悪いねぇ」
「いいんだ、カガリ。無事でよかった」
シンベエが僕と目を合わせた。
「久しぶりだな、ハナタロウ。少し見ないうちに、だいぶ変わったな」
[ご機嫌うるわしゅう、青き翼竜シンベエ殿。ここまでは迷わずこれたかな?]
カガリさんが言伝してくれた。
「カガリが目印を放ってくれたからな。迷うことはなかった」
「何言ってんだい!」
シンベエの背中に乗った小さなアズラが、なぜかナース服を来ているサイアに抱えられながら降りてきて、笑いとばした。
「アタシがいなけりゃ、明後日に向かってたじゃないか」
「い、言うなよ、アズラ」
やだ、この会話ちょっとかわいい。
「カ、カガリさ、ん……苦しい」
「ふぇ~、サイっちゃぁん、お姉ちゃん、こわかったよぉ」
「ワタクシ被弾したのぉ! お腹の傷は塞がったけど、心に風穴が開いたままなのぉ!」
「サイアァ、リズが身動きとれなかったからアタイ、ここら一円焼け野原にしちゃったんだよー! 心が痛いんだよー」
チームカガリの三つ巴の死闘が始まるかに思えたが、カガリさんが先手をとってサイアを抱きしめ”透過”を行ったため、ペティとリズはサイアを掴むに掴めない。
「切ないですぅ」
「アネゴー。ご無体なぁ」
「サイっちゃん、大好きだよサイっちゃん」
「う、ぐぐ……」
こんな茶番を即興で繰り広げるあたり、本当にこの三人は仲がいいんだと思う。アズラはいつの間にか、サイアの手元から離れていた。アズラの危機感知能力は、やはり高かった。
……シンベエがここにいるってことは、咲良もJOXA支部に帰ってきてるってことだよな。
花太郎は咲良に会ったのだろうか。……通信で会話するのはためらったけれど、抜け駆けされたのだと思うとちょっとずるいな、とか、うらやましいな、とか、複雑な心持ちになった。
[シンベエのカリントウくらいは、一緒にどこかで調達させろよな、花太郎]
『……エア太郎?』
花太郎の声が、僕の中に響いてきた。
[え? 花太郎? なんで?]
『なんでって、わからないよ。なんでだろう? ついさっき血を抜かれたのが、関係してるのかな。いや、なんでもない! なんでもないんだユリハ! せめ、てサイ……ア……が……』
花太郎の声が途絶えた。ユリハが花太郎に何をしようとしたのか。きっと彼の血液にまつわる何かを行おうとしているのは想像に難くないけど、帰ってから考えることにした。その前に……
[あの、カガリさん]
「ん? ……シンベエ。今、咲リン何してる?」
「咲良か? 咲良は帰って来て早々、調査報告をするといって、あちらの世界に行ったぞ」
「そかそか。ハナザブロウ……もう一人の花太郎には会った?」
「ああ、サイアに血を抜かれていたな」
カガリさんは、僕の聞きたかったことをくみ取ってくれた。
花太郎もどうやら、咲良に会えていないらしい。帰ったら花太郎と話をしよう。……何を話そう? ……そこから話そう。
「ではでは、よしよし、帰還するよ。シンベエよろしくたのむ!」
「任せろ」
シンベエは青白く輝いて、二周りほど巨大化した。
カガリさん達は、粉々になったロボの部品をかき集めて、ハンモックに使っていた布を風呂敷にして包むと、シンベエの背中に乗った。
「落ちないようにしっかり捕まらないとね、サイっちゃん」
「カガリさん、苦しいです」
「行くぞ」
シンベエは翼を閉じたまま大地を蹴り、飛んだ。
あたりの山脈を見下ろすところまで上昇して、初めて翼を広げ、前進した。
「シンベエ、そっちは明後日の方角だよ」
「すまん」
シンベエがアズラにたしなめられた。やっぱり方向オンチだった。
風を切って進むシンベエ。しかし乗組員達の衣服は、ほとんど揺れていなかった。これは魔法によるものらしい。
竜族は種族の中でずば抜けて魔力が高い。魔力とはマナ(マイナシウム)を体内に保存できる量だ。竜族は霊的(幽魔のような)な存在に近い生き物で、体の大小を変えられるのもそのおかげらしい。
アズラはマナを脚部や足ウラにため込んで放つことで、自分の筋力の限界を遙かにこえた跳躍移動や、大地を隆起させる特殊能力が使える。
シンベエはマナを通じて大気を操ることで、高速移動や、気圧を操り、空気抵抗による体の負担を軽減させることができるらしい。
これらの能力は、竜族にとっての”魔法”だった。
僕が旧地球でシンベエの背中に乗ったとき、寒くて耳が痛い思いをしたのは、大気中にマナがなかったからだ。それでもシンベエの体内に保有しているマナが大量にあったために空を飛ぶことだけはできた。
僕は身体はもう、寒い思いも、耳がキーンってする必要もないし、いつだって一人で空も飛べるけど。 背中に乗って楽しそうに景色を眺めているカガリさん達をみて、ちょっとうらやましいなぁ、と思った。
雨合羽を羽織って、宇宙エレベーターの前まで行った、シンベエとの短い空の旅。彼の背中から見下ろした、関東平野の情景を思い出した。




