第42話 エア太郎の日記 アキラの処遇について
結論から書くと、条件付きでアキラの命は助かった。
条件はJOXAの活動に協力することだ。早い話が僕と同じで、JOXA管轄のAEW現地職員として雇用されることになった。
先の尋問では、出会って日の浅いカイドたちに、今回の地球を焼きつくそうとした理由を包み隠さず話すことになったアキラ。
動機が動機なので、必然的に
”ワタクシ未次飼 彬は、妻である未次飼 千恵美を如何に愛しているか”
について具体的なエピソードを交えて赤裸々に語っていた。
どうやらハネムーンはシンガポールに行ったらしく、世界三大ガッカリスポットとして名高い”マーライオン像”の前で二人でガッカリしたポーズを取りながら記念撮影した話などが聞けた。笑った。
千恵美さんの状態を鑑みれば不謹慎だとも一瞬思ったけれど、きっと誰かを笑わせる為に撮ったのだから、まあいいだろう、と自分で自分を赦してみる。
地球を燃やそうとした計画についても事細かく聞かれていたけど、結局は阻止できたので、詳しくは書かないでおく。というか頭がついていけなかった。
一応理解できた範囲。
千恵美さんが作り出した空間はほぼ無限に広がっていて(魔導集石がアルターホールに接触し、収束する寸前で時間が止まっている場所らしい)そこで魔石を利用して空間にマナをため込む。
魔石にはあらかじめタイマーのようなものをセットして、数年かけてマナ(マイナシウム)をためたら、一気に外界に向けて放出する。
で、地球の公転軌道上に高密度のマイナシウムできたエリアを作り、そこに公転している地球を突入させて、大気との摩擦熱で燃やそうとした。らしい。
他の専門的なことは全く理解できなかったけど、話を聞いたユリハがとにかく興奮していた。尋問なんか半ばそっちのけだった。
もし実行したならば、オーロラと流星雨を同時に観測できるんじゃないか? みたいな議論をユリハが持ちかけたところで、カイドが激怒した。
アキラは僕たちに幻影を見せている間、カイドの懐から魔石を盗ったわけで、カイドは戦闘経験皆無の男にしてやられたのが、本当に悔しかったんだと思う。
そして、カイド達の逆襲で、アキラをあっさりと仕留められたのが、気にくわなかったのだ。
「こんな奴に一度でも出し抜かれたのはドワーフの恥だ! 一から鍛え直してやる!」
カイドの主張にシドも同意した。
アズラは悔しがってこそいたけれど、「終わったことだし、もういいだろ」みたいな”穏健派”で、とっとと話を切り上げて何か食べたそうにしていた。
そして、サイアがボソッと呟いた言葉が、この尋問の的を射ていた。
「みんな、地球の事なんてどうでもよさそう」
僕も同じ感想だった。
ユリハは知的好奇心、カイドとシドは自尊心、アズラは食べ物のことで頭がいっぱいだった。
地球を燃やす計画は僕 (と花太郎)の活躍で未然に阻止できたし、実際に実行できるのか? って検証も魔石が砕けて欠片しか残ってない状態では不可能だった。
つまり”妄言”で済ませることのできる話だった。
アキラの気が振れて犯行に至ろうとした動機には情状酌量の余地は十分にある。それは先の”ワタクシ未次飼 彬は、妻である未次飼 千恵美を如何に愛しているか”の赤裸々エピソードのプレゼンで(少なくとも僕は)納得している。面白かったから。
花太郎に至っては「断罪する必要はない。今後についてはアキラがやりたいようにやらせてあげれば」のスタンスで一貫した。
僕も同意見だ。皆の話を聞く限り、アキラを手にかけるような展開にはならなそうで、ほっとした。
アキラは言動こそ、ひょうきんそうに見えるけど、性格は超頑固だ。飲みに行くにも、遊びに行くにも、場所選びではいつも僕が根負けして「好きなようにしろよ」と言う立場だった。
アキラが「千恵美をここから出す」と決めたなら、アキラの安っぽいプライドに誓ってブレることはない。もう地球の危機については心配はいらない、という「心優しい幼なじみ」っぷりを花太郎はアピールしていた。
ただ、魔石の危険性については包み隠さず話すことにした。
そもそも魔石ってなんぞや? って花太郎の質問に、ユリハが「こっちの世界での生活必需品よ」と返した。
電化製品の動力源みたいなものらしい。
宿屋の中が外と違って涼しいのは、魔石を使ったエアコン(みたいなやつ)を使っているからで、カイド達が道中使っていたランタンも動力は魔石だ。使用者のマナで灯がともり、魔石の純度で持ち時間が大きく異なる。純度が高いものほど省エネだ。
戦闘向けの魔石もあって、これは魔石を媒介することで術者が内包できるマナの内容量を一時的に拡張できてドーノコーノみたいなことだった。
この話題では戦況を逐一観察してたってことで、花太郎のヨダレで(本当に不本意)僕が召還されたので、花太郎経由でみんなに伝えた。ユリハが血液を抜きたがっていたけれど、サイアにストップをかけられた。
水、火、風、果てはそれらすべてを組み合わせて雷も操っていたこと。
宙に浮けること。
花太郎の右手を切断した、円盤状の熱線について(これは炎の魔法らしい)。
魔法二つ以上を同時に使ったこと。
そしてカイド達を外に追いやった空間転移だ。
すべてを説明した後、欠片になった魔石でできることを検証した。
水 結構おいしい水(花太郎談)が創れる(一時間でコップ一杯分。アキラの疲労度がヤバい)
火 ろうそくの火みたいなのが指から出せる。
風 扇風機くらいの塩梅で涼しい。(アキラの疲労度がヤバい)
空間転移については、ロストテクノロジーだったため、皆(主にユリハ)がそのメカニズムを解明しようと食い入るように検証結果を見ていたけれど、使えなくなっていた。
だけどアキラが言うには、あれは転移魔法と言うよりも、アキラの魔石を引き金にした”あの空間”でしか発現しない防衛機能のようなものらしい。
魔石を鍵として部外者設定した個体を排除することができる。例外として再構築を受けた花太郎にはそれを執行できなかった。
さらにワームホールの出入り口の開閉も可能で、”あの空間”の出入口に追い出されたカイド達は、すぐに突入を試みたけれどできなかったらしい。
で、花太郎が倒れた後にアズラが突入できたのは、救援を呼ぶためにアキラが入り口を開けたからだ。そして事情を知らないカイドパーティーに半殺しされた、と。
「じゃあ、あそこに戻れば、空間転移が使えるのね?」
と言うユリハの問いを、アキラは否定で返した。アキラの感覚では「もう入り口を閉じることもままならないだろう」と。
何かあっても閉じ込められないために、入り口を開けるだけなら魔石無しでもアキラの意思だけできるような親切設計なんだって。
これらの現象は、千恵美さんの意思が大きく反映されている。「千恵美さん、どんだけ気遣いできるんだよ」って、ちょっと嫉妬した。
他の魔法については雷、浮遊、その他の魔法(たしか花太郎に治癒魔法使おうとしていた)は使えなくなっていた。
ただし、幻影魔法は健在だった。
サイア曰く、幻影魔法は魔力よりも幻影の形をイメージする想像力の方が大事らしい。それでもアキラの幻影魔法が嗅覚までだませるのは意味がわからないという。
あとは言語翻訳機能。これは魔石を持っているだけで、勝手に発動するようだ。
検証結果を目の当たりにして、サイアは感心していた。効力はどれもこれも微弱であっても、水、火、風の魔法をすべて習得するにはそれなりに苦労するらしい。
これはアキラの頭の中に詰め込まれたデータが効力を発揮した結果だった。僕 (と花太郎)との戦闘の中で、魔法に関する技術の多くをデータとして引き出したみたいだ。
「本当に脳みその中が観てみたいわ」とユリハが真顔で呟くのを聞いて、アキラの全身に鳥肌が立っているのを僕は見た。
あと肌身離さず持っていなくても、半径一メートル程度であれば、魔石の効果が得られることもわかった(この特性を使って幻影を見せながらカイドの懐から魔石を抜いた)。
カイド曰く、今のアキラが持っている魔石は、武防具に付加する中でも効果だけで見れば下級のものだと言っていた。
だけどユリハが「彼の細胞はマナコンドリアを所持していないことから鑑みて、一概に言い切れないのではないか」って反論して、検証の為にサイアに魔石を持たせて、呪文を唱えさせた。
やっぱり、ウンともスンとも反応しなかった。魔石が球体の形をなしていたときにカイドが試したのと同じ結果だ。
試しにカイドが持っていた一般的な魔石をアキラに持たせて、それを媒介に魔法を発動させてみた。
アキラがどんなに唸っても魔法は発動しなかった。これは、本来の魔石は術者のマナの内容量を拡張する以上の役割を果たしていないからだ。
つまりマナコンドリアを持たない、マナ内容量0のアキラは、理論上はどんなに頑張っても魔法は使えない。それでも、微弱ながら魔法を発動させられるアキラの魔石は”異端”だった。
まぁ、アキラにとっては貴重なものに違いないけど、他の人にとってはただの石ころだ。でも菱形になった欠片は透き通る光を面白い具合に屈折させていて、綺麗だった。
話の中で、「ところでユリハは魔法使えないの?」 って花太郎が疑問を投げかけていたけれど、「人には得手不得手があるのよ」と流された。
アキラの魔石についての結論
アキラの魔石はアキラでないと使えない。
アキラの素養でまともに使えるのは幻影魔法だけ。
言語翻訳機能がついているって部分だけでは、指して珍しくもないけれど、 他の要素が付加されてることも含めると唯一無二の代物。だけど、効力事態は大したことない。
この時点で再犯は不可能と判断。
かといって、アキラを無罪放免にするつもりはなく。アキラの行動をJOXAの監視下に置くことにし、アキラの担当はユリハが請け負うことにする。
って建前をユリハはJOXAに提案することにした。
アキラの頭の中がとっても魅力的だったからだ。
二○一六年から数億年後の現在に至るまでの情報が、アキラの脳味噌に封印されているわけである。
封印を解く鍵は、アキラが「何かをやらざる得ない状況に立たされたとき」だ。
魔石を携行していないときにカイドがドワーフ語で話しかけたときは”ドワーフの言語”を”思いだした”。魔石の言語翻訳機能に気づいていなかったアキラはアズラの”竜族の言語”も話した。
「底の見えない崖に落ちそうになったらどうなるのかしら? 崖の下になにがあるのか”思い出す”ってことよね?」
ユリハがさも平然と、さらっと疑問を投げかけている様はちょっと怖かった。
アキラの監視をユリハが担当するということは、アキラが身を持って実験台になるのと同義だった。
かといって拒否権がないのが災難だ。いや、自業自得かな。
それとアキラが言っていた「宇宙人」に関しては、改めてレポートを作成することになった。信憑性は薄いけど、JOXA全体で共有すべき事案だとユリハが判断したからだ。
そして、アキラと千恵美さんが”静かな爆発”で行方不明になったのにも関わらず、JOXAがそれを関知できなかった理由を追求することを、ユリハはアキラに約束した。
ユリハは最後にアキラにとある提案をした。
「君のご両親がご健在なら、家に帰すこともできるわ。JOXAの活動に協力を惜しまないと約束してくれるなら」
アキラは花太郎とは違って”魔導集石が内在していない人間”だ。僕たちとは違って、世界間の行き来ができる。
アキラは少し考えてから、口を開いた。
「一度、親に挨拶だけさせてください。その後は、こっち戻ってきます。このまま帰ったっきりじゃ、千恵美のご両親に顔合わせられまへん」
そんなこんなで、この腐れ縁野郎は僕たちとしばらく行動を共にする事になった。……下手したらずっとかもな。
よく見知った人間がそばにいるっていうのは心強い、と一瞬思ってしまったのが癪だけど、この感情は素直に認めよう。




