第24話 もう一つのアルターホール
「ここなのかい? 村の目と鼻の先じゃないか」
「そうだね、アズラならひとっ跳びだろうね」
僕たちが合流して三日目の昼。パーティーは砂漠の端っこまで来ていた。このあたりは雨も普通に降るみたいで、植物が結構繁茂している。
遠くにそこそこ栄えている村が見える、建物の形がわかるくらいの距離だ。カイド達は”ササダイ村”と呼んでいて、タロ砂漠調査の拠点にしているらしい。
「少なくとも位置だけは把握しておきたい」というユリハの進言で、花太郎はアルターホールが鎮座する地点にカイド達を案内した。
ユリハ情報によると、消失したトーカーは計八名。JOXAで三名、NOSAで五名だ。今まで再構築したトーカーは僕を入れて七名。JOXAでは篝さんも消失したけれど、僕より先に発見されたらしい。
昨晩「トーカーの再構築とは何か」について、花太郎がユリハに尋ねた。「わかってない事がほとんどだし、詳細は落ち着いた場所で資料を見ながらの方がいい」と言われて村に到着するまで、お預けになった。
とにかくアルターホールに”魔導集石”をぶつければ消失したトーカーが顕現する。今の僕と花太郎はここだけ分かれば十分なんだ。顕現してないトーカーはあと一人で、それが香夜さんなんだから。
だけど、熱狂的になりすぎて視野が狭まるのは問題だ。
初代花太郎には、ある特技があった。その能力は僕もマークⅢもちゃんと引き継いでると思う。
僕は昔から”悪意やネガティブな案件に対して、ものすごい勘が鋭くなる”。漠然と「イヤな予感」がした時は大抵当たる。そして「イヤな予感」がした時、状況としては大抵手遅れだ。
ほとんど役に立たない能力だけど、昨晩からその「イヤな予感」が言っている。「再構築とは何か。この知識を得るときは覚悟をしておけ」と。
ここ数日でユリハが暗い話題を振るときの表情は大体分かったし、再構築についての説明も後日に回されて直感は負の方向にビンビンだ。そして”再構築”という名称。これは人間に使う言葉か?
だからといって香夜さんを”再構築しない”なんて選択は考えられない、僕も花太郎も香夜さんとの再会を望んでいる。
気持ちとしては魔導集石をぶち当てるにしても、諸々の事情を知った上でそれに立ち会いたい。だからアルターホールを発見しても再構築は後日に回して、「一夜漬けでも僕たちが知識を身につけてから顕現させてほしい」と進言するよう僕と花太郎で昨晩のうちに取り決めた。
「え~とねぇ……うん。ココ掘レ、ワンワン。かな」
自身が顕現する直前まで知覚していたであろう、アルターホールの場所を花太郎が指した。
「地中にあるの?!」
ユリハが驚いている。
「ハナタロウがいなかったら、これは永遠に見つからなかったな」
「違えねぇ」
シドの呟きに同意したカイドがニカニカと笑っている。
「掘るかい?」
「ああ、頼むぜアズ」
「控えめにね。そんなに深いところじゃないから」
花太郎が念を押す。
「あいよ」
アズラは地団太を踏まずに地面を軽~く蹴りあげた。それでもパワーショベルばりに地面が掘れていく。
アズラが何度か蹴りあげていくうちに、まるでコンクリートのようなベージュ色の岩塊の一角が現れた。
ユリハは「待った」をかけて、岩塊を観察した。
「砂が溶解して固まったのかしら…」
作業を再開した。岩塊を傷つけないようにアズラに大ざっぱに掘ってもらったあと、細かい部分は残りのメンバーで分担した。
小一時間ほど作業を続けてその全貌が見えてきた。
[これ、ドアノブだよね]
花太郎は力仕事でダラダラと汗をかいているおかげで声をかけることができた。
「うん。全部石で出来てる事と、この場所に在る以外は何の変哲もないドアだね」
ベージュ色の岩塊はきれいな直線と模様のない面で繋がれた直方体の建造物だった。一面だけ、オフィスの入り口に取り付けられているようなデザインの石でできた片開きのドアがあり、精巧なドアノブの突起がついていた。ドアノブがある面を正面と見立てたら、高さが三メートル、幅と奥行きが五メートル程度の直方体だ。
「開くのかな?」
サイアが興味津々でドアノブを握るけど、回らない。
あまりにも精巧にできていたので「回るんじゃないか?」と思ったけど、アルターホールがドアノブ内のスプリングまで精巧に再現してたとしたら、まぁ回らないよなぁ、などと思った。
仕方がないのでシドが取り戻した短槍の切っ先と槌でドアノブを破壊して、開けた。石製の蝶番はちゃんと動いた。めちゃめちゃ重そうだったけど。
中は十畳程度の真っ暗な空間で、その中心に青白く光るワームホールがあった。
「これは……アルターホールなの?」
ユリハは少し拍子抜けしたようにつぶやいた。
アルターホールには一癖も二癖もあると言っていた。僕の場合だと、砂を精製したあと指向性を持った反重力で巨大な渦を造って上方に巻き上げる、といった具合にだ。
アルターホールというのは、自身の持つ特性だけで惑星の環境を変えられるほどのポテンシャルを持っている。
このワームホールにはそんな特徴は見られなかった。ただ、この美しい直方体の建造物は自然界にとって不自然極まりなく、察するにこれを作ったのは目の前にあるワームホールなので、「これがアルタ-ホールであることに間違いはない」とユリハは少し自信なさげに断定してた。
「ちょっと観察させて。灯り、いい?」
カイドが籠からランプを二つ取り出すと、マナで灯して片方をユリハに渡した。
二人が周囲を照らす。
どこかの研究室をすべて石で再現したような部屋だった。
文字はないけれど、分厚い本やファイルが収まっている棚があって、よく分からない機械や、机の上には顕微鏡や密閉された容器が並んでいた。これらがすべて精巧な石の彫刻でできている。
よく観察すると、机や棚の足はビスのようなもので地べたに打ちつけられているように見える。
「すごい……」
サイアが目を輝かせている。
「これはもう芸術の域ね。こんな大人しいタイプは初めて見たけれど、やっぱりアルターホールだわ」
ユリハは共鳴石を取り出して交信を始めた。
「……あなた名前は?」
……反応なし。
「……サヌキノカヤさん、ですか?」
……反応なし。
「精霊が集まる気配がないわ。……みんな、ちょっと外へ出て」
パーティーは直方体の建造物から二十メートル程離れた。開いたままのドアの向こうにアルタ-ホールが見える。
「サイア、あれを射って。魔導集石は付けなくていいわ」
「わかった」
「みんな気をつけて。こんな影響力の小さいアルタ-ホールなんておかしい。何か秘密があると思うの」
一同に緊張が走った。
サイアが矢を放つ。
放たれた矢はアルターホールをすり抜けて、奥の壁にカツンッと当たって、落ちた。通常のワームホールなら別の場所に出口があるから矢を見失うはずだ。
その一部始終を見たユリハは大きくため息をついた。
「……やっぱり直接石を当ててみないと。これ以上石橋を叩いた所で、きっと何にもわかりはしないわ」
「今やんのか?」
カイドが尋ねる。
「そうねぇ、石を当てるのは簡単でしょうね……」
シドが魔導集石を取りに行くのだろうか、籠に向かって歩き始めた。
「あ、ちょっ-」
「でも今日はやめときましょ」
花太郎が延期を提案しようとして声を上げたのと、ユリハの発語が重なった。
シドが立ち止まり、振り返る。
「え? なんで?」
ユリハの予想外の発言に花太郎は思わず聞き返した。
「だって準備しなくちゃいけないもの」
言いながらユリハは両手を後ろで組んで花太郎の顔をのぞき込み、小首を傾げながら上目遣いに目を合わせた。
「もしこのまま出てきたら……。香夜ちゃんは生まれたままの姿よ?」
「え、……あっ」
ユリハがニヤリと笑う。
「想像しちゃった?」
そしてサイアがボソッと呟く。
「……変態」
花太郎赤面。一同、サイア以外爆笑。




