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第28話 砂漠の宴

 日も暮れぬうちに宴の支度は整った。


 カイド達が担当した武防具修理の店は宿の向かいにあって、オオアゴカゲロウの皮は隣の交易所で取り引きしたと言っていた。何故二人はユリハ達より宿に着くのが遅れたか。


 宿を出る前、二人は宴の料理と広間の貸し切りを宿の主人に打診したものの「仕込みが間に合わない」と断られ、食料調達の為に市場に赴いたからだ。


 主人には広間を貸し切る旨だけ了承を得て、シドが修理屋、カイドが交易所に向かうと早々に用事を済ませ、資金片手に食料を買い漁ったという。


 宴の席は豪華なものだった。市場で買い集めたコッチ界の惣菜が所狭しとテーブルを埋めつくし、酒は一升瓶が一ダース並んだ。これがカイドの価値観でいう所の”程々”らしい。


 そして、その様子を見てほだされたのか、宿屋の主人が「高くツケとくぞ」と言いながら、質より物量を重視して片っ端から料理を作り始めた。

 「これだけの量、六人で食いきれるのか?」などと思ったけど、アズラがいればまあ大丈夫だろう。


 しかし、これで終わりではなかった。


 常々疑問だった。宿の広間は椅子とテーブルを据え置きにしても六十人はゆうに収容できる広さを持っている。アズラだって巨大・微小は自在だし、わざわざ六人の為に広間を貸し切りにする必要はあるのか、と。


 カイドは「しばし待て」と言う。宿の主人は供給過多が目に見えているのに一心不乱に料理を作り続けている。挙げ句、今日は非番だったと思われる従業員も呼び出しているようだ。何が起ころうとしているのかは、この時点で薄々勘づいていた。


 日が暮れた頃、カイド一行の帰還を聞きつけたドワーフ連中が宿に押し掛けてきた。

 一人に付き二、三品の惣菜と二本以上の酒瓶を持参してきた。


 広間があっという間に老若男女のドワーフ達がひしめき合う宴会場となっても止まることなく参加者は増えてゆき、やがてドワーフ達は「主役達のだけでいい」とパーティー六人分の椅子と、立食用にいくつかのテーブルを残して、あとの全ての家具は全部外にほっぽりだした。


 宿の外はちょっとした広場になっていて(多分、荷の搬出入の為だと思う)、宿に入りきれなかった連中が周りの店から椅子、テーブルを持ち出し、宿からほっぽりだされたテーブルと一緒に広場に並べる。


 ランプと篝火かがりびを焚き始めた頃に、他種族の村民も惣菜持ち込みで集まってきた。宿の主人は手当たり次第に男達を呼びつけると「酒が飲みたきゃ手前ぇらで持ってけ」と、倉庫の酒樽を広場に運ぶよう言い捨てた。 


 獣人というのだろうか、ほ乳類の頭部と毛並みを持ったものや、妖精みたいに羽がついていて空を飛ぶ小っこいの。毛皮はないけど豚さんの頭をした種族、オークって奴かな。とにかく、全村民が集まってきたんじゃないだろうか。


 やがて村長を名乗る獣人が現れ、カイド達に挨拶をした。


 カイド一行の源砂の塔攻略は、ササダイ村存続に関わる重要な任務だったらしい。砂に埋もれてしまった都市の人々は(やっぱり滅ぼしてた)近隣に唯一残ったササダイ村に移住するという形をとって、村同士が合併したという。

 村長は砂漠化を止めたカイド達に涙を流しながら感謝していた。


 で、諸悪の根元が花太郎と僕なんだけど、僕は花太郎以外には見えないから注目は花太郎に集中した。

 意外な事に恨みを唱えるものはいなかった。これは精霊信仰の名残のようだ。砂漠に生息するモンスターはユニークな種が多く、そのモンスターの体の部位を利用した製品が、この地域の収入源だという。


 「その恩恵は砂漠に住まう精霊によるものでどーのこーの」とユリハが花太郎に説明してくれていたけれど、僕は花太郎の精神状態を観察することに夢中であんまり耳に入らなかった。


 これから花太郎が宴の口上詩歌を吟じるのだ。


 カイド&ササダイ村村長推薦で断るに断りきれず、緊張で膝がビクついている様子が見ていておもしろい。せいぜい楽しめ、チキン野郎。


「よし、始めるか」

 カイドに促され、花太郎達は観音開きの扉を取っ払った宿の入り口にまで移動した。カイドが一歩前に出る。


「やーい! 女、子ども、野郎共!! こっちを向けぇ」


 カイドのよく通る声が村中に響き、今まで談笑していた村民の視線が一気に集まった。さんざっぱら騒がしくしていたくせに、酒に手を付けている者は一人もいない。


「待たせて悪かったなぁ、今晩は多いに騒いでくれ!」

 花太郎が口パクで「程々じゃないのかよ」と言っているのがわかる。


「今晩の詩歌は、砂漠の精霊ハナタロウ様が吟ずるぜぇ!」


 すると村民達が酒樽、酒瓶の栓を開け、グラス、ジョッキに並々と酒を注ぎ合う。

 シドが花太郎のグラスに酒を注いだ。 カイドが花太郎の背中を叩いた。花太郎が前に出る。


 こいつおもしれぇ。


 花太郎君、緊張の震えが足先にまで及んでおります。あちこちから「精霊サマー」コールが聞こえ始めてきました。花太郎の口は最初から開いておりますが、さらに口呼吸で大きくそれを開けると、あたりがシン、と静まります。


「あ、えっ、あ、えっえっえっ……えっ」

 一同、失笑。


「よし! 出とちり三杯!!」

 カイドが声を挙げると「ワー!」っと村民達がはやして盛り立てます。


「な、な、なに? カイド!?」

「詩吟を出とちりする奴には、酒を三杯飲ませるといい詩が出るって意味だぜ。さあ飲め」


 これは一種のパワハラですね。コッチ界は治外法権ですから危険がいっぱいです。

 ドワーフ達から、「せーの」とかけ声が聞こえます。


「まず一献いっこん!!」


 右、左もわからぬまま花太郎君、ドワーフ達の声量に気負されて火酒を一気飲み。


 カイドとシドが花太郎に並び、シドが飲み干したグラスに酒を注ぐ。


 カイドが呼びかける。

「せーのっ!」


「もう一献!!」


 ドワーフ達のかけ声。花太郎、二杯目を飲み干した。


 シドが注いでカイドの指揮が、

「せーのっ!」


「あと一献!!」


 一指乱れぬときの声があたり一面に響きわたった。

 花太郎は三杯目の火酒を飲み干すと、空のグラスを高く掲げた。


 歓声が沸く。


 そして花太郎は「悠々とした面もちで」という表現がしっくりとくる座った目つきでグラスを自身の胸の高さまで落とすと、偉そうな態度でシドに酒を注ぐよう目配せをした。


 シドがうやうやしく極端なお辞儀をすると、花太郎のグラスに表面張力ができるまで目一杯火酒を注いだ。

 花太郎が、偉そうな目つきでチュルチュルとグラスの酒をすすると、クスクスと笑い声が漏れた。


 花太郎が左手を挙げる。


 あたりが静まり返る。


「ほらほら、精霊サマ、とっとと始めてくれ」

「わかってるよカイド、待たせて済まなかったね」

 花太郎が広場の村民を見渡す。


「あ~、ん、ん」

 花太郎が身体を宿の広間に向けた。


「ご主人! この宿の名前はなんて言うんだい?」

「精霊様に俺のボロ宿の名を覚えてもらえるなんて光栄だ。”石の肝っ玉亭”だ! おぼえとけ!!」

「旦那も勿論飲むんだろ?」

「あたぼうよ、これ以上働くのはごめんだな!」

 宿屋の主人は樽でできたコップを握っている。


 花太郎が広場を向く。

「はーい、皆さんお待たせいたしました。僭越ながら、甘田花太郎の稚拙な詩吟をもって、宴の開会とさせていただきまーす!」


 待ちきれなくなった村民たちが「とっとやれよ精霊様ぁ」「待ちくたびれたぞクソったれー」などと暴言を叫びだしたが、花太郎はそれを一つの大きくて下品なゲップをすることで鎮めた。


 花太郎が息を吸う。


「ササダイ村行商の宿”石の肝っ玉亭”にて 甘田花太郎 謝辞と抱負の酒飲み前口上の詩歌


 はいはいはいはい  万歳ませませ 万歳ませませ

 万歳 万歳 万々歳と

 この度は 砂漠のど真ん中まで 遠路遙々(えんろはるばる)お迎えいただき ありがとうございました

 仕事の口も頂いて 心晴れ晴れ うれしさもひとしおでございます

 はろばろ広がる 砂漠の旅の 終わりを告ぐる えんの席

 同行は一半いっぱん 帰り路だけの まことに厚かましい身の上の小生しょうせいですが 

 ここで一つ抱負を銘打って 乾杯の音頭をとらせて頂きます

 では参ります

 

 甘田花太郎の抱負~ ”約束を守る男”に なりまぁす

 

 まずは約束 果たしましょう


 アズラにゃ 洋菓子見繕い

 カイド ユリハと テニスを嗜み


 続いて約束 交わしましょう


 シドとは 娯楽を企んで

 サイア嬢とは あー あー あーえー あーっと あー 

 あー  あー あー あっ! うん よし! 指相撲ゆびずもうとか!

 

 雇用契約遵守します


 そして今宵 集まりましたる 各々方とは 

 再びここで相まみえることを お約束いたします

 

 果たしましょう 交わしましょう 花太郎は”約束を守る男”になります

 

 さて 焦らし酒もまた一興といいますが 欠伸あくびの種は長口上ながこうじょう ここいらで乾杯の音頭とさせていただきます

 はいはい 皆さん さかずき挙げて~ よろしいですかぁ?

 では では では では では では では では

 イ・ブ・ク・ロに~~ ぶち込め!!」



「フーッ!!!」



 これは詩歌と呼べるのだろうか…… 盛り上がってるなら、まあいいか。

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