第216話 いざ中心部へ
「急げッ! 仕掛けてくるぞッ!」
霧の中から姿を現した《興味》が、ふわりと小舟から降りる。
彼女は道化の姿をした中位体の《予測》とセットかの様に、まるでサーカス団員。空中曲芸を披露する団員に多く見られる、身体のラインがハッキリした薄い橙色のタイツを履いていた。小柄な女の子らしく控えめなボディラインに、舞踏会でよく見る仮面を着用し口元だけで表情を伺うしかない。
「おい皆! ピッチリタイツの変態少女だぞッ!」
「さっきの言葉はどこにいったんや……」
「興味深々、だな」
《興味》はリムの感情の変化に身震いしている。何かの快楽を得たのか口元を緩ませ、目はぼんやりと遠くを眺めるが如く。所謂、飛んでいる状態に見えた。
「ほら見いや、ハゲの所為でアイツが昇天してもーてるで」
「集中しろ、感情を収集するという事は力を得ているのと一緒だ。来るぞ」
焦点の定まらない《興味》がゆらりゆらりと浮きだす。足元には何も見えないのだが、静かに揺れ動く様は空中に張られた縄に乗っているようだ。
「曲芸……か。やはり子供騙しだな。目で捉えられないだけで足元には必ず何か存在している筈だ。足元を狙う」
「ああ」
ザハルが出るまでも無いと言わんばかりに、アルが先行する。
「なあ、足元を狙うったってアイツにそんな部分的な攻撃が出来る色力なんてあったっけ」
「無い」
リムが以前戦った時もそうだが、ノースブラックを包み込んだ溶岩にも言える。彼に急所だけを狙う技は存在しないだろう。見た限りの情報での疑問をザハルに投げ掛けたのだが、返答に反応する間もなく周囲が熱を帯びていく。
「え?」
「火山弾」
手から生み出した無数の溶岩の塊が《興味》の周囲に降り注ぐ。
「ちょちょちょいちょいちょい! あぶねえだろうが! 巻き込まれたらどうすんだよ!」
「逃げれば良いだろ」
周りを見ると既にリム以外は海岸より更に奥へと入り、木陰からのんびりと眺めていた。味方の位置にまで降り注ぎかねない範囲の火山弾から退避するのは至極当然だろう。
「えッ! ちょい! オレだけ残して逃げてんじゃねえよ!」
「何言うてんのや。儂かて直接見た訳やないけど、ミルちゃんに聞いとった話だけでも容易に想像つくで。あの赤いのが色力使う時は大体が広範囲やろ、逃げて当然やんか。寝惚けるんは寝起きだけにしときや」
「んぐ」
「なんや、いちいち逃げて―なんて言わな反応すら出来ひんのかいな」
「いや、そんな事無いけど! そういう事じゃなくて! あーんもう! なんて薄情な奴らなんだ……」
ミルとタータがクスクスと顔を見合わせていた。相変わらず緊張感の無い一行だ。
アルの攻撃が《興味》に直撃したかに見えた。しかし、地面へと着弾した衝撃と爆風を利用した彼女は、更に上空へと浮上する。
「ああ、気持ちいいよ。こんなにも興味を抱いてくれて私はとっても気分がいい。だから、一瞬」
空中で両手を広げ目に見えない何かを掴む仕草を見せた後、パチンコの様に引っ張られた彼女はアル目掛けて急降下を始める。予想以上の速さに帯剣していたロングソードを抜き切る事ができず、少し抜いた状態で突撃を防ぐ。
「ぐっ! 重い。こんな小さな身体でこれ程重いとは」
「速さは重さ。どう? 興味が湧いてきたでしょ」
「だが、速さならこっちにはお前より早い奴がいる。見慣れたもんだ」
「むぅ」
《興味》が再び浮上を始める。しかし、猶予を与えるモノかとアルが再び手から火山弾を投げ付けた。命中しない火山弾が海へと落ちる度にじゅうじゅうと音を立て、煙が蔓延していく。
「お前に構っている暇は無いんだがな」
「えー? それって私に興味が無いって事ォ?」
「興味も何もお前が仕掛けて来たから受けているだけだ。そもそもお前に用は無い」
「えーひっどーい! じゃあさじゃあさ、あっちの灰色の男の子と代わってよ! あの子、すっごい私に興味深々だからさ」
「……はぁ。自分で八基感情の特性を掴んでおきながらこれだ。おい、リム! 御指名だッ!」
「えーやだー、なんか予想以上に強そうだもん。アル、任せたッ! オレは島の中心に向かうから後はよろしくッ!」
「あ、リムちん待ってーッ☆」
「タータも行くー♪」
指名キャンセル。リムは舌を出すと一目散に島の奥へと走って行った。
「そういう事だ。いくら八基感情と言えど下位体ならお前でも問題無いだろ」
「ザハルまで……」
一行はアルを残して島の奥へと消えて行った。一人取り残されたアルは溜息しか出ない。
「で、どうする」
「どうするったってねー。もう島にも侵入しちゃったし私の役目は終わりかなー? 君を殺して♪」
「役目?」
「おっと口が滑った♪ 気にしないでー!あ、興味持ってくれた? くれたぁ? なら戦おうよッ!」
「ちぃ」
再びアルへと突撃し、防ぎ反撃する。一進一退の攻防が砂煙を巻き上げ、一帯に激しい轟音が響き渡る。
「なあ王子様、側近を置いてってええんか?」
「嫌味ったらしく呼ぶな。アイツはそんなに弱くは無い。少なくともオレの隣に居るくらいには腕は立つ」
「ほーん、ほんならええんやけど。それよりハゲ、儂らは何処に向かってんねや?」
「んー? 知らんよ。とりあえず人里探して島の中央にでも向かうさ」
「じゃあタータがドラドラ呼んで、空から探して来たら良いよね♪」
「バカかよ。ルシエの話を聞いて無かったのか。ここは外界を拒絶してるって言ってただろ。只でさえ近くにティアルマートの居城がある中での警戒している島なのに、ドラゴンが飛んで来たら間髪入れずに攻撃されるぞ」
「むぅ」
「オレらからしても未知の島だ。お互い知らない者同士なら、穏便にしておく必要があるだろ? ナインズレッドへ向かうにしても出来るだけ安全に経由したいんだ。面倒事は無しで頼むよ」
「はぁ~い」
不満気なタータは草木の茂る獣道を、杖でぶんぶん殴り分けながら先頭を進んでいく。
「リム、オレとミルは気配を消して周囲を探索してこようと思う。何かあれば戻ってくる」
「ひっさしぶりに兄やと諜報活動っぽい事するね☆」
「遊びじゃないぞ」
「分かってるもん☆ タータんはしっかり皆を守ってあげてね☆」
「うん♪ ミルっちも気を付けてね♪」
ドームとミルは得意の隠密を活かす為、ジャングルの奥へと消えていった。道を作るタータは楽しさを見出したのか、杖を振る勢いが増していった。後ろには千切れて飛び散る草を顔面に受け、口に入った異物をペッペッと吐きながら続くリム。草葉が自分に掛からない様にとリムに命令し、作られていく道を悠々と歩くマミはやはり御嬢様か。最後尾を歩くザハルは両刃斧を肩に担ぎ、一応の警戒は怠らずにマミの後ろ姿を見つめ、何かを思いながらも口に出す事は無かった。
一行はまだ気づいていない。既に怪しい影が視線を凝らし、後を追ってきている事に。




