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46. 離宮にて

 キャロルは結局、茶会の翌日から行うはずだった私の教育監視の約束を反故にした。「王妃である自分に無礼な態度をとったから、当面王城への立ち入りを禁ずる」とのことだ。馬鹿馬鹿しい。それなら今度こそ本当に、自分たちだけで頑張っていただきたい。もう私の知ったことじゃないわ。


 不愉快極まりない彼女の態度にしばらくは苛立っていたけれど、クロード様からの「来週、前王妃陛下の元を共に訪問したいが、時間は取れるだろうか」との伝言に、一気に心が躍った。優しくも厳しい前王妃陛下とお会いするのは今でも少し緊張するけれど、国内にいる間にまたクロード様とお会いできるということが嬉しかった。


 約束の日、タウンハウスまで迎えに来てくださったクロード様と連れ立って、離宮にいる前王妃陛下の元を訪ねた。

 前王妃──ショーナ様は、想像していたよりもはるかに顔色が良く、お元気そうに見えた。


「あれよあれよという間にここへ移されてしまったけれど、旧友たちや社交界の方々が頻繁に訪問してくれるのよ。退屈しないわ。ほほ」


 凛とした強さをまとったショーナ様は、女性にしては低い声でそう言うと、目の前のティーカップを優雅に手に取り口をつけた。私とクロード様は彼女の向かいに並んで座っている。彼女を見つめながら、変わらぬその姿にホッとした。白髪交じりのホワイトブロンドをきっちりと巻き上げ、華やかな花飾りを挿している。フルヴィオ陛下と同じ翡翠色の瞳には、今も強い光が宿っていた。


「お変わりないようで安心しました。父もショーナ様のことを気にかけております」


 クロード様がそう言うと、ショーナ様は穏やかに微笑んだ。


「ありがとう。それと、ご婚約本当におめでとう。お似合いよ、あなたたちは。あなたには長年苦労をかけて、その上こんな形で愚息に裏切らせてしまって……。本当に申し訳なかったわ、エリッサさん。謝っても謝りきれない」

「そのような……。お気遣いありがとうございます、ショーナ様。私は大丈夫ですので、どうぞご心配なく」


 私がそう答えると、ショーナ様は目を伏せ、自嘲するように小さく笑った。どこか寂しげにも見えるそのお顔に、こちらの方が心配になる。


「あなたにはフルヴィオなんかよりも、セルウィン公爵の方がはるかにお似合いだわ」


 ショーナ様がそう呟くと、クロード様が静かに問いかける。


「……この離宮に移られたのは、ショーナ様のご意思ではなかったと聞きました。陛下の周囲の者たちも、止めたはずです。あのお二人にはまだまだ強力な援護や後ろ盾が必要なはずだ。それでも、陛下はショーナ様を……?」

「ええ、そうよ。フルヴィオは自分を諌め続ける私を邪魔者扱いして、夫亡き後すぐさまここへと移したの。周囲の意見を全てなぎ倒してね。そのくせ今さら私に泣きついてきたのよ。キャロルさんの王妃教育が全然進まず、公務に支障が出ているから助けてほしい、ですって。何度も手紙を寄越したの。そんなこと、初めから分かりきっていたものを。我が息子ながらあまりの愚かさに涙が出そうよ」

「そんな……」


 さすがに身勝手が過ぎる。フルヴィオ陛下とキャロルの顔が脳裏をよぎり、怒りが込み上げてきた。ショーナ様はため息を漏らす。


「あまりにもフルヴィオがしつこいから、一度だけね、渋々キャロルさんを招いたのよ。勉強の進み具合を見てあげて、辛いだの無理だのと甘ったれたことを言うようだったら、根性を叩き直してやろうと思ったわ。一国の王妃が何も分かっていないという状態がどれほどまずいのか、事の重大さをしっかりと胸に刻ませねばと。……でも、あの子はやはり駄目ね。人の話を全く聞かないどころか、最終的には私に暴言を吐いて勝手に帰っていったわ。もう二度と会うこともないでしょう」

「……っ、それは……、言葉もございません。妹が大変ご無礼をいたしました。お詫びいたします」

「いいのよ。あなたのせいじゃないわ、エリッサさん。甘やかし放題で育てたハートネル侯爵ご夫妻の責任ではあると思うけれどね」


 そう言ってから、ショーナ様は再び目を伏せた。


「私も人のこと言えないわね。あの二人は似た者同士だわ」

「……」


 クロード様も私も、返す言葉がない。亡き前国王陛下とショーナ様の間には、長らく子が出来なかった。離縁や側妃制度復活など、周囲からの厳しい声がどんどん強まっていく中で、前国王陛下はそれでもショーナ様だけをおそばに置いておられた。結婚から七年経ってようやくフルヴィオ陛下を授かり、その後は次々と女児を授かったショーナ様だけれど、それまでは針のむしろだったことだろう。きっとようやく生まれたフルヴィオ陛下を、前国王陛下とお二人で溺愛し、大切に大切に育てられたのだ。

 それがまさか、こんな結果になろうとは。

 気まずい沈黙が続く中、ふと顔を上げたショーナ様が、クロード様と私の顔を見比べて言った。


「あなたたち、早く結婚なさいな」

「へっ!?」


 あ、しまった。つい声が出ちゃった。

 まさか突然私たちの結婚の話になるとは。

 固まっている私の前で、ショーナ様はクロード様の顔を見ながら続ける。


「キャロルさんだけじゃないわ。フルヴィオも相変わらずよ。幼い頃からあれほど徹底的な帝王学を受けてきたのに、いまだに精神は貧弱で、辛いことや難しいことからは簡単に逃げ出してしまう。けれど権力だけは持ってしまった。……このままでは何を言い出すか分からないわ。周囲の者たちからどんどん見限られていく中で、エリッサさんにまた助けを求めるかもしれない。どんな突拍子もない手を使って、エリッサさんをそばに置きたがるか分かったものじゃないわ。馬鹿だから余計に怖いわよ」

「ええ。それは非常に困りますね」

「そうでしょう」


 淡々と答えるクロード様と、静かに紅茶を飲むショーナ様。私はその二人のそばで、身を固くして座っていた。クロード様は、今何を考えておられるのかしら……。

 さっきまでやや暗く、寂しげな表情をしていたショーナ様は、何かが吹っ切れたといわんばかりの晴れやかなお顔で再び口を開いた。


「お父上もいろいろとお考えでしょうけれどね。愚かな息子が王国の民全てに迷惑をかけるのを、このまま黙って見ているのは辛いわ」

「……承知いたしました、ショーナ様。本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」

「お願いね、セルウィン公爵」


 ショーナ様はクロード様を見つめ、真剣な眼差しでそう言ったのだった。







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