第55話 初めての任務
カガリさんに調査・探索任務の要請があった。
要請、というのは選択権があることを指す。命に関わる任務だからだ。
彼女は二つ返事でOKした。
場所は社宅裏手の森だ。カガリさんがアルターホールだった頃、支配していたエリアだ。
裏手の森といっても範囲は広大で、調査日程は往復で五日を要する。
この森は”幻霧の森”と呼ばれている。かつて、アルターホールとして鎮座していたカガリさんにとっては、体の一部のような場所だ。
カガリさんと花太郎は、ユリハの研究室で、任務の概要を聞いた。アキラも研究室にいたけれど、ものすごい形相 (感情でいうと恐怖心)でPCに文字を打ち込んでいたから、いないことにした。
空中神殿カリントウに設置したカメラ&レーダーが”幻霧の森”の中心地点、アルターホールが以前鎮座していた場所の付近で、人型の影を観測。その人型の影が一瞬だけ、生物が発するものとは考えにくい高熱源反応を出した。
炎魔法の可能性も十分考えられたけど、熱反応がJOXAが掌握しているどの魔法にも該当しなかった。だけどユリハにはその熱反応に見覚えがあった。
「レールガンのプラズマ化した弾体に酷似しているわ」
今回の任務は、この未確認生物の調査である。
「UMAの調査か、ここに幽魔みたいのがいるけどな」
花太郎が滑ることがわかっている、つまらないダジャレを言った。
誰もツッコまなかった。頼みの綱のアキラも自分のことに手いっぱいでそれどころではなかった。
そして花太郎は任務から外された。決して寒いギャグを言ったからではなく、カガリさんの判断で「実戦を行うには時期尚早、もう少し知識と訓練を積んでから」ということだった。
「わかったわ、いつもの二人に要請をかけるわね?」
「うん、頼むよユリっち」
どうやらカガリさんの再構築以降も、幻霧の森の調査は何度か行われているらしい。カガリさんには気心の知れた仲間がいるようだ。
もしかしてエルフのきのこフレンドのことだろうか? そういえばカガリさん、非番の時は(花太郎がカイド達に絞られている姿をしばらく眺めた後に)友達ときのこ散策をするのが日課だと言っていた。
思い出した。「そのきのこ探索コースの一つが社宅裏の幻霧の森なんだよ」って、前にカガリさんが言っていた。
……この調査は本当に命がけなのだろうか、などと一瞬疑問がよぎったけれど、僕がいた砂漠も、オオアゴカゲロウやスナノヅチみたいな巨大生物は砂漠の中心近くに生息していて、端っこの方にはいなかったなぁ、って事を思い出してちょっぴりノスタルジィに浸ってみた。
おそらく幻霧の森も中心地に行くに連れ、危険度が格段に高まるのだろう。
どうにもカガリさんの顔に緊張感が見えないから「大したことないんじゃないかな~」なんて考えしまう。でも、これがカガリさんの”見栄”なのかもしれない。
話がひと段落したところで、ユリハから提案があった。
「エア太郎だけ、連れていってもらえないかしら?」
それに対してカガリさんが答えた。
「あ、奇遇~。アタシもそれ、お願いしようと思ったよ」
ユリハとカガリさんの間でこの会話が成立し、終了した。僕に選択権はなかった。かといって、別に異論はないんだけど。
「見て、すごいのよ!」
ユリハは濃紺の平べったいフタ付きの容器を取り出した。
これはリッケンブロウムに到着した初日、サイアがナース服で恥ずかしいポーズで決めセリフを言って、それを聞いた花太郎が罪悪感に苛まれながら抜かれた血液を入れた容器だった。
濃紺の容器を三つ並べたユリハは、うち、二つの容器のフタを開け始めた。
「この三つは同じ日に採血して、同じ方法で保管していたわ。ときどき好奇心に負けてフタを開けてしまう時もあったけど、そんな時は必ず三つとも均等な時間になるようにフタを開けたわ」
二つの容器を見ると、容器を満たしていた花太郎の血液は綺麗になくなっている。
「二つとも、私が最初にフタを開けた瞬間に綺麗さっぱりなくなったわ」
「何回も開けてたんじゃないのかよ」
花太郎がツッコむ。
「ええ、なくなる度に補充したの。今度は別のクスリで試してみたの。エア太郎にも何か変化起きないかな、って思ったけど、どれも同じ結果だったわ」
心の底から楽しそうに話すなよ、ゾッとしないよ。
「そしてこれを見て」
ユリハは最後に残った容器のフタを開けた。
「お、エアっち、濃くなってるよ?」
「わたしにもエア太郎が見えるわ。君、いつもそんな格好しているの?」
ユリハはタンクトップ&短パン姿の僕を観て笑った。
[いや、これはカガリさんが”その格好の方が素肌を密着できてイイ”って普段から言うもんだから]
「エアっち!!」
カガリさんに首を絞められ、グワングワン揺さぶられる。もちろんユリハには僕の声は聞こえていない。だけどカガリさんのわかりやすすぎる恥じらい照れ隠しの反応を見て、声を上げて笑っていた。
花太郎は「ぐぬぬぬぬっ……」って表情してた。花太郎に聞かせるためにわざわざ言葉を発したのだ。優越感に浸れた。
仕切なおして件の容器を見る。そこにはイチゴゼリーのように固まった花太郎血液があった。採血の初日に見たときより、ゼリーの大きさは五分の一くらいに減っていた。
「他の薬品と混ぜた血液はすぐになくなってしまったけれど、これは、見てのとおりよ。この容器で保管することで、しばらくの間は血液の状態を維持できるのよ」
ユリハが使っている容器は、直径十センチ、高さ四センチほどのファミレスに置いている灰皿くらい大きさで、フタは密閉できるようになっている。
これはJOXAが魔導集石を精製する研究の過程で開発した副産物で、内部にマナをため込む(閉じこめる)事ができるような仕組みになっている。
再構築者がマナと密接なつながりがあるならば、と、ユリハが閃いて、花太郎の血液をこの容器に保管した結果だった。
「密閉しているかぎり、ゼリー状になった血液は目減りすることはないわ」
ここまで小さくなっているということは、ユリハは随分頻繁にフタを開け閉めしていたのだろう。
「ユリハ、あんたが原因だったのか」
花太郎がやるかたない表情でつぶやいた。
思えば、午後の実技訓練中、僕の姿が突然見える現象がよく起きていた。最初の方こそカガリさんが「ハナザブロウがどこか出血するようなケガをしたんじゃないか」と心配して傷をチェックしたのだけど、異常は見られず。
さらにその現象が続くと、異常がない分よけい心配になって、訓練を切り上げて検査を受けたりしていた。
……ユリハのせいだったんだな。多分この現象、ユリハの耳にも入ってたよね?
まぁ、あんまり僕が姿を現すもんだから[花太郎が鼻血我慢してるだけじゃん?]と僕が言ったのがきっかけで「近寄らないでよ、変態!」とカガリさんが乗ってくれて、二人で花太郎をいじれたから、よしとよう。
「エア太郎って、冷蔵庫に入れるゼリーの消臭剤みたいだな」
そして、やるかたない想いを花太郎は僕にぶつけてきた
「言えてるねぇ、エアっち消臭剤だねぇ」
[いや、ゼリーになってるのは、お前の血だからな花太郎。僕の本体はこんなゼリーじゃないぞ、きっと]
ひとしきり脱線したのを眺めた後、ユリハは話を続けた(この人が元凶なんだけど)。
「それで、研究部にたのんで、コレを造ってもらったの。センパイには道中携行してもらうわ」
ユリハが取り出したのは、同じ形をした容器だったけど、側面がスライド式で空気を取り込めるようになっていた。
「花太郎の血を固めて、この容器にいれるの。常時ここの空気穴を開けた状態で、花太郎が幻霧の森の環境で観測できる時間を計測してほしいの」
「うむうむ。了解なり~」
「エア太郎は上空で策敵もできるし、魔法相手には強力よ。未確認生物が人型である以上、魔法を使ってくる可能性があるわ。万が一の戦闘に備えて、実験用に常時空気穴を開けているものと、有事の為に閉じている容器を二つ用意しましょう」
「うん。ありがとう、ユリっち。よろしくね、エアっち」
[よろしくお願いします。カガリさん。ところで、カガリさんはどうして僕を連れて行こうと思ったので?]
「ん? 君がいつも暇そうにしてるからだよ?」
ユリハはこの後、カガリさんのパーティーメンバーに連絡を取ると、出発を二日後と定めた。
二日後の朝に採血されることが確定した花太郎は、サイアとナタリィさんにお願いして、旧地球で言うところのレバニラ炒めをたくさん拵えてもらった。
空気穴を入れた容器なんだけど、プロトタイプで名前がなかった。花太郎が「開けたらなんか(僕)が出てくるから、”モンスターボール”でいいんじゃね」って発言に僕が”基本的人権の尊重”を主張した為、カガリさんが「じゃあ、エアっちが出てくるから”エアっちボール”ね」と、安直な呼び名に決まった。
この容器、ボールというには平べったいよ?




