第36話 最古の記憶
みんな消えた。一瞬の出来事だった。今、僕の視点から見えているのは、アキラと花太郎、そして千恵美さんしかいない。
「無事だ。石を使って外に追い出した」
花太郎が怒りを露わにして何か言おうとしたのを遮って、アキラは僕と花太郎が一番心配しているであろう、仲間達の安否を告げた。
「どうして僕だけ残した?」
「残したつもりはない。俺以外の全ての生物を外に追い出すよう、この石に命令した」
「僕は生き物ですらないと? 物を言う道具か? いつだってアキラとは対等でいるつもりだったけど」
「再構築の影響だと思う。ハナだけは追い出せそうにないな」
「千恵美さんにも効いてないね」
「これで解決できるならとっくにやっている」
「まぁそうだよね。どうするよ?」
「……ここから出て行ってくれ」
「…………」
「……千恵美は。……俺は千恵美を守りたい」
「そんなもんわかってるよ。それが地球を焼き尽くすことなの? アキラ。自分でおかしな事言ってるの気づいてるだろ、お前頭イイんだからさ」
「……」
「アキラが千恵美さんを慮る気持ちはわかるよ。 ここで初めて生身の彼女を見たけれど、美人だね千恵美さん。確かにここで放置していたら、そこそこ繁盛しそうだ。宇宙人の観光スポットとして」
「動くなよ、ハナ」
……わかっていたけど、やっぱり挑発に乗らなかった。マナコンドリアで底上げされた花太郎の運動能力をアキラは警戒している。花太郎が挑発しながら間合いを詰めようとしていたのは、僕でもわかったし。
アキラの知らない事として僕の存在があるけれど、役に立たないのは僕自身が一番よくわかっている。だから花太郎はアキラを挑発した。慣れないことをせざる得ない状況なんだ。僕はまだ召還されていない、冷や汗が出てないだけ上出来だと思う。だけどそれだけじゃだめなんだ、”阻止”という結果が伴わなければ。
「ハナ。俺はハナを直接追い出すことは出来なくても、押し出すことはできるぞ。魔法で出口まで吹き飛ばせばいいだけだ」
「どうしてそれをしない?」
「……」
「……思いついたことは二つかな。有力候補から言うなら一つは速度の問題。僕を出口まで転がす為の魔法は初めて使うから、僕が間合いを詰めるまでに魔法を発動できるか見極められないってのが一つ。もう一つは、せめて腐れ縁の僕には賛同は得られないまでも納得させてから追い出したい、って所かな。僕は元来お人好しだからね、ユリハの指摘がなければ後者しか思いつかなかったよ、きっと。――どっちかな? いずれにしろ僕は一撃に賭けるよ。それしかないし」
シドがアキラに殴りかかったときに幻影を解除して強風の魔法を使ったのはどうしてなのか? その結論に賭けるしかない。今見えているアキラの姿が虚像で、アキラがこの段階で同時に二つ以上の魔法が使えるなら勝ち目はないんだ。
「…どっちも、だな。今は」
アキラは応えた。本音だと思う。……だから僕は許せない。
「……ああ、そう。 千恵美さんを宇宙人の観光スポットにしたくないってアキラの言い分には、一応僕も納得はしているよ。もちろん賛同はしていない。どうする? やるか?」
「この世界は不自然だ」
「アキラの頭ほどじゃない」
「そうだよ。今の俺は狂っている」
「認めるなよ。それが不自然なんだから」
「……」
「アキラはなんだって器用にこなせる奴だからさ、ガキん時は嫌いだったこともあったよ。僕は今だって不器用だからね、いつだってアキラは出来ない僕を挑発して、見下してたからさ。でもね、ちょっと知恵がついてからわかったよ。アキラ、お前の挑発にはいつも何処かに嘘があった。虚勢張ってた事に気づいたよ、僕は。でもお前が”出来る”ってついた嘘は、いつも嘘じゃなくなるんだ。バレッバレだったよ、お前の秘密特訓はさ。そんな胡散臭くて安っぽい誇りを持った、孤高なお前が好きだった」
「……」
「そのタナボタの石の力が強すぎて嘘をつく必要がなくなったのか? 虚勢張るより冷静な判断のほうが優先? 本当にイライラするなぁ今のアキラは。僕の肉体強化の一撃がそんなに怖いか? お前の安っぽいプライドは随分お買い得だな。―言えよ、てめぇなんか怖くねえって。吹けば飛ぶような奴だから憐れみで話を聞いてやってるんだって。なんで僕がアキラに向かって挑発、ハッタリかまさなきゃいけないんだ馬鹿野郎!」
不本意だけど、花太郎と僕の考えている事は一致していた。世界の存亡を賭けていることすら忘れそうになるほど、僕もアキラにイラついていた。
「お前をぶん殴った後に千恵美さんのほっぺたをペロッペロなめてやるよ、美人だしな、岩越しにな、気晴らしにな。安きに流れるなスカポン!」
「……安きに……流れる、な…だと?」
火が灯った、という比喩がしっくり来るかな。アキラの瞳に火が灯った。
アキラの声は小さかったけど、ハッキリと感情が伝わった。アキラは花太郎を見た。いままでの世界に対するやるかたない憤りとは違う、怒りの矛先を見据えた視線だった。
「千恵美を守れるのは俺だけだ。忌々しい実験から救うために世界を滅ぼすことしか術がないと言うなら、俺は世界を滅ぼす」
「それが安きに流れてるって言うんだよ。タナボタで手に入った力で簡単に妥協して解決しようとするなんてさ。らしくないよ」
「お前が言うな、花太郎。家族を守り抜けなかったお前が!」
不意打ちを仕掛けるなら今だった。感情論に走って花太郎を否定する様子はとても演技だとは思えなかったし、頭に血が上ったアキラは話しながら無意識のうちに間合いを一歩詰めていた。
「嫁と子供に捨てられた男が、逃げるように帰ってきた男が偉そうな口を叩くな!」
カイドなら。シドなら。アズラなら。この機を絶対に逃さなかっただろう。こんな事を考えられるのは、あくまで僕が会話に参加していない俯瞰した第三者だからであって、当事者である花太郎は冷静ではいられなかったはずだ。……本当のことだから。
花太郎の目はアキラを哀れんでいた。花太郎はこの状況に対して冷静ではいられなかったけれど、アキラが無意識のうちに何を想っているかは冷静に汲み取ることができたんだと思う。”できた”というよりか、きっと”わかってしまった”。
「それを言われたら今の僕には何も言えないよ。チキショウ、本当の事言いやがって」
花太郎は弱々しくおどけてみせた。アキラは黙ったまま睨み付けている。
「暦の上では何億年も前の話だけどさ。アキラは新婚だろ? 僕はバツイチ、幸か不幸か僕の方が先輩だ。だから偉そうに助言してやろう。今のアキラの気持ち、僕も経験したからね。アキラの奇行理由について」
「出ていけ、ハナ」
「聞きたくないんだろ? 認めたくないんだよなアキラは。虚しさから逃れるためだけに地球を焼きつくそうとしている自分の心持ちを」
「だまれ!」
「だまるよ」
喪失感を満たすためにはなんだってする。仕事でも趣味でもケガでもなんでもいい。自分の頭のCPUをフル回転させて、喪失感が入る余地を与えない。少しでも頭ン中に余裕が出来ようものなら、虚しさが無慈悲に押し寄せてくる。喪失感は自己定義だ、満たされていた時代の心の残滓だから。だから虚しさは何処までも追ってくる。
逃れるには別の自己定義を持たなければならない。仕事、趣味、ケガ。これらは束の間のそれを与えてくれるけど長くは持たない、張り合いもない。
かといって自分には喪失感しか主体がないから「何かをやろう」と見つける事もままならない。ただ一つを除いては。
二人の沈黙はしばらく続いた。カイド達が来る気配はない。アキラが入り口を塞いでいるのだろうか。
「無口だな。せっかく黙ってるのに」
沈黙を破ったのは花太郎だった。
「手前ぇの心を満たすためだけに、千恵美さんに業を背負わせようとしてるんだよ、アキラは」
「黙れと言ったぞ」
「最愛の妻を守る為にこの地球を燃やすんだろ? だったらその女は”世界の敵”だ」
「出て行けよ! ……頼むから!」
「……僕の一番古い記憶はな、アキラ。お前と”連れション”してるんだよ。言葉も話せないような幼児二人がさ、保育園かどっかのおまるに向かい合って腰掛けてさ。もしかしたら”連れダイ”だったかもしれない、その辺の記憶はおぼろ気だ、古いからな。なぁ、そんな時分から一緒にいたんだぜ、僕たちは。僕のことはよく知ってるだろうアキラ。お前が地球を滅ぼすと聞いて素直に出て行くと思うか? 見くびってくれるなよボケナスがぁ! ボケボケナスがぁ!!」
「…………これ以上は問答無用だ」
何を言っても説得に応じないのはわかっていた。「子どものため」「妻の為」、喪失を覚えた人間は何かにつけて失ったモノに理由を結びつけ、ソレをモチベーションにして行動する。後にどんな影響を及ぼすかは関係ない。その時の自身が”使命感”で満たされればそれでいい。
これを”がむしゃら”という。
聞く耳を持たないその行為は期限付きの不死身の力を得ることはできるけど、結果として誰かを傷つけることもある。それが、最愛の人だったりもするんだ。
だから止めないといけないんだ。がむしゃらで千恵美さんを傷つけようとしているこの男を。こんなところで再会を果たした、正真正銘の腐れ縁野郎を。出来ることなら ……僕がこいつを止めたい。
何も出来ないけどさ、花太郎、僕を喚んでくれ。
「……望むトコだよアッ君。腕ずくでお前を止めてやる」
アキラの持つ魔石が輝き出し、花太郎が突撃しながら地面につばを吐いた。
キャラクターソング 「あの風と肩をならべて」 歌:甘田花太郎(マークⅢ)
【甘田花太郎のポエム・あ~んど・ソング集】 にアップします。




