第38話 知り尽くした仲
勝てた。
アキラは床に突っ伏し、花太郎は右手首の痛みに全身をもんどり打っているけれど、花太郎の方が回復は早かった。完全に痛覚をシャットアウトしたんだと思う、アドレナリンとかの力で。
僕はアキラが手放した魔石を、わずかな自分の質量を使って、コロコロと花太郎の所へ転がしていた。持ち上げることが出来なかったからだ。
花太郎が落ち着く頃には、魔石を足下まで運び終えていた。
花太郎が魔石を足で踏みつけて押さえる。まだ肩で息をしながらも、右手に巻き付けた布を歯と左手できつく縛り直した。
アキラが起き上がった。 アキラの白衣と左頬は、花太郎の血しぶきで、ど派手に染まっている。
戦意は感じられない。二人の距離は十メートルほど離れていた。
しばらくの間、二人は目を合わせていた。二人の感情は読み取れなかった。花太郎の傍らにいた僕とも目が合ったけど、とくにリアクションはない。
花太郎がアキラに向かって魔石を蹴った。
魔石がアキラに軽くぶつかって止まった。
「俺の勝ちだな、アキラ。お前の石ころは返してやるよ」
花太郎の意図がわかった。僕でも同じ事をしたかもしれない。
アキラは力ない目つきで、花太郎と魔石を交互に見る。
やがてアキラは視線を落として魔石を眺めた。
だけど拾わない。
「とっと拾えよ、負け犬。愛に殉じろよ」
視線を落としたまま、魔石を眺めているように見えるけど、焦点が定まっていない。アキラは何処も見ていなかった。
「さっきの話の続きだけどさ。考えてみたらさ俺、お前を止める資格なんてないなぁ、なんて思ったんだ。お前の言うとおりカミさんに捨てられて戻ってきた口だからね、愛の形については、ドーノーコーノ言えないんだよな。同棲期間こそ、そこそこ長かったけど、結婚してからは短かったな。――こっち向けよ、アキラ」
アキラが花太郎の方を向いた。アキラは花太郎の顔に瞳の焦点を合わせた。さっきより、少しだけ眼光が鋭くなっている。
「アキラはアキラなりに千恵美さんを救おうとしてるんだろ? 本人の希望は聞けない状態だし、アキラなりに考えて答えをだした”愛の形”ってやつだ。やれよ。地球を焼き尽くせ。」
アキラは表情を変えない。
「その大規模な魔法を起動するのにどれだけの時間がかかるんだ? 一時間か? 一日か? 待っててやるよ負け犬。そして、起動したら――」
花太郎は一息ついて、瞬きよりも僅かに永く目を閉じて、開いた。
「お前を殺す」
そして言い切った。
僅かにアキラの動揺が見えたけれど、花太郎は気づいていないだろう。観察に徹している僕でなければわからない、微々たる変化だった。
「安心しろよ、負け犬。ちゃんととどめを刺してやるからな。俺に負けて取り上げられた魔石を情けで返してもらって、地球を滅ぼしたんじゃ、カッコ悪いもんな。ずっとずっと、負け犬のままだ。だから宣言した、”起動したならお前を殺す”って。恐いだろ? 負け犬。その恐怖に打ち勝って魔法を起動したなら、お前は負け犬じゃなくなるんだ」
アキラの目に火が灯った。怒りだ。視線が花太郎を射貫く。
アキラの変化に気づいた花太郎だけど、語るのを辞めない。
「お前が死んだ後については安心しとけよ、負け犬。”全世界の敵という業を妻に着させた後、全世界の敵という業を自分で背負い直して死んだ”と皆には伝えておく。お前を止められなかった、と伝えるよ。地球はこれから滅ぶけど。アキラの愛は真実だったと、皆に伝えるよ。地球が燃え尽きるまでの間、お前の同郷の人間として、竹馬の友として、この世界の住人に謝ってまわるよ。泥水だってすすってやる」
「ハナ」
「さすがに泥水はすすった事はないけどさ、人に頭を下げた数ならちょっとしたもんだよ。信用してくれて良い」
「ハナ」
「なんだよ負け犬。馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな。とっととてめぇの玩具を拾って、やることやれよ。てめぇが後腐れ無く地獄に落ちられるように万全のサポートをしてやるって言ってるんだ」
「…………」
「俺がお情けで返してやった玩具で魔法を起動するだけなら、お前は永遠に負け犬のままだ。魔法を起動すればお前は死ぬ。それをわかっていても、起動するからこそお前は負け犬じゃなくなるんだ。お前を”全世界を敵に回しても妻を守った英雄”に仕立ててやるよ。
なぁ負け犬、うれしいだ――」
アキラが魔石を拾ったのを見て、花太郎は口をつぐんだ。
「ハナ」
「……やる気に、なったかよ?」
「おかげさんでな」
アキラの持つ魔石が輝き出した。アキラは片頬を上げてニヤリと笑った。
「ハナよ。前に言ったことなかったっけか? ハナがハッタリかます時は、自分を”俺”言う癖があるって」
「……」
今度は花太郎がしゃべらなくなった。アキラと距離を詰めなかったのは、多分、膝頭が震えていることを悟られない為だった。
「確立は、八割ってところやな。二割の本気か、八割のハッタリか、今はどっちやろな? え?」
最初からハッタリだったのはバレていたと思う。そうだ、ハッタリだった。
花太郎は大きく息をついた。
「もう少しで、腰が抜けるとこだったよ」
花太郎の膝はもう震えていない。
「アキラ。お前の場合は十割だ。アキラがまがい物の関西弁を使うときは、いつだって自分を誇っている」
アキラの持つ魔石が手から離れ空中に浮かび上がった。アキラが花太郎を見据えた。
「……殺して貰わなくて結構や。絶対に、お前の手柄にはさせへんぞ」
アキラの持っている誇りは、安っぽく見えるだけで安くはないんだ。
魔石は一瞬だけ膨れ、音を立てて割れた。
破片は落下しながら消失していき、地面に接触することはなかった。
小指ほどの大きさの菱形の一欠片だけが、アキラの手の平に落ちて、残った。
「これだけは、持っとけってことなんかな……」
アキラは残った魔石の欠片を握りしめた。
「そんなちっぽけな欠片になって、地球を滅ぼせるのか?」
「きっと無理やな」
「千恵美さん救えないじゃん」
「いや、救う」
「どうやって?」
「こっから千恵美だしたるわ」
「それが出来ないからこの星を焼こうとしてたんじゃないか。アキラの頭の中にぶち込まれた数億年分の情報には、その方法はないんだろ?」
「今のところ助け出せる手がかりはない。 でも、明日には見つかるかもしれへん」
「あっそ。よくも随分振り回してくれたね。よく吠える青臭い負け犬だ」
「…………」
「……いや、アキラはもう”負け犬”じゃないな。今からは”死に損ない”だ」
「……それって、”負け犬”とどう違うんや?」
「そうだねぇ……。字数かな? 今のところは」
「……今のところは、か」
アキラは少しよろめきながらも、立ち上がった。
「花太郎、すまなかった」
そして頭を下げた。
「いいんだよ。いや、よくはねぇけど、まあ止められたし。アキラに腕っ節だけでも勝てて良かった」
「腕っ節が俺より強いんは、昔からやろ?」
「そうだっけ?」
「そうや。 せやから十歳をこえたあたりから、喧嘩をしても、殴り合いになることはなかったな」
「そうだっけか? まぁ、体格差は確かにあるけどさ」
「腕っぷしはハナの方が強かった。そして勝てるとわかってる喧嘩を、お前はせんかった」
「へぇ、腕っ節がねぇ……。……ああ、思い出した」
「ん?」
「…………右手がないんだよ、今。うん。やばい……かなり……やばいと、思う」
花太郎がバタンッと音を立てて、前のめりに倒れる。
「ハナ? ハナ!!」
花太郎は失神していた。
キャラクターソング 「Last Smiler ~負け犬よ、飛べ!! 吠えろ!!!~ 」 歌 未次飼 彬
甘田花太郎のポエム・あ~んど・ソング集 にて、アップします。




