第85話 関係の壁
「すみませええええん! 知らなかったんですうううう! 許して下さいいい!!」
「追いかけっこは面倒だ。影縫」
ザハルは、自身から一本の細い影を伸ばし、ジンの影を縫う様に絡ませていく。影を捉えられたジンは、身体が硬直し身動きが取れない。
「なッ!? 動か……」
「大人しくしな田舎者」
動きを封じ込められ万事休す。ジンは息を飲み、諦めた様に溜息をついた。
「降参! 煮るなり焼くなり好きにすればいいさ! どうせ田舎者だ、死んだって誰も……」
「急にどうした。別にオレはお前を殺すつもりなんざねえよ」
「はえ?」
ザハルは駐屯所の路地裏にジンを連れ込み拘束を解く。
「え? オレ、殺されるんじゃないのか?」
「お前、面白い奴だな。流石にビックリしたが、まさか角マントなんて呼ばれたのは初めてだぜ」
「う……」
「良いんだ。いや、良かねえな。角マントは止めろ。ザハル・ブラキニアだ」
「ブ、ブラキニアああああ!? って事はやっぱり、父君が玉座……君は王子か!」
「まあ、そうなるな」
ジンはやはりと言うべく驚きで腰を抜かし、傍においてあった木箱に足を取られる。倒れ込んだジンに覆い被さる様にザハルが跨る。
「おい、オレぁいつも不愛想なアルだけだとつまんねぇんだ。相手してくんねえか?」
「はい?」
「だーかーらー! わっかんねえ奴だな、言わせんな恥かしい。ダチになれっつってんだよ!」
ザハルは恥ずかしそうに頭をポリポリ。ジンからすれば子にしては少々大きいが、若い友達にしてはやけに凛々しいザハルの姿を見てにこやかに返事をする。
「こんなオレで良ければ。なんだが流石に王子となると腰が引けるなあ」
「それは許さねえ、周りが居ない時だけはオレへの不敬は不問にしてやろう。その代わり人目に付く場所では弁えろよ。少なくとも兵達が聞くとお前は不敬罪に問われるからな。オレが不問だと言っても聞きやしねえ。その所為で近しい存在がだーれもいねえってもんだ。アルは別だがな」
「は、はあ」
友達を作る事は難しいものだろう。ましては一般人と国を治める王族との間であれば尚の事。城内では通る度に頭を下げ目も合わさない。これでもまだ十七歳、遊びたい盛りだろう。戦、戦、戦と来て、合間には訓練ばかり。更に余裕があれば近隣諸国との関係性やその他、この世界に関連する座学ばかり。いずれ王の座に付くべく鍛え上げられる日々にザハルはうんざりしていた。
そんな中現れたのがアルだった。唐突に現れたアルは王族等と敬意を払う事は一切無く、躊躇いも無くザハルの隣へとやって来た。それは彼自身にも強力な色力があったからだろうか。そも性格の可能性もあるだろうが、ザハルはそんな隔てられた壁をいとも簡単に、壁など存在しないかの様に近寄ってきたアルに嬉しく思っていた。
この国ではザハルの存在を知らぬ者はいないであろう。だが、再び壁を貫通してきた様な者が現れたのだ。ザハルの中では再び喜びの感情が芽生えていた。
「いやー参ったぜ! まさか田舎から出て来たばかりのオレが、その日の内に死を覚悟したかと思えば王族の友達が出来るとはな! ハハハ」
「なかなか切り替えが早いな。お前、名前はなんて言うんだ」
「おっとこれは悪かった。ジン、ジン・クロッカだ。ブラキニアに仕え、故郷の村を裕福にする為に馳せ参じた次第だ!」
「故郷?」
ザハルは、ジンの左手首に巻かれた見慣れない布製のリストバンドに目をやる。
「あ、これか? これは娘のノンのお手製だ! お父さん頑張ってね、なんて言って出立前に渡して来やがった。嬉しいったらないぜ、我が愛娘にも美味い物を食わせてやらないとな!」
「……」
ザハルには経験が無い以上、なかなか理解できない考えだった。しかし、ふと頭に過ったのは初代五黒星達が戦場から帰還しては、ザハルの遊び相手をしていた時の記憶だった。
明るいお姉さん気質のゼクスに、兄の様に慕っていたアハト。大人しいながらもブラウニー兄弟には、ゼクスの弄りから守ってもらっていた。隣にいて心安らぐズィーベンや、何を考えているか分からないが確かな実力を持つフンフには憧れもあった。
「家族……か」
「ん? どうしたザハル君」
「オレにも血は繋がっていないが、家族同然の存在が居た。いつも戦場から帰ってきてはオレを弄り倒して遊ばれたもんだよ」
ザハルは、今は亡き初代五黒星の面々との思い出を語り始めた。
幾時間が過ぎたであろうか。二人は陽が暮れた事にも気付かずひたすらに話をした。
「んでな! ゼクスが言ったんだ。そんなにお姉ちゃんのおっぱい触りたかったら捕まえてみな。ってな。だからオレは影で捕らえてやったんだ。するとゼクスはこう言ったんだ。さっきのは冗談だから! ね? 女性には優しくするもんだよ? って。オレはムカついたもんだからさ、馬乗りになってアイツの胸を何回もひっぱたいてやったのさ!」
「アハハハ! そりゃザハル君、鬼畜だな。でも子供に胸を弄ばれるってのも悪くない女性もいたりするもんだぜ?」
「なんかまんざらでも無い感じだったからさ、ひたすらにひっぱたいてやったよ。もう勘弁してー! いつでも揉ませてあげるからー! って」
「アハハハ! それはそうとザハル君。母君は?」
ジンの言葉にザハルは急に冷静さを取り戻す。既に暗くなり、点々とする松明の灯りが微風によって揺らめいていた。
「……さて、もう夜だ。お前、まだ入隊手続きを済ませて無いんじゃないのか?」
「ん? ああ、そうだが。何か気に障る事でも言ってしまったか?」
「いや、良いんだ。それよりも今晩は何処か寝床を見つけるんだな。流石に兵でもない人間を城内に入れる訳にはいかん。明日、改めて駐屯所へ訪れるといい。管轄の者には話を付けておいてやる」
ザハルはゆっくりと腰を上げ、路地裏の出口へと向かっていく。
「お前の娘に会わせてくれ。生きている内に満足の行く会話をしておく事も必要だろう。改めて兵になった時にオレを訪ねて来い」
ジンを一人残し、ザハルは路地裏を後にした。その横顔は楽しいひと時を過ごした笑みと、どこか拭いきれない寂しさを醸し出していた……。




