クリティドと二人で視察 ⑧
公爵夫人にならなければ、こんなところにやってくることなんてなかっただろうな。
それに夫がクリティドみたいなタイプでなければ……きっと放っておかれてここまで幸せな日々はきっとなかった。
隣に立つクリティドに視線を向けて、ただそんなことを思った。
「近づいてみてもいいですか?」
私はそう言って振り返る。
薬草の扱いに関して、私は全然詳しくない。少し近づくぐらいならば問題ないとそう思っているけれど……もし近づいただけで薬草に悪影響が起きるのは嫌だと思っているから。
こういう時には慎重に行うべきよね。
ゴッチルから「問題ないです」と言われたので、近づいてみる。
何だか独特の匂いがする。この群生地に生えている薬草は特に匂いが濃いものなのだろうか?
こういう明らかに人が口にするとまずそうに見えるものが、人の身体を治すような薬になるなんて本当に凄いことよね。こういう薬草の効能というのは、いつ、誰が発見したのだろうか。
薬を発見した人はきっと偉大なんだろうなとそうも思った。
「採取をしてみても? 私、調合もやってみたいの」
私がそう言ったら、頷いてもらえたので教わりながら採取をしてみる。私にとっては初めての作業なので、当然のことながら失敗もした。
一つの薬草を採取するのも大変だわ。公爵夫人という立場でこうして採取をする姿って、人によっては眉を顰めるかも。……成果が出るまではあまり周りに知られないようにした方がいいかもしれない。
私がもっと、様々なことを出来る人だったら。結果をすぐに出せれば……、どうのこうの言う人ってきっと居ないだろう。だけれどもまだまだ私は公爵夫人という地位になったばかりなのだ。もっと力を手に入れられるように、頑張らないと。
「ふぅ……こうして薬草を一つ手に入れるのも大変だわ。薬師の方々は、いつもこういった仕事をいつもしているのね」
本当に大変だなと思う。職業によって大変さはそれぞれあるだろう。私もこれまで薬師のことを想像でしか語ることが出来なかった。だけれどもこうして実際に経験してみたら、薬師の人達とももっときっと分かり合えるはず……!
それに薬師としての知識が乏しい私だからこそ見えてくるものももしかしたらあるかもしれない。
「そうだな。私も領主という職業上、様々な仕事への理解を深めようとはしているが全ては難しいものだ」
「クリティドも色々と試してみているんですか?」
「そうだな。必要ならばだが」
クリティドはそんな風に答える。
なんというか、クリティドってとても良い領主なんだなと実感した。貴族の中には、領民達の暮らしなんて放っておいている人もそれなりにいる。代官が見ているから問題ないとかね。
そう言う貴族は、代官が不正をしていたりすることもよく聞く話。きちんと目を光らせていなかったらそう言う問題が起こりうることもよくある。
だからこそきちんとクリティドが公爵家当主として責任を以って行動をしていることはとても素晴らしい事だなと思った。
人によっては当たり前のことだというかもしれないけれど、その当たり前をしない人もいるわけだし。
「そうなんですね。私ももっと頑張りますわ。領民の方々と交友を深めていって、私のことを好きになってもらいたいですもの」
公爵夫人として存在しているだけならば、周りに好かれる必要はないのかもしれない。だけれども出来れば好きになってもらえた方が嬉しい。私の言葉に、クリティドは笑っている。
私がやりたいことを、彼は否定しない。私がやりたいようにやらせてくれようとしている。そういうところも、とても好き。
人の目があるのに、「好きです」と口にしてしまいたくなった。でも公爵夫人としての威厳も保ちたいから我慢した。
公爵夫妻が仲睦まじい様子を見せることは問題はないかもしれないけれど、私が……嫌だもの! ちゃんとしておきたいなと思う。
ティアヒムとクリヒムの母親として、あんまり周りに侮られたりするような態度はなるべく取りたくない。……とはいってもいつまで、取り繕えるかはさっぱり分からないけれども。
どうやら今、この場で必要分の薬草を採取する予定のようだ。私もそれに混ざる。
少しだけ、お試しのように採取の経験をしただけではきっと分からないことも沢山あるもの。私はそうじゃなくて、出来るのならば領民達と一緒に色んなことを共有しておきたい。
なんてそんな風にも思った。
クリティドも共に作業をすることになって、ゴッチルたちは少しだけ萎縮していた様子だった。
だけれども私はとても楽しかった。
指先が少しだけ怪我をしてしまったけれど、すぐに治してもらえた。他の人達は怪我一つしていなかったので、そういうところも凄いなと感心した。
……ただ私の指から血が出た時周りが青ざめていたので、もっと気をつけなければなとは思ったけれど。




