第80話 不倶戴天
――――サウスブラック 反乱軍サイド。
「おい、リア! ウエストのカエノから合図だ!」
サウスブラックの反乱軍が、ウエストからセントラルに向けて放たれる数多の火矢を視認する。
「ええ、みんな! 準備はいい? ここからが本番よ! 一斉に火矢を放って!」
「お前等、撃てー!」
ウエストの火矢を確認したサウス、ノースの反乱軍はほぼ同時に火矢を放つ。地面から放たれた火矢はセントラルブラックのブラキニア城に向けて飛び上がった。まるで地から天に向け、重力に逆らうかの様な流星群。
「ねえねえお母さん。あれは何―? 綺麗な花火―」
「わあ、綺麗ね。こんな催しがあるなんて聞いてないけど何かのお祭りかしら」
イーストブラック商業区の住人には、それはそれは綺麗な催しに思えただろう。しかし、それはほんの数分の幻想。夜に彩られた流星はブラキニアに憎しみの火をつけた。
「リユー、今よ!」
「うん!」
サウスの高台で待機していたリユーは、ゆっくりと目を閉じ深呼吸をした。微風はやがて強風へと変わり、リユーの身体を後押しするかの様に吹き荒んだ。
「これで、ボクはみんなの力になるんだ!」
セントラルの住宅街は火矢により火災が発生、更にリユーの風により瞬く間に燃え広がった。
何も知らない住人達は、突然の出来事に慌てふためく。何処に逃げれば安全なのか。考える余裕等無かった。住人達は、成す術も無く火災により倒壊していく家屋を横目に逃げ惑う。
「うあああん! お母さーん!」
「なんだこの火事は! 兵士達は何をしている!」
住人の穏やかな夜は、何の前兆も無く地獄絵図と化したのだった。
――――セントラルブラック、ブラキニア城屋上。
ザハルは燃え広がる惨状を見つめ歯を食いしばり、握られた拳は小刻みに震えている。間もなくしてアルが息を切らしザハルの元へと駆け付けた。
「ザハルッ! 例の灰色が居るッ! しかもお前の能力を――」
「――さねぇ……」
「ザハル……どうした?」
「許さねえ! オレの、オレ達の国を! 民を!」
「……」
背中を見つめるアルは、これまでに怒りを露わにした姿を見た事が無かった。ザハルの影は既に人の形しておらず、淀み揺らいでいた。
「アル……」
「どうした」
「ノースの被害が大きい。あの怪物を止める為に力を使ってもらう」
「ああ、元よりそのつもりだ」
ザハルの目は夜に揺らめく火炎の如く、憎しみと怒りに燃え上がっていた。
「衛兵!」
「ハッ!」
「ノースの兵達をセントラルまで撤退させろ。一人残らずだ!」
「ハッ! しかし、現在ノースブラックの駐屯兵は反乱軍の猛攻に遭い、死傷者が数えきれない程になっています!」
「聞こえなかったのか。全員だッ!!」
「た、直ちに!」
今のザハルには何を言っても聞く耳を持たないだろう。アルはそれでも問い掛ける。
「ノースの反乱軍はオレが片付けてこよう」
「あまり怒らせるなよ? ウエストに行ったは良いが、ノコノコと傷だけを増やして帰ってきた奴に何が出来る」
「待て! 話を聞け! 例の灰色の片角、リムとやらが来ている! オルドールの兄弟と放浪娘もだ!」
「……その程度にお前がヤられる訳が無いだろうが」
「違う! 灰色の、アイツは能力を吸収するんだ! お前の影も前に盗られている!」
「なんだと!?」
一体何処で盗られた。ザハルは記憶を辿っていた。ホワイティア城で影を切られた事。ロングラス大平原で、相対した際に影が到達する事無く消えていった事。
「アイツ、あの時……」
「どうする。反乱軍だけじゃなくオルドールとアイツ、しかも怪物までいるんだ。このままでは混戦は必須だぞ」
「ノースの怪物はお前の能力で何とかする。オルドールの目的は恐らくオレだ。アイツ等の村を焼き払ったんだ、何処に居ようとアイツらはオレの居る場所へ来る。それから相手をすれば良いだろう」
「分かった。とりあえずはノースの兵達の撤退を待った後に例の怪物はオレが葬ろう」
「ああ」
その時だった。今まで静かだった怪物、嫌悪のディスガストが形容し難い雄叫びを上げ動き出した。正に慟哭だった。父を殺され、生き場を失ったも同然の少女ノンの変わり果てた姿。
よく見れば向こう側が透けて見える程の黒く半透明の巨躯は、手を伸ばせば難無くブラキニア城の頂上に届くだろう。まるで狐を模したかの様な頭部と、裂けているかの様な大きな口。鋭く尖った眼光は真っ赤に染まり、見る物全てを嫌悪している。正にこの世を嫌い、破壊する為に感情乖離した存在だった。
「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!!」
重低音の叫びは地を揺らし、空気を押し、空は呼応するかの様に暗雲が立ち込めた。
ゆっくりと振り上げられた腕は上空で制止、そのまま重力に任せ振り下ろされた。ノースブラックの黒軍居留区は、たった一振りの腕により壊滅。続く二振り目もそのまま地面へと落とされ、その揺れは人が姿勢を保つには不可能だった。
一瞬だった。反乱軍、黒軍共に崩壊。ディスガストはゆっくりとブラキニア城へと向きを変える。
「来るか、怪物が」
目が合った。そんな気がしたガメルは、滾る憎悪をその目に宿す。
「ガアアアアァァァァァ!! アアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!」
ディスガストの赤く光る眼にはうっすらと光る何かがあった。
――――ノースブラック 反乱軍サイド。
「ハルー!! 何処よー! ハルー!! このままじゃ……ハルー!」
凄まじい破壊力に手も足も出ず、反乱軍は最早機能していない。辛うじて攻撃を免れたヨルナは、ハルを探し途方に暮れていた。
「ここはもうダメね……カエノの所に戻って対策を練らないと」
ヨルナは周囲を見渡しながらウエストに向かう途中、何かに躓き転ぶ。
「痛っ!」
擦りむいた膝を抑えつつゆっくりと身体を起こしたヨルナは、躓いた物を確認しようと振り返った。
「……ッッッ!!!!」




