第100話 功労者達の最後のお仕事
「それにしても、サイア嬢って、すごい人気だよね。カガリの姐さん達も取り合いしてるし、あの五人も血眼になって奪い合っているしで」
その後、園庭でNOSAの五人ためにささやかなパーティーが執り行われた。屋台を引く連中もJOXAで手配したらしい。だから用意されている酒の数がいつもより少ない。
頬を赤らめながら「う、あ、ええと……そうかな」と答えるサイアを見て、ユリハが後ろからサイアを抱き寄せた。
「サイアちゃんったら可愛いもんね~? 柔らかくって、気持ちいいもの~!!」
「ちょ、ちょっと母さん」
勤務中とはいえ、今日は無礼講らしく、ユリハも少し酔っていた。アルコール片手に後ろから、サイアの頬に自分の頬をすり寄せている。
「へぇ~、サイア嬢って、抱き心地良いんだねぇ」
「花太郎だって、抱っこしたことあるくせに~」
「拙者、覚えてないでござるよぉ」
「あらあら、それは大変ねぇ。サイアちゃん、彼の脳随に忘れられない抱き心地を刻んであげなさい」
花太郎とユリハは、知能指数こそ桁外れに違うものの、馬が合うのか、誰かを囃すときに、謎の鮮やかな連携を見せる時がある。
いや、正確にはユリハが誘導しているだけなのかもしれない。花太郎は多分、サイアが酔っている時にしか彼女を抱えたことがないから、知らない振りをしようと試みたのかもしれない。ユリハの返答を聞いた花太郎が一瞬「しまった」という表情をとっていたから。
今のサイアはシラフだし、ここで、「し、し、し、しないよ!!」と顔を真っ赤にして否定するのが定番だったけど、いい加減、囃されることに慣れたのか、今日の反応は違っていた。
「……いいよ、ハナタさん」
「……………………へ?」
花太郎が間抜けな声を挙げて目を見開いた。ユリハも目を見開いていた。サイアの頬は軽く赤くなる程度だったけれど、耳の方は真っ赤だった。目を伏せながら、サイアが続ける。
「抱き心地……今、確かめる?」
頭一つ分以上の身長差があるサイアが、上目遣いで花太郎を見つめた。羽交い締めにしていたユリハがサイアを放すと、サイアは軽く両手を広げて見せた。
サイアの思わぬ反撃に花太郎が赤面する。「う、あ、ふぇ!?」とサイアがやれば可愛いらしいが、花太郎がやると思わずひっぱたきなる声を挙げていた。
ちょっと離れたところで一部始終を眺めていたアキラが、「カユイカユイ」と体中をかきむしりだしていた。
「……いいよ? ハナタさん」
酔っぱらったときに見せる、やや甘え上戸になったような口調でサイアが追撃した。
「昨日何があったのかしら……カメラの中身をくまなく確認しないといけないわ……」
ユリハが独り言のように呟いた発言から、昨日、シンベエの為に大量のプリンをサイアと花太郎が拵えていたユリハ宅の台所に、彼女がカメラを設置していた事実を知った。後で僕も見せてもらおう。
花太郎が冷や汗を垂らす。その生理現象に、ちょっと疑問を持った。
[おまえはそこまで初な男でもないだろう? どうした、冷や汗なんぞ垂らして]
どうせ花太郎にしか聞こえないので、僕は堂々尋ねた。さすがにサイアの奇襲の一声で赤面してしまったのはわかるけど、いくらなんでも、その状態を引きずり過ぎていると思った。
「違うんだよ……」
「え?」
花太郎が僕に投げかけた言葉をサイアが拾って返答してしまったが、そんな事を無視して、花太郎は「クイ」っと、顎を上げた。
花太郎の視線はサイアの頭上を通過した先に向けられていた。
……咲良だ。咲良がすごい形相でこちらをみている。……その表情も可愛い……。
咲良とサイアは結構仲がいい。もしかしたら恋愛相談なんかも受けてるかもしれないなぁ……などと想像したら、花太郎の冷や汗の理由を察する事ができた。
距離的な問題で、咲良にはいままでの会話が聞こえていなかっただろう。今、彼女の瞳に写っている光景は、血縁上は血のつながった、まもなく三十歳になる(暦の上の年齢はおいとく)オッサン。そして、オッサンの目の前で指先を小刻みに震わせながら手を軽く広げている、成人扱いされているとはいえ、まだ十四歳の少女である。
……一見すると、オッサンが少女に何かを強要しているように見えるよね。ネガティブな想像を膨らませることに特化した甘田花太郎の思考回路が警鐘を打ちならしているのだ。……この後の行動いかんでブン殴られるならまだいい。無視されるのはいやだ! と。
「……サ、サイア嬢」
「は、はい!」
ドモり合う二人をみて、アキラはさらに激しく身体を掻きむしる。
「サ、サイア嬢」
「な、なに?!」
「つ、つ、つ……」
花太郎が大きく深呼吸をした。
「慎みを持ちましょう」
「…………うん」
無難な発言だな、花太郎。……ここにはユリハがいるんだぞ。
「ちょっと! 花太郎!! サイアちゃんに恥をかかせる気!? 母親である私も、こればっかりはちょっとショックだわ!」
「か、母さん。こ、こ、こ、これは、べ、別に冗談のつもりでやっただけだから!」
「サイアがジョークのつもりでも、花太郎の発言に母さんは傷ついたわ!」
「ごめん、ユリハ」
「いいの! いいのよ! だけど、心の吹き溜まり、何かで晴らさないといけないわ……ねぇ?」
ユリハが猟奇的な微笑みを浮かべながら視線を向けた先には……アキラがいた。
蛇に睨まれたカエルの如く、体中をかきむしっていたアキラの目がユリハに釘付けとなり、硬直した。
「こんな時は研究に没頭するに限るわね。アキラ君の頭の中、見たくなっちゃったわ」
「ハ、ハ、ハ、ハナ!! 女々しいぞハナ! ここで男を見せい!!」
「お、男を見せいって、紳士的な返答をしたつもしだけど」
「お嬢! お嬢はええんか? お嬢の渾身のジョークを”慎みを持ちなさい”なんてつまらない返し方されて、それでええんか!?」
「こ、渾身のって……」
「あぁ、あかんわ二人。夫婦漫才は息が合わなぁ!」
わざとらしく両手を肩まで上げて「ハハン」と鼻で笑うアキラに「夫婦じゃないから!」と声を揃えて突っ込む花太郎とサイア。すかさずユリハが「息ぴったりじゃない。この調子で鍛えてくるといいわ」といって、わけの分からないうちに、二人がリッケンブロウムの観光スポット(デートスポット)を歩いて回るスケジュールを組まれ、「時間がないわ!」と言って、とっとと二人を市街地へ出発させた。
「いってらっしゃ~い。サイア、花太郎~!! 明日の準備は私がしとくから、ゆっくりしてくるのよ~!!」
コソコソと去っていくサイアと花太郎に向かってユリハはわざと大きな声を出して見送った。
「ハナタロウたちはどこへ行くんだ?」
声を聞いたシンベエがユリハに尋ねる。
「明日にはもう出発でしょ? だから最後にこの街を二人っきりでデートするのよ!」
大声でワザと返答するユリハ、JOXA職員やAEWのノリのいい連中が「いってらっしゃーい」と大手を振って花太郎たちを見送った。NOSAの五人も黄色い声を上げながら、指笛をならしたりして、二人を囃していた。
それを聞いた花太郎は、いたたまれなくなったのか、サイアの手を握り、猛スピードで駆けだした。街中へと二人で消えたあとも、お囃子の喝采はしばらく続いた、多分遠くの二人にまで届いていただろう。
……咲良は、苦笑してた。 咲良が何考えていたかはわからないけど、首皮一枚でつながった感じだな、花太郎。
「さて、と。そろそろ俺もいかんとあかんな」
アキラがお猪口で軽く酒を煽ると、グーっと身体をのばした。本日の一大イベントの一端をアキラは担っている。
ユリハがアキラを伴って、支部局長のところへ向かう。支部局長が大きく手を叩いて、注目を集めた。
「これから、会場を神殿広場に移すよ。英雄五人の帰還を果たすため、結界の解除を執り行おう!」
それを聞いた屋台の主たちの行動は迅速だった。車輪付きの屋台に展開した屋根やら道具やらを早々に撤去すると、広場へと移動を始める。
「改めて紹介しよう、未次飼彬君だ。結界の解除を成功させた唯一の男だ」
「よろしゅうな、別嬪さん方。俺があんたらの騎士や! 無事あっちに届けるで~!」
喜びに打ち震えて大ハシャぎするNOSAの別嬪さん方五人に囲まれ、抱きしめられ、いろんな所にキスされて、アキラは興奮のあまり鼻血を吹き出した。偉大なる魔術師だったり、騎士だったり、鼻血だしたりと忙しいやつだ。
神殿広場に行く途中、屋台を引いている連中が目に付いたのだろう、AEWの住人がゾロゾロと集まってきた。……これはいつも通りの宴のパターンだな。
広場に到着して見渡せば、屋台の数が三倍程に膨れ上がっていた。彼らの情報網と即断即決の行動力に毎回JOXAの職員は驚かされている。
鼻に止血用の詰め物を詰められたアキラが神殿の石階段の下で念じ始めた。
今日のアキラはノリに乗っていて、この間は三時間ほどかけて結界を騙していたけれど、今日は小一時間ほどで、成功していた。
そして調子に乗って力みすぎたアキラが、幻影魔法発動の完了と同時に盛大に鼻血を噴き上げ、出血多量で倒れた。神殿広場の石階段の一角がアキラの血で染まる。
アキラの介抱は、ちょうど昼時だったから、神殿広場の屋台で何か買い食いでもしようとたまたま立ち寄った花太郎とサイアが行い、一命を取り留めた。
調子にのったアキラの自業自得ではあったものの、命がけで魔法を執り行ってくれたと勘違いした別嬪さん五人組が、意識を取り戻したアキラに涙ぐみながら感謝の意志を伝え、アキラの頬にキスをした。
再び鼻血を噴き上げそうになったアキラだったけれど、こいつの性格を熟知している花太郎が事前に危機を察知し「汚ねぇなぁ! もう!」と言いながら、鼻の詰め物が動かないように指を押し込んだ事で、大事には至らなかった。
アキラは広場にほど近いカイド宅からナタリィさんに大きめのローブを貸してもらうと、血まみれの服を着替えた。
石階段の下で撮影した記念写真には、NOSAの五人と支部局長を中心にJOXA職員とAEWの戦士達が並び、その片隅でアキラと花太郎が仲良く肩を組んで写真に写っている。二人の背後にある、アキラの鼻血で赤く染まった石階段を隠すために。
写真を撮った後、NOSAの五人は「最後の仕事だ!」と言って、アキラと一緒に石階段の掃除を始めた。
五人だけにやらせるわけにはいかない。彼女らに関わりのあった連中がよってたかって参戦したから、作業している間は暑苦しそうだったけど、鼻血が付着した石階段は、あっという間に綺麗になった。
お疲れさまでした。宇宙遊泳、楽しんでください。
次回は5月22日 投稿予定です




