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第35話 魔石の脅威

 僕たちは千恵美さんから十メートル程離れた所に立っていた。

「ここで待っていてください」


 アキラはそう言うと、単身千恵美さんの傍に歩み寄る。多面体の水晶はカイドが預かったままだ。

「千恵美……」

 アキラが彼女を閉じこめる青く透き通ったガラス体の塊に触れながら小さくつぶやく声が聞こえた。


 しばしの間を置いて、アキラが体ごと振り向いた。


「な……」

 カイドが懐に手を当てる。


 アキラの右手には多面体の水晶が握られていた。


「てめぇ!!」

 一瞬たじろいだカイドだけど、すぐ持ち直して速攻を仕掛けた。アズラとシドもほぼ同時に動き出していた。


 アズラは人間大のサイズのまま僕たちを飛び越えて正面から、カイドとシドがハンドアクスを構えながら両サイドを駆け、青岩を背にしたアキラに向かっていく。事前に打ち合わせでもしたのだろうか? そう錯覚するほど息の合った攻めだ。


 最初にアズラが到達した。アキラの眼前に着地すると同時に両腕を広げて掴みかかる。


 アズラの腕がアキラの胴体をすり抜けた。異変に気付いたカイドとシドが立ち止まる。


 アズラはアキラの胴体に遮られて見えなくなった自身の腕のあたりを眺めていた。

「……無詠唱の幻惑魔法だね」

「はい」

 同様を隠せずにいるアズラに、彼女の腕が胴体に入ったままのアキラが答えた。


「ユリ、サイア。ハナタロウの背中についてやれ」

 言いながらシドはアズラの所に向かう。


「アズ、あの野郎はどこだ? 見せかけだけのせせこましい魔法使いやがって……」

 カイドも到着して三人は背中をくっつけ合い、周囲を警戒する。


「あたしの鼻が狂ってなけりゃ、目の前にいるよ」

「なんだって?」

「音も嗅覚も惑わされてるみたいだね……」

「そんなはずない!」

 サイアが否定した。鞘が付いたままの短剣を構え、花太郎の背後に立っている。


「高度な幻惑魔法でも、惑わせられるのは、視覚と聴覚だけだよ」

「鼻がバカになるようなもの、あたしは食っちゃいないよ」

「とりあえず離れよう。今見えてるこいつの傍にいるのは不気味だ。」

 シドの提案でアキラの幻から三人は離れた。


 花太郎達からもある程度離れ、視界をできるだけ広くとれるようにしている。

 ユリハは「鈍器としても優秀よ」と言っていた愛用の銃を鈍器として構えてあたりを見渡している。花太郎はホルスターにE17を入れたままだ。


「……確かに今の君なら、銃より素手の方がいいかもね」

「アキラが何を考えてるか分からないけど、弾が外れて致命傷与えちゃったら、多分永遠に立ち直れないから」

 アキラの虚像の口が開いた。

「落ち着かれたようなので、少し話をさせてください」

 声はアキラの虚像から聞こえていた。


「……おかしいわ。ねぇ、彼の言葉はわかる?」

「うん、わかるよ」

 ユリハが言わんとしている事がわかった。アキラの虚像から聞こえる言葉と口の動きが一致していない。

「今の彼は、竜族の言語で話している……」


 アキラがマナコンドリアを持つ”リスナー”ならば、宿で使っていたドワーフ語も、トーカーの能力で流ちょうに聞こえたはずだ。ちょうど今みたいに。

「ああ、そうか」

 今度のアキラのつぶやきは口の動きと一致していた。


「日本語で話しても皆さんに通じますね。慣れ親しんだ言葉で話す方が伝えやすい」

 アキラの持つ水晶が輝いている。


「あの魔石だ」

「そうです。この石の力です」

 シドの言葉にアキラが返した。


「おかしいぜ。俺がマナを込めたときは、何もなかったのによ」

「訳あって自分にしか使えないんです、今からお話します。ユリハさん。レポートは一通り読んでくれましたか?」

「ええ。にわかに信じ難い内容もあったけど、私たちの調査と一致してる部分もたくさんあったわ。もし君の書いている内容が全て真実だとしたら。是が非にでも、宇宙人に会ってみたいわね」

「知っている限りの真実を書きました。でも一つだけ、嘘をつきました」

「そう」

「……一番最後に書いた。宇宙人の目的についてです」

「君のレポートには”不明”と書いてあったけど、本当は知っているのね?」

「はい」


「それ、当ててもい~い? ……テラウォーミングでしょ」

「……その通りです」


「アルターホールは、それ単独で環境を作り出せるもの。花太郎には悪いけれど、善悪を抜きにして運用できれば、惑星をテラウォーミングするには最適な物質だわ」

「今、この惑星ほしは実験場にされています」

「他次元からこの次元にアルターホールを引っ張って来れるような地球外生命体が、無理矢理侵略しに来ないなんて不思議ね」


「それは―」

「ねえ」

 アキラの言葉をユリハが遮った。


「君の話、とても興味深いわ。またレポートにしてくれない? ここで時間稼ぎに使われるには惜しい話よ」


「……」


「あなたの持っている魔石、なかなか万能みたいね。でも、手に余っているんじゃない? 使い方がわかっていても、使いこなせるとは限らないから。その石で何をしようとしているのかしら?」


 アキラの虚像が一瞬ひきつった表情をみせた。

「図星だね」

 アズラが言った。


 カイドが笑いながら挑発する。

「俺たちに見えてるのは幻なんだ、もっとうまくごまかしやがれ」


「サイア、あの魔法の特徴はわかるか?」

「え?」

「修得は難しいのか?」

「え~と、覚えるだけならそんなに難しくないはず。でも複雑な幻を見せるにはすごい集中しなくちゃいけなくて、それを詠唱で―」

「カイド、あの石はいつなくなった?」

「野郎があの女の岩に触れたあたりで、懐からすっと感覚が消えた」

「……そうか!」

 言いながらシドが跳ねた。アキラの虚像に速攻を仕掛ける前にカイドが立っていた所へ、刃を返し、鎚を向けた斧を横凪にして大きく振るう。


「父さん!」

 アキラの虚像が消えたと同時に、シドが強力な風を受けてはじき飛ばされた。多少バランスを崩しながらも身を捻って着地する。


「やっぱり素人だ。二つ同時に魔法が使えてねえ」

 幻惑は消え、アキラはシドが鎚を振るった所に立っていた。


「野郎、歩くとこから惑わしてスリやがったのか!」

「何がしたいんだよアキラ! 千恵美さん助けに来たんだろ!?」

「千恵美は助けられん!」

「は?」

「この石と俺の中に詰め込まれた知識は、千恵美が用意してくれたものだ。俺一人でもこの世界で生きていけるようにと残したものだ。千恵美は助けられないんだ。千恵美の能力が時を止めた、誰も千恵美の時間を動かすことができない、千恵美自身が時間を動かさない限りはな。その千恵美自身の時間が止まっているんだ!」


「アキラの時間は動いただろう」


「俺が助かったから助けられないんだ。時間が何千億分の一秒でも動いていたなら、俺の身体は次元の狭間で朽ちていたかもしれないが、千恵美の再構築は可能だった。この空間が出来たのは魔導集石がアルターホルと接触したとき、対消滅の後に再構築できなかったからだ。魔導集石が千恵美の意識に触れた瞬間に、石の時間が止まった。時間とは変化だ。変化もそこで止まった。千恵美の意識は、それに干渉したものの時間さえも止める」


「……アッ君のロジックはよくわかんねぇけど、千恵美さんを助ける気はないんだな、アッ君は。何しにきた? 花を添えようにも、ここにはないぞ」


 アキラは水晶を掲げた。

「この魔石はマイナシウムを自在に操ることができる。どんな魔法でも使える。無尽蔵にマイナシウムを精製する事も可能だ」


 アキラは黙った。……静かだけど怒りのような感情がこみ上げているように思えた。

 そして全員に向けて話し始めた。


「西暦二四〇〇年頃、一つのアルターホールをサルベージしたことで地球の環境は変わりました。 少しずつ自然発生していたマイナシウムが大量に発生し、生き物はすべからく変質して、人類にも被害が及びました。やがて変質から免れた人たちは、変質した人々を残して地球を離れました。その後、地球を離れた人たちに何があったのかわかりません。今から十数年前、宇宙人……再び帰ってきた人間の子孫は、残ったアルターホールを全てサルベージして、この星でテラウォーミングの実験を始めました。俺は最愛の妻を実験台にしている奴らが許せません」


 僕の知っているアキラとは思えないほどの、有無を言わせぬ凄みがあった。


「あなた達は恩人です、感謝しています。しかし、自分の時間が再び流れ始めて地球の歴史が頭の中に詰め込まれた時、決めました」


「仕掛けろ!」

 カイドが号令をかけながら飛びかかる。


 シド、アズラもそれに続き、ユリハはハンドガンを取り出しサイアは短剣を置いて弓を構えた。


「この石を使って、これから太陽系をマイナシウムで満たします」


 幻影だった。三人の攻撃が空を切る。


「そうなると、自転する地球の大気とマイナシウムの間に摩擦が生まれます」


「畜生! どこ行きやがった!?」


「……大規模な魔法です。一度起動したら、俺でも止められないと思います」

 幻影が消えた。アキラは千恵美さんのモニュメントの前に立っていた。


「きっと五、六年の猶予はあります。ワームホール”さくら”を使って過去へ逃げてください。今からこの地球ほしを燃やします」


 そして目の前で、カイド達が姿を消した。







 

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