第33話 予期せぬ再会
アキラはマヌケそうな面をしていた。驚いて、眼鏡の向こうにある瞳は見開いていて、口は大きく開けていて、腕を伸ばしていた。腕を伸ばした先に花太郎がいて、その後ろにいるのが未次飼千恵美さんだ。
アキラの名をやっとの想いで発語した花太郎は、ひどく落ち着いていた。
一見冷静に見えるけどこれは逆だ。多分何も聞こえていない。僕は花太郎と違って脳に流れるアドレナリンも、胸を叩いて奮い立たせる心臓もないから、コイツよりは落ち着いていると思う。
[花太郎、深呼吸しろ]
でも僕も冷静じゃないんだ。何かを考え続けて、仮想の脳味噌に情報を目一杯詰め込もうとしている自分がいる。だからきっと必要なんだ、コイツとの会話が。
[僕じゃなくてもいいからさ、シドに話しかけるんだ、なんでもいい]
「花太郎、しっかりしろ」
シドが花太郎に近づいて右の二の腕を掴む。
「ごめんシド、ありがとう。……久方ぶりに馴染みの顔を見たからさ、思わずさ。ごめん」
「いいんだ。話は落ち着いてからでいい。このままカイド達を待つぞ」
「うん」
シドが手を離すと花太郎が深呼吸を始めた。
「……落ち着いたか?」
「うん」
「よし」
小走りに近づいてくるカイド達の姿が大きくなってきた。
「こいつとは腐れ縁なんだよ、こんな所で会えるなんてなぁ。アッ君、生きてるか~?」
[落ち着けよ、言動がおかしいよ]
花太郎はまだ冷静になれていない。
「くすぐってやろうか? え?」
「まだ触るな」
「大丈夫だよシド。コイツは触った瞬間に爆発するようなカッコイイ事はできないから」
言いながら花太郎はアキラの突きだした右腕を手のひらでポンポンと叩いた。
瞬間、アキラの胸の辺りからフラッシュを焚いたような強烈な光が放たれ、僕たちの視界を遮った。
「目がぁ! 目ぇがぁぁぁぁ!」
ハスキーだけど芯の通ったシドの低い声が周囲に響く。
「うわっ、うおっ、うおぅ! ごめん! シドごめん!」
姿こそ見えないけど、花太郎が必死に謝っていた。
「千恵美ぃぃ!!」
そして光の中で、アキラの声が聞こえた。
「はうっ!」
花太郎が呻くと同時に何かがぶつかる音がした。
ドン! と後方で別の音がしてから、光が段々と弱まって行き、視界が元に戻った。
僕はすぐに周囲を見渡せるようになっていた。シドが目をパチパチとしている。
アキラと花太郎がいなかった。二人がいた中間の辺りに、野球ボール大程度の水晶が転がっていた。多面体だけど、角が多いから球体に見える。
「うう……」
花太郎の声がした。後方に視点を切り替えると、青岩のモニュメントを背に花太郎がアキラに壁ドンされていた。
壁ドン……という表現が正しいのだろうか。アキラの伸ばしていた右腕は肘の所で曲がっていて、花太郎の首筋にアキラが顔を埋めている状態だ。
花太郎がアキラを見つける。そして両肩を掴んで突き放し、揺さぶった。
「アキラ! アキラ! しっかりしろ! わかるか?」
花太郎の目はまだ回復していないのか焦点が定まらず、シバシバさせている。
「ハ……ハ、ハ、……ハナ?」
「……アキラ」
花太郎の目から涙がこぼれた。強烈な光による痛みか、感動によるものかはわからない。
そしてアキラの瞳は、花太郎の肩越しにいる愛妻の姿を映した。
半目を開けた無表情の千恵美さんを見て、アキラは失神した。
「急ぎかい?」
応援要請に応えて大急ぎで突入したアズラが遠くを見て尋ねてきた。目がいいのだろう、向こうの様子がわかったみたいだ。
「……ち~ん……ち~ん」
「じゃあ、ゆっくり行くよ」
「……ち~ん」
アズラに返答してから一足先にカイド達の所へ戻った。
僕が呼びに行っている間に花太郎は一部始終を話し終えたようだ。今はサイアと一緒に気絶したアキラの介抱をしている。
ユリハは千恵美さんが閉じこめられたモニュメントを調べながら写真をとっている。カイドとシドは落ちていた水晶玉を拾って、カイドの手のひらに乗せて観察していた。
「……わかるか?」
カイドが尋ねる。
「……わからんな」
「マナをさっきから込めてるんだけどよ、云とも寸ともいわねぇ」
「光の反射からして、魔石には間違いないと思うがなぁ」
「どうにも不気味だぜ……」
人間大の大きさに縮んだアズラが到着した。
「アズラ、ちょっとこっちに来て」
ユリハが手招きする。
「その男は?」
「偶然だけど、花太郎のお友達。そしてこっちが彼のお嫁さん」
ユリハがモニュメントをポンッと手のひらで叩く。
「香夜は?」
「ここにはいないみたい」
「そうかい……」
「彼と彼女を運びたいんだけど、できる?」
「その岩みたいのは砕けないのかい?」
「試すか」
シドが立ち上がる。カイドが懐に水晶を入れると、二人は斧を手に取った。
シドが八分オリハルコンの切っ先を鞘から取り出して、斧の柄尻につける。さらに槍状になっている柄の先端部分の穂先を取り外した。
シドが柄尻の切っ先をモニュメントの根本部分に押し当てる、カイドが鎚を叩く。
カツン……カツン……。
シドが刃先とモニュメントを交互に見る。
「……傷一つつかねぇな」
「ユリハ、火薬はどうだ?」
ユリハが銃の火薬を爆薬に転用して試しても、同じ結果だった。
「仕方ないね」
アズラが巨大化して持ち上げようとするも、ビクともしない。カイドとシドが手伝おうとしたところで、「動かせたところで運べないよ」とアズラが制した。
「容態はどう?」
「気絶しているだけ、じきに目を覚ますよ」
「他に調べることはねぇか?」
カイドがユリハに尋ねる。
「今やれることはなさそうね」
「ならこの男だけ連れて、宿に引き揚げるぞ」
アズラがアキラを抱え、各々が撤収準備を始めた。
「あの、皆さん」
皆の視線が花太郎に集まる。
「勝手な行動をして、申し訳ありませんでした」
頭を下げる花太郎を見て、カイドが微笑んだ。
「昨日の酒が抜けてなかった。そういうことにしておくぜ」
宿に着いてもアキラはしばらく気を失ったままで、部屋のベッドに寝かせていた。そして日暮れどきに目を覚ました。
ぱっちり目を開いたアキラの周りにはユリハ、サイア、花太郎がいて、後の三人は少し離れた椅子に腰掛け、小さなテーブルの上に多面体の水晶を置いて眺めながら、果物を食べたり、酒をちびちびと飲んでいた。
「アキラ、気が付いたな」
花太郎が呼びかける。アキラが首を回して辺りを見渡す。
「……ここは?」
「近くの村の宿だ。アキラが見つかった場所の」
ユリハがアキラの顔をのぞき込む。
「起きれる? 具合が悪いようなら、しばらく横になっていても大丈夫よ」
「大丈夫です」
ユリハの問いに答えながらアキラは半身を起こし、サイアが渡した水を「ありがとうございます」と言って一気に飲み干すと、「ふぅ」と息を付いた。
アキラ訛りのわざとらしい関西弁はすっかり抜けている。無理もないか。
「そいつに腹は減ってねぇか聞いてくれ」
遠くからカイドが言った。言伝をしようと花太郎が口をひらきかけたとき、アキラがフラついた。すぐに持ち直ししたアキラに「大丈夫か?」と花太郎が声をかけようとすると
「……#$&☆※~」
突然、聞いたこともない言葉をアキラは発した。
「食いもんは、食えるうちに食っとくもんだ」
一瞬驚くカイドだったが、普通に応対している。
「#★#$※$$&☆※」
アキラもそれに返答したようだ。
「ドワーフの言葉がわかるの?」
ユリハが驚いた表情で尋ねる。
「ええ、まあ」
「ねぇ花太郎、彼がカイドに何を話しているかわかった?」
「いや、全然」
「ハヤサキ……ユリハさん。ですよね?」
アキラの発言にユリハがまた驚く。
「JOXAのウェブサイトで写真を見たことがあって」
「あ、あらそうなの」
「一度お会いした事もあります。宇宙エレベーターの見学者の一人として。俺の体感ではほんの半年ほど前の事です。あれから……平成二十八年から、何年経過したんですか?」
「……十六年、ね」
「そうですか……」
「……君の奥さんの事だけど」
「知ってます。何が起きたのかもわかります」
花太郎とユリハは驚きの表情をずっと隠せずにいる。けれど間近にいるサイアや他の三人はこの会話をキョトンと眺めているだけだ。
「起きたばかりで悪いのだけど、聞きたいことが幾つもあるわ」
「わかる範囲でよければ全て答えます。その為に、一ついいですか?」
「何?」
「俺自身、情報を整理したいので一晩ください」
「わかったわ」
「文章としてまとめたいので、筆記具をください。あと、できれば一人で作業したいのですが……」
「それはマズいと思う」
二人の会話に全く入り込めなかった花太郎がようやく口を挟んだ。
「僕は心配しているよ。今のアキラを一人にしたら、死ぬんじゃないかって思ってる」
アキラの表情がキツくなったように見えた。
「心配するな、まだ死ねない。千恵美を救わないといけないからな。……ハヤサキさん」
「ユリハでいいわ」
「ユリハさん。明日、俺がいた場所に連れて行ってください」
そしてアキラはテーブルにある多面体の水晶を指さした。
「あの石があれば妻を救えます」
アキラの声は落ち着いていたけれど、目には固い決意が宿っているように見えた。
「……わかったわ。明日出立できるように私から伝えておく。部屋は隣が空いているはずだから、確保してくるわね。花太郎、一緒に来て手伝って」
「あ、うん」
二人で席を立ち、ユリハが廊下への扉を開け、そして振り返った。
「部屋にこもる前に一ついいかしら? 勤めていた会社名と役職を教えてくれる?」
「……天川ジェネリック株式会社、開発研究部主任、未次飼 彬です」
「わかったわ、ありがとう」
階下を降りながらユリハが尋ねてきた。
「花太郎、エア太郎は今見える?」
「いや、見えないよ」
「手伝ってほしいことなんだけど」
「うん」
一階の広間に出たところでユリハが共鳴石を取り出した。
「その前に実験。エア太郎、もしいるなら、鳴らして」
花太郎に見えていない状態でやるのは初めてだけど、試してみよう。
視点を極力石に近づけて、手は見えないけど何となくイメージしてみる。
「……ち~ん」
うまくいった。
「よかった。できなかったらアズラの聴力に頼ろうと思ったけど、大丈夫そうね」
「ああ、そういうことか」
花太郎も僕もユリハが頼もうとしている事がなんなのかわかった。
「エア太郎。彼の監視、お願いできる?」
「……ち~ん」
奥から宿屋の主人が現れた。
「お呼びですかい? うちは呼び鈴なんてないはずですがねぇ?」
花太郎がボソッと呟く。
「お前、今から”ベル”太郎な」
せめて「ベル太郎」じゃなくて「鈴太郎」にしとこうよ、と、石を打ち鳴らして反論しようと思ったけど、逆に肯定と捉えられそうなので沈黙に徹することにした。




