第47話 補色者
――――ホワイティア城 大図書室。
「行くのです、衛兵達」
「う、うおおおおおお!」
シラルド・ハックの号令により衛兵達が剣を抜く。
「うおああああ! 待って待って! じゅ、準備があああ!」
「あ! 待ってリムっち!」
リムは慌てて本棚の立ち並ぶ奥へと振り返り、一目散に逃げていく。釣られて同じく後を追うタータ。本棚は綺麗に整列しており、幾重にも並べてある。しかし、入り組んだ状態は簡単な迷路というべきであろう。
目の前の視界は良いのだが、左右が全く分からない。走り回る音だけが室内に響き渡る。反射した音は四方から聞こえ、二人だけでは無く衛兵をも惑わす。衛兵達も散らばり、姿の見えないリムとタータを探そうとするも、音のみで位置を判断する事は困難であった。
「ええい! 何をしておる!」
「シ、シラルド様! 申し訳ありません! 四方から足音が聞こえ、位置が把握できません!」
「頭を使いなさい! 衛兵達! 一度止まるのです!」
ピタっと足音が止まり、図書室には静けさが戻る。
「ええい! 馬鹿者! あやつらも止まっては意味がないではないか!」
「当たり前だろ! 位置がバレない様にしているのに、オレら二人だけ動いたらただのバカだろうがあ!」
一つの本棚が軋みゆっくりと傾いた。
「いくぞタータ! せーの!」
本棚の間を縫う様に展開していた衛兵に倒れてくる本棚が襲う。衛兵達は身動きが取れないままドミノ状態の本棚に挟まれて行った。
「アハー♪ 大きなパタパタだ♪ 今度ミルっちと一緒にやるぅ♪」
「やるな! バカタレ!」
リムは労する事無く衛兵を一網打尽にする。本棚が倒れ視界が広がる図書室。埃が舞い上がり、一同の鼻を擽った。
「使えん奴らじゃ……」
「扱う人の問題じゃないのか?」
「フン! 抜かしよる」
埃に塗れた柔道着をパンパンと払い、左角の鉢巻きを締め直すリム。タータも同様に大きなとんがり帽に被った埃を振り払った。
「とりあえず取り巻きを払えて良かった。平和的にいこうよ、おっちゃん」
「ホッホッホ。この世界を既に荒らしている人間から平和的という言葉が出るとはな」
「ん??」
リム本人は勿論気付いていない。色と星を司る世界に降り立った灰色が、このバランスを狂わせ始めている事に。
「よく分かんないけど、とりあえず通してもらうよ!」
「どうぞお通りなさい。通れるものであればね!」
大図書室の入口に陣取っているシラルドは左手を真横に伸ばした。空間に裂け目を作り、大きな鏡を取り出したシラルドは卑しく微笑む。城門でも持っていた鏡とは比べるまでも無く、大きな鏡はシラルドの身体をも隠した。正面から見れば、鏡のみが入口に佇んでいる。
「ほれ、自身の姿を見てみなされ。人とは思えぬその角、理に反した灰色」
「ん?」
「リムっち! 見ちゃダメ!」
タータが勢い良くリムへタックルを繰り出した。光を放つ鏡の前からリムを間一髪で救う。勿論、タータが身代わりになった事は言うまでもない。
「まあ、この娘でも良いか」
鏡から発せられた光を浴び、反射する自分に魅入るタータ。生気を失ったかの様に身体の力が抜けていく。ナイスバディタックルに吹き飛ばされたリムは、身代わりになったタータの後ろ姿を見て戸惑った。
「タ、タータ……?」
身体の力は抜け、立っている事がやっとのタータは、ゆっくりとリムへと振り返る。目から光を失い、虚ろである。
少しの間、静寂が図書室を包み込んだ。
「いやあああああああ!!」
突然、悲鳴と共にタータの目から涙が零れ、徐に自身の首を絞め始めた。目を見開き、口からは涎が垂れ、苦しむタータ。
「タータっ!?」
「くっくっく。滑稽じゃ」
ニタリと笑うシラルドは猟奇的な目をしていた。
「私の能力を教えてあげようではありませんか。そう、記憶改変じゃよ。鏡に映った者自身の過去を垣間見せ、その情報は鏡と私に伝わる。それによりこの鏡の中に蓄積された記憶を混合させる事で記憶をすり替えるのじゃ」
「な、なんて事をっ!」
「この娘には、過去に人を殺めた修道女の記憶を刷り込ませた。己の行動に絶望、驚愕し、自戒し首を絞めておる」
「くっ……はっ」
「タータ!! しっかりしろ!」
タータは自身を徐々に絞めていく。身体からは血色が薄れていき、今にも逝きそうである。
「チッ! 操られているに等しい状況か!? オレの声が届かない!」
夕刻の外には太陽が首を傾げている。大図書室内は橙色に染まり、明り取りから差す陽の光と影。
「影……影!? ええい! 一か八かだ! 頼むぞ!」
何かを思い立ったリムは左手で左の角をさすり、そのままタータへ向けて手の平を勢い良く向けた。
「タータを……返せっ!! 傀儡の影!!」
「なっ!! 何故おぬしがそれを!?」
「出た! 頼むー! タータに届くんだ!」
リムから伸びた影は、瞬時にタータを包み込んだ。自身の首を絞めていた手はだらんと垂れ、床に倒れたタータはそのまま気を失った。
予想だにしないリムの技はシラルドを驚愕させる。そう、ザハルの色力である影だ。何故リムが使えるのか。
「ふう、なんとか助かった。でも何故か自分の色力は使えないんだよなあ」
「何故おぬしがブラキニアの……やはりその角、黒軍の手先であったか!」
「残念ながら違うねえ。こんな事もできるんだよ?」
軽く息を整え、今度は右手を床へと翳す。すると、手と床の間から霧が発生し濃霧へと変わる。大図書室全体に霧が充満し視界はゼロである。
再び静寂が訪れる。
「オレ、自分の色ってのが分かった気がするんだ。この力も」
シラルドから一定の距離が取られた場所で霧が晴れていく。リムの腕に抱かれ気を失ったタータ。ゆっくりと床へ寝かせ、リムは続けた。
「オレの力は吸収と放出……色を捕まえ、色を食らい、色を補う……補色者とでも名乗ろうかな……」
ゆっくりと立ち上がったリムはタータを優しく見つめ、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げる。目は灰色に変色し、冷たく鋭い眼光はシラルドを突き刺す様に見つめる。
上に向けられた両の掌は左に黒い靄、右には白い霧が持たれていた。逆巻く風が柔道着の帯、赤い鉢巻き、伸び切った髪の毛を舞い上がらせ、一瞬にして霧が吹き飛ぶ。
「人の記憶を何だと思ってやがる……人を……思い出を何だと思ってやがるっ!!」
リム、自身の色力に目覚める。
……
……
……
……やはり気付いたか。




